幽閉 03

夏の暑さが和らいで陽射しが夏の色を少しずつ失いかけたある日の放課後、僕は相変わらず放送室にいて、カセットテープのラベルにアルバム名などを手書きする作業に没頭していた。放送室に置いてあるカセットテープは数十本に及びさまざまなジャンルのものがあったけれど、それらはカセットテープ本体にはおろかケースに付いているラベルにも何も記載されていなかった。他の委員は音楽を流す時にそれらのカセットテープの中から”適当に”選んでいたので特に問題はなかったけれど、僕が当番の時は天候などを鑑みてどんな音楽を流すかを決めたかったためいささか不満を感じていた。アルバム名が書かれていなかったため、放送前にカセットテープの中身を確認する必要があったからだ。

僕はまずノートに1から順番に番号を記入し、ノートの端をちぎって一枚一枚に数字を書きそれらを各々のカセットテープに割り当てた。次に1番のカセットテープから順番に聞いてアルバム名やアーティストの名前を確認し、それらをノートに書き記した。アルバム名やアーティスト名が分からないカセットテープが何本かあったので職員室へ行って音楽の先生を呼び、放送室でそのカセットテープを再生して先生からアルバム名やアーティスト名を教えてもらいノートに記入した。その作業に放課後の大半を費やした。

次の日、僕は友達からのドッチボールの誘いを断って放送室へ行き、ノートを開いて1番から順番にアルバム名などをカセットテープのラベルに手書きで書き写した。出来るだけ丁寧に、ラベルの幅に均等に書き写すよう気を配った。そういう作業に集中していて、NさんとSさんが放送室へ入って来たことに全く気付かなかった。

「何してるの?」僕の後ろでNさんが声をかける。

僕がびっくりして後ろを振り返ると、「そんなに驚かなくても」と呆れ顔のNさんとその後ろでくすくす笑うSさんが立っていた。

僕はすごく驚いたことに少し恥ずかしくなり、顔をちょっとだけ(だと思う)赤くしながら言った。「カセットテープの中身が分かりやすいように、ちょっと細工をしているんです」
「へえ、割と几帳面なんだね」とNさん。
「字がとても綺麗だね」とSさん。
「ほんとだ、すごく綺麗だし丁寧。どうしてそんなに綺麗なの?」
「ペン習字を習っているんです。それに習字も」
「なるほどそれでね。でも習字は分かるけれど、ペン習字って?」とNさんが質問する。
「筆ではなく鉛筆やボールペンで字を書く練習をするんです。僕が通っている教室では両方教えているので」
「Mくん、習い事をしているんだ」とSさんが僕を見つめる。
「たまたま近所に習字教室があって、ちょっとやってみようかと思って」
「いいなぁ、私たちって全然習い事をしていないから羨ましい」Nさんが眉間にしわを寄せる。
「いいよね、私も羨ましい」

2人はそれについてひとしきり話をした後、「何か手伝おうか?」Nさんが提案する。
「ありがとうございます。それじゃあこのラベルを番号順にケースに入れてくれますか?」
「分かった、私も手伝う」Sさんが僕の左隣に座る。
「Mくんが描き終えたラベルを番号順にケースにしまえば良いのね?」Nさんが僕の右隣に座る。
「そうです、それでお願いします」

僕たちは時折雑談をしながらそれぞれの作業を進めたけれど、僕は1人で作業していたさっきまでとは違って緊張感のような何かを感じていた。でもそれは決してネガティブな感情ではなく、ちょっとだけ高揚するような不思議な気分だった。

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