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サッカースクール卒団

息子は小学校3年生の2学期から不登校になった
体の不調が出るようになり、
吐き気・頭痛・腹痛・めまい・動悸
学校前まで行くと必ずそうなった
行きたいというから連れていく
でもこの繰り返し
それは本心じゃなかったんだと思う

4年生は、行事以外ほぼ行かなかった

5年生で突然何もかも復活したように見えた
年末間近、頑張りすぎた息子はまた
息切れして不登校に戻った

6年生は始業式は行けたものの
翌日からは行けず、5月末から
市の不登校支援クラスへ
6月、保健室・別室登校
そこからクラスに入ったり別室で通い
3学期は別室での登校が楽しくなり
名残惜しく卒業式を迎え無事卒業。
ここまでは前回までの投稿で載せた

息子は小学校1年生になる春休みに
友達に誘われ体験した
サッカー教室に入会した
最初の試合では、相手チームのゴールに
シュートして喜ぶレベル(笑)
めきめき上達したのは3年生になるくらいの時
クラブチームから声がかかり、
クラスも2つに増やした
親の私たちもちょっぴり期待した

母子分離不安症の息子は、合宿も
1.2年生は行けなかった
でも3年生は行った

今思えば色んなことが重なって、そりゃ
心のエネルギーが枯渇するよねって
今だからそう思うけど
その時はわからなかった
もともと、心配症・不安症だったし
母子分離不安症だったから強くたくましく
育てなきゃとずっと思っていた。

サッカーの先生には恵まれていて
不登校になってもサッカーは続けれるよう
チームの仲間にもそのように話してくれて
唯一の居場所だと思っていた

でも、サッカーでも吐き気が出てきて
試合に出ても思うようなプレーができない
迷惑をかけてしまう
みんなはどんどんうまくなる
年下の子に抜かれてく
色んな葛藤や悩みがあったと思う
クラブチームは人数制限があり
入りたい子が沢山いるから、休会もできず
迷惑もかけちゃうしやめたけど
通常のスクールはやめることはなかった

毎回、付き添わないと行けないという
だったらやめたら?と言っても否定
私も何のために付き添うのか
下の子も連れて週に2回忙しい時間帯に
1時間半夏も冬も行くこに疑問しかなくて

でも、サッカーが居場所なら
送迎と付き添いが嫌でやめるなんて
母親としてどうなんだろうって

もう〇年生なんだからと
1人で行かせることにこだわり、
行けないと泣いたりキレたりする
息子に張り合い、イライラしながら
何年も同じ繰り返しをしていた

息子に続けることにこだわらなくても
また復活したらサッカーやればいいよ
何のために誰のためにやってるの?
とちょくちょく話し合った
その頃はせっかくなら6年の退団まで
いれたらいいと息子も私も思っていた
色々こだわってるのはきっと私の方だった

居場所がなくなるかも
身体動かさなくなったら(ほぼ見学なのに)
せっかくなら最後までやり抜いて欲しい
またプレーする姿見たい
1人で通って欲しい、自立してほしい・・・

6年生の秋にやめることにした
また体調が整えば戻ってきます、と。

でも実際やめても戻ることはなかった

息子はきっとこうした方が
親は喜ぶかな、安心するかな
やめてほしくないんじゃないかな
っていう思いもあったんだと思う
実際、やめてもいいとは思ってたかもしれない
でも、やめたらこうなるかもの私の不安が
そのまま息子に移行してて、やめることが
不安だったのかもしれない

不登校になった時、
不安でどうしようもない時に

サッカーのコーチから
居場所は無くさないほうが良いですよと言われ

安心感があったし、その頃は自分軸も何も
なかったから言われたら
そのまま受け入れてた

子供の気持ちよりもなによりも
相しなくちゃ、そうするべきだと思ってた

だから自分の目で目の前の子供を見て
自分で判断すること、決断することが
不安だった。

自分の考えに自信が持てなかったし
自分自身の出した答えに
責任を持つのが怖かったから
でも今思えばあの時に
やめてもいいよって言えて
学校もそうさせてあげることができたら
もっと早く心のエネルギーチャージが
出来ていただろうなと思うけど

それが出来なかったのも私の経験
そこから長い月日をかけて学んだのも
私の経験
そして今こうして自分で考えて行動できる
ようになるまで成長できた
それを発信できるようになった

一昨日と昨日
息子の所属していたサッカースクールが
それぞれ最後の日で
一緒に入会していた友達と遊んでいて
「今日最後だからお前も来いよ」って
声かけてくれて
「ママは付き添わないよ?」
「いや、いい。行きたい行くわ
コーチにも会いたいし」って友達と行った

そこでもびっくり
そして吐き気は少ししたみたいだけど
(緊張するとどうしても)
見学することなく元々いた子のように
張り切って試合も出てたらしく
(ママ友の話より)
写真もみんなと写って
やめたのにそこにいるのはなんか
恥ずかしいような気まずいような感じも
あったらしいけど、楽しかったらしい
夜自転車で無事帰宅

翌日も、コーチの言葉に甘えて
そのスクールの最後にも出てきました
私も観に行ったけど
あの苦しく辛い思い出はなんだったのかな
とっても昔のことのように感じました
やめたけど、最後の最後にこうして
参加できることが出来て感謝でいっぱい
カタチにこだわらなければ
なんとでもなるし、不可能もないと思う

見学ばかりで、私は何しに
誰を観にきてるんだろう
っていう付き添い
でも、母としてこれはやるべき
それなのに
大丈夫だよ、って優しく見守れなくて
イライラしてる自分。そんな自分が嫌いで
ダメな母親だって思ってた日々。

息子のおかげで色んな経験をして
自分のこうでなければならないという
自分の枠ガチガチに気づかせてもらった

みんながみんな経験するようなことではなく
そんな経験をすることなく
サッカー好きで、うまくなるために
練習して上達していく
サッカーに打ち込める
それを全力でサポートできる

そんな子供がお母さんがが羨ましかった
悔しかった
なんでうちだけこんな目にあうの?
そんな時期もたくさんあった

でもその現実も全部自分が作ったもの
思考や自分に課してる制限、
そういったものが取れてくると変わるから

誰だって変われる
お母さんが変われば子供も変われる
だから今悩んでいるお母さんも
きっと大丈夫。必ず日は明けるから




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