見出し画像

「140字物語」


できるだけ毎日更新していく予定です。良ければ最後までお付き合いくださいm(_ _)m
※3月30日更新しました。

No.1
カレーライスの良い匂いがする。お腹すいたなぁ。なんて、思っていたら、目が覚めた。
目に飛び込んできたのは、満開の桜。周りには、ブランコや滑り台などの遊具が置かれていた。いわゆる、公園である。
「ここ、どこなんだろう?」
夜風に桜の花びらが乗る。闇の中、ピンク色の吹雪が辺りを照らした。

No.2
「私、何してたんだろう?」
荻原美緒は首を傾げた。
ここがどこなのかも分からないし、自分の名前以外……家族のことも、友達のことも、思い出せない。年齢は着ている服のネームに、三河小6年1組、と書かれていたので、かろうじて分かった。
とりあえず、大人を探さなきゃ。
ベンチから立ち上がる。


No.3
1歩踏み出したところで、ころん、と石を蹴る音が後ろから聞こえた。
「にげたらだめだよ」
振り返ると、桜に隠れて見にくいが、1年生くらいの男の子がこちらを覗いていた。
いつから居たんだろう。そう思いながら、「君は誰?」
と聞く。
すると、ひょこり、と桜の影から、無邪気に顔を出した。


No.4
「知りたい?」
いたずらっ子のようにクスクス笑いながら、男の子は言う。
「うん」
「じゃあ、僕にかくれんぼで勝ったら、教えてあげても良いよ」
それを聞いて、美緒は眉を寄せた。
大人を探さないといけないんだけど……まぁ、でも、この子をほったらかしにもできないし、付き合ってあげるか……。


No.5
「じゃあ……」
桜の木の下に立って、美緒が言った。
「10秒経ったら、私が探しにいくね」
すると、男の子は怒ったような口調で、訂正した。
「ちがう。僕が鬼だよ」
「え」
どういうこと……?私が逃げるの?普通、逆じゃない?この子が鬼……?
肌がぶつぶつする。

なんで、どうして。桜が咲いてるのに。

 

No.6
戸惑う美緒に、クスクスと笑いながら、男の子は言った。
「おねーちゃん、記憶がないんだよね」
よりいっそう、鳥肌が立つ。
おかしい。私、記憶がない、なんて一言も話してない。なんなら、自分の名前すら教えてない。だから、この子が知ってるはずがないんだ。

もしかしなくても、この子は……


No.7
この子は……

「なにを考えてるの?」
その声にハッとして、男の子のいた方に視線をやったが、そこに、男の子はいなかった。
「こっちだよ」
声のする方―自分の足元を見ると、男の子が大きな真っ黒い瞳でこちらを見上げていた。
「なっ……」
心臓がバクバクと音を立てて、警戒を知らせる。


No.8
緊張で手が汗をかく。
いつの間に、こんな至近距離に……。
「僕、けっこう、かくれんぼ得意なの。だから、ほかのこと考えないほうがいいよ」
「そ、……うなんだ」
美緒が予想以上に驚いてくれたのが、嬉しいのか、上機嫌で男の子はふふっ、と笑った。
「じゃ、そろそろかくれんぼ、はじめようか」


No.9
男の子は桜の木の下に、軽い足取りで行くと、ピタリ、と泊まり、両目を小さな手で覆う。そして、逃げるまでのカウントダウンを始めた。
「いーち、にー、さーん」
カウントが始まった瞬間、美緒は全速力で、公園からできるだけ遠い場所へ行くために、走った。
絶対に、見つからない場所は……。


No.10
絶対に見つからない場所、絶対に見つからない場所……。
美緒はとにかく遠くへ遠くへ走る。しかし、10秒もしないうちに、息切れし始めた。自分の体力のなさが恨めしい。
どこか良い場所はないのか、と見渡すけれど、あるのはいくつかの一軒家と、田んぼだけ。

こんなの、負け確定じゃん……!!


No.11
せめて、隠れる場所を、と田んぼの畦道をあちこち縦横に回る。
もう流石に30秒経ったのではないか、と思ったが、男の子はまだ探しにくる気配はない。美緒はほっと胸を撫で下ろした。
「わりと遠くまで逃げてこれたのかな」
独り言をぶつぶつと呟いた。

青白く光る月が暗い畦道を先まで明るく照らす。


No.12
「ここに人がくるのは、何年ぶりだろう」
高台から畦道を見下ろす少年が言う。畦道では、少年と同じくらいの年の少女が走り回っている。
「また、アイツが……止めなきゃ」
そう呟くと、少年は坂道を駆け降りはじめた。坂道には、街路樹としてたくさん植えられた桜が満開に咲いている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?