この悔しさを忘れないでいよう、爆発!
こんにちは
今日は、自分が最近感じた悔しさを記録する。
何度も感じたことのあるこの悔しさ
でも、今回の悔しさはなんだか自分の心の奥に染みるものがある。
その悔しさとは、「英語ができない」
もっと言えば、
英語が聞き取れない、だから会話に入れない、意見が言えない
といったことだ。
この前、東南アジアの学生とディスカッション・プレゼンをするプログラムに参加した。予想していたことではあったけれど、ちゃんと参加できなかった。
私の中でのちゃんと参加は、
しっかりチームに参加して、自分の意見を言って、チームの一部となること
今回も受け身での参加になってしまった
そう思うと、今回の失敗は、英語というよりも受け身姿勢が原因、、?
与えられた機会を100%利用しようとできなかったこと、、?
あれ。
あ、でも、受け身の原因を作っているのは、英語かもしれない
上手く聞き取れなかったから、少し様子を見ておこうとか、周りに合わせようとか思って消極的になってしまう。誰か進めてくれないかなとか。
まあ、それとは別の話で、
一番悔しさというか懐かしさを感じたのが、
いわゆる発展途上国の学生よりも、英語ができなかったこと
上から目線に聞こえるかもしれないけれど、
私は彼らより良い環境に住んでいるし、
(多分)ハイレベルな教育を受けてきた(はず)
例えば、出会ったカンボジアの大学生(カンボジアの大学進学率は5%)と比べたら、どう考えても私の方が恵まれている。
東南アジアの大学で、英語の教科書しかないのが普通だったりする。(母国語に高難易度の専門用語を表す言葉がないため)
私は、大学に行くのが当たり前の人生を歩んで、日本語で多くの論文も読めるし、全ての授業が日本語で受けられる。
ああああああ。
こんなに恵まれているのに。活動に消極的で英語ができなくて
何やってんだとなる。
すごい雑な文章になってしまった。
多分私に足りてないのは、自分に与えられた機会を100%使おうとしていないところ。これを痛感するのは、初めてじゃない。
明日から、いやいや、今日から今この瞬間からは、
全ての機会を自分のモノにできるよう頑張る!
頑張ろう!!!!!
おやすみ!(今14時!)
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