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娯楽が少ない、いいじゃないか(掛川市二の丸美術館、「水木しげる 妖怪道五十三次と妖怪図鑑」)

今の時期は日暮れに歩くことが多い。空気は生ぬるく、からみつくようなとろみがある。ときおり吹く風が涼しい。道ばたの草は風の気配を鋭く感じ取る名人だ。「風は見えぬ花のひとつにも口ふれ/顫(ふる)える蔓(つる)のひとつとも握手する」(川路柳虹)。

眼の前に畑が広がり、横には伊太谷川が流れ、遠くに見える矢倉山は薄黒い雲に覆われている。時折ぱっと光るが雷の音は聞こえない。

草花のように風の流れを読み、自然の声に耳を傾けられたらと思う。そのコツは、たぶん心を空っぽにすること。あふれる娯楽で時間の隙間を埋めた状態では、意識を自然に向けることが難しい。だから最近は、娯楽が揃っていることが必ずしも良い環境だとは思えなくなった。

先日は掛川市二の丸美術館で「水木しげる 妖怪道五十三次と妖怪図鑑」を見た。歌川広重の「東海道五十三次」が妖怪画にアレンジされて水木ワールド化。五十五枚の名所が妥協なく描かれており、見応えのある展覧会だった。

昔の人は自然のなかに霊性を感じ、そこに妖怪の姿を見た。森を歩き、風を読み、石や草花と対話して想像力をふくらませた。水木しげるも、作家の宮沢賢治もその一人だ。

これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらつてきたのです。
 ほんたうに、かしはばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかつたり、十一月の山の風のなかに、ふるへながら立つたりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんたうにもう、どうしてもこんなことがあるやうでしかたないといふことを、わたくしはそのとほり書いたまでです。

宮沢賢治『注文の多い料理店』序

娯楽が少ない地域に住んでいる。娯楽が少ない環境にいる。ゆえに喜びも楽しみも、自分で探し、自分で創るという方向に向かう。発想を変えればこれほど豊かでチャンスにあふれた環境はない。

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