カバンの斜めがけの話


 ショルダーバッグの斜めがけ。しますか。しませんか。私は時々しますが、いまだに抵抗があります。
 何の話か。「カバンを斜めがけすると胸が強調される」というよくあるアレの話です。
 大昔、それこそ十代くらいの時に、そういった感じのことを言われたな……と今さらふと思い出し、そしてなんだかんだ憶えていることに苦い気持ちを抱きながら、これを書いています。


 セクシャルハラスメントやmetooの話がたくさん出ている昨今。声を上げることができる・言語化できる・どこかに向かって言うことができる、という風向きは、決して悪いことではないよなあと思う。思いたい。
 しかしどうにも、「それがなぜセクハラなのか」あたりの言葉が頻繁に出てくるのもキツさがあります。平行線どころか話にもなっていない感じの断絶といいますか。
 なので、十代当時とそれを振り返る自分その双方の感情を宥めながら、そのあたりの感覚を言語化してみる試みです。

 件の言葉はもはや誰に言われたのかも憶えておらず、その性別も年齢帯も、何もかも忘れてしまってはいるのですが、ざっくりと「そういう斜めがけは胸が強調されるからやめた方がいい」みたいなニュアンスで言われたと記憶しています。
  当時は「そっか…………?!」とおそらくは殊勝にもそれを聞き入れて斜めがけを止めた記憶があります。というよりは、できなくなった、といいますか。
 当時は当時でたぶんその言葉がとてつもなく衝撃的で、身に余る当惑を消化しきれず、とりあえず聞き入れるしかなかった、というか。
 服着てるんやぞ?!?? 服!!! 胸?! ただの身体パーツなのに!?!! あたりの困惑があったんじゃないかな……。
 胸が強調される、からどうなんだ。まさかエロく見えるとでも言うのか。そんな意図が微塵もない、ただカバンがずり落ちないように斜めがけしただけのことを、「胸が強調されるから」?? 服着てるのに???


 わりと意味わかんなくないですか……? そのつもりがないのにそうと言われることがいかに心外か。
「胸が強調される」ことによって何がどういけないのか。
 それは誰にとって?
 胸を有している身体、というだけのことなのに、強調??
 斜めがけをしなくなったのは、そのあたりの理屈の意味不明さに近付きたくなかったからなのかもしれません。物心ついて間もないだろう十代のガキに胸の話をされてもさ……。
「そのつもりもないのにそう見られるのが嫌すぎる」「そう見られることの意味自体がまずわからない」「女性の身体である、というのはそういうことなのか?」あたりの困惑が、言語化できないだけでくすぶっていたのかもしれないです。おそらくは。


 よく言われる「自衛」の話にも繋げちゃう。
 たとえば服装に、あるいは歩く場所に、ひいては時間帯に、気をつける。そうですね、何かあったら怖いですし。リスクを減らすという意味では妥当です。
 ただ、それでも、前提から間違っている。
 それらはカバンの斜めがけみたいに「そう見えるから」に対応・対処し続けてきた結果、生まれた方法でしかない。
「危ないから」そうしない。
「変な風に見られないために」そうする。
 対応することで自衛になるのは本当だけれど、大元の「そう見えるから」の観点は据え置きなのちょっと、こう、割に合わなさすぎませんか。という話。
 なぜって「人(誰?)がそう見ること」自体はまかり通ったままなので。そう見られる要素……おもに服装……をしらみつぶしに消していっても、「身体そのものは残る」。そしてやらかす側は、最終的には対象の身体そのものを問題にしたりもする。なので、自衛はまず解決策ではない。


 胸が強調される、あるいは脚がよく見える恰好をすること、それらが「エロく見られる」ことを、承服しっぱなしというのもそろそろつらいですね。
 あるいは「女体はエロい」というのがそんなにまかり通るのなら、それはエロく見ている側が存在するということで(それは手っ取り早く男性ということにされがちなのではないでしょうか……?)、「何かにつけてエロく見ているのでは?」って他者から指弾ないし警戒されてしまいかねないんですが、たとえば男性側からすればそれだって心外じゃないですか……? と勝手にヒヤヒヤしたりもします。
「そう見ているつもりがないのにそう見られる」、意図とか意思とか関係なくただ「そう思われる」、そういうのそろそろ終わりにならないかなあ……とやっぱりしみじみ思います。


 別に触られたわけでもなし、露骨に何かしら揶揄されたわけでもなし、「これのなにがセクハラなのか」とでも思われそうな一件だけれど、それでも「他者の視線や外界への警戒心が知らず知らずとどまることなく跳ね上がる」ケースはこうして存在しているわけで……飛躍させちゃうと、視線で触られたような気分、というか……。
 たかだか言葉ひとつでも、忘れられず残ったりする。という一例でした。いやまさか、ここまで忘れていないとは自分でも思っていなかった。よっぽど驚いたんでしょう……過去の自分は……。
 別にこれは告発とかじゃなく「過去の自分も今の自分もそのへんめちゃくちゃ心外だった!!! なぜならこれこれこう!!」って言いたかっただけの話なので、お気持ち文といってしまえばそれまでなんですが(いや一応はMetooカテゴリではあるのか……)
 それでも、当時のモヤモヤや衝撃は嘘でも気のせいでもなかったよねえ。と少なくとも自分は自分に言ってやりたい。ね。


「じゃあどこからがセクハラになるんだ」みたいな話もよく目にしますが、もうそのあたりは自他の性別云々以前の話で、単純に「敬意を払う」のが一番手っ取り早いんじゃないかと……。
 とにかく失礼な振る舞いを……しない……。持ち上げるとか敬うとかではなく、他者を(性別や年齢によって)ナメない・足元見ない・揚げ足取らない・下に見ない、あたりの。ベーシック。
 そも人間関係のやり取りはそういうところから信用を得ていくものだと思っているので、感情を成仏させ次第私もどうにかやっていきましょう。おやすみなさいまし。


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