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29 中高年が行く南インド57泊59日⑤ (ラーメーシュワラム)

 HOTEL  ISLAND STAR のだだっ広い、でも薄暗いロビーは、従業員だか客だか客引だきかなんだかわからん人々がうろうろし、ざわついている。カウンターの親爺さんが大きなカレンダーを指して、
「この日から祭りで、これがいちばん大事な日です。で、ここからしばらく部屋はフルです。したがって君たちは2月6日までの8ナイト泊まることができます」
と、丁寧に説明してくれた。
 祭りはめんどくさい。が、この町にはしばらく滞在したい。なんかいい感じなのだ、寺院の前でリキシャを降りた瞬間から。たぶん好きになる。初めての場所に着いたときの直感はだいたい当たる。

 で、部屋を見せてもらう。細い階段を上って3階311号室。大盤振る舞いに広い。窓から海が見える。ベッドがでかい。大きなテーブルと鏡もある。日記に、
" No.311 シービュウ。
バスルームがいまいちだがそんなのはすぐ慣れる。
夢のようだ。枕カバーが新品だ。"
と、小躍りした字が残っていた。
 8ナイト泊まると決める。1ナイト500ルピー(インドに来てからずっと1泊500だな)。

 考えてみたら昨日の朝はまだコヴァーラムで、今朝目覚めたのはカニャクマリ。日付の感覚がめちゃくちゃになるほどヘビーな移動であった。8ナイト、ここでゆっくりしたい。

 寺院の前に降り立ったときの直感は当たっていて、ラーメーシュワラムはじつに居心地よく楽しかった。
 町の中心はラーマナータスワミ寺院。ドラヴィダ様式のゴープラムだが、珍しい黄色だ。
 寺院を背にして東側の参道を行くと海に突き当たる。海岸ガート。日の出前から日暮れまで沐浴する人たちで賑わっている。眺めているだけでわたしの中の醜いものが浄化されていく(はずはない)。

 ベジ食堂、チャイ屋、ラッシーとバタムミルクが飲めるお菓子屋などなど馴染みの店もすぐにできた。

 寺院周辺は土産物店や団体向けレストランなどが多いのだけど、中心から外れて南へ歩いてみると普段の暮らしの場があった。幼稚園や小学校もある。いいなあ。わたしもここに生まれてここに通いたかったなあ。

 個人商店も軒を連ねている。マリーさんが靴屋でサンダルを買った。250ルピー。若い店主が選んでくれたサンダルはえらく履き心地が良いそうで、6年経った今も夏になると愛用している。

 調理用具を商う店で果物ナイフとスプーンを買い、生鮮市場でパパイヤを買った。半分に割り、スプーンで掬って食べる幸せ。ナイフがあればパイナップルも剥ける。バナナだけだった朝食が豊かになった。ヒトが道具を使って進化してきたのはこういうことか。

 短歌をつくって結社誌「塔」に出す歌稿を仕上げ、郵便局を探してぶらぶら歩き、また International Express Mailで送った。
 いやもうほんとに申し分ない滞在だ。
 ちょっと困るのは毎日夜明け前に寺院から響き渡る大音量のお祈りと、水道水が少々塩辛いことぐらい、島だからねえ。ホテルの廊下にウォーター・サーバーが設置されていたのはそういう理由だったのか。ペットボトルに汲んで、洗顔と歯磨きの最後だけ真水ですすいだ。

 外国人は全く見かけない。が、日に日に観光客というか巡礼客というか、ヒンドゥー教徒が増え、町ががんがん熱くなっていく。
 じゃららんじゃららんとエキゾチックな音楽を鳴らしながら、お揃いのキャップを被った一行も到着した。キャップに Rajasthan とプリントがある。ラジャスタン州から来たのかーーー・・・カニャクマリなど比べものにならぬ遠さである。
 垢抜けたお洒落のファミリーに「どこから来たの?アタシたちはムンバイよ」と自慢(してないかもしれんが)されたりもした。ま、ムンバイ在住はステイタス高そうだけど。

 ある日、外出からホテルに戻ると、ロビーの床一面にミールスのプレートが置かれ、大勢が昼食を食べていた。階段にも、踊り場にもびっしり食事中の人がいる。団体客の昼食だろうか。黙って通るのも何なので、ハロー、ソーリーとか言いながら皿の間を通り抜け、狭い階段を、皿をよけて上っていく。みんな全然気にせずにこにこ食べてるんだけど、うーん・・・”大きな祭り”は確実に迫っている。

 そう、わたしたちがここを出ないといけない日も迫っているのだった。

 で、寺院近くの小さな旅行代理店を訪ねてみた。歩道に出された立て看板に、豪華バスの写真( "イメージです"の注意書きが必要であろう)と、BUS BOOKING の文字、CHENNAI MADURAI KANYAKUMARI など知った地名がある。
 ウナギの寝床状の店内。奥のデスクに鎮座するにこやかな紳士に、マドゥライ行きのバスを予約したい旨を伝えた。伝えたのだが・・・

⑥につづく

 ラーメーシュワラムのカレーはナンバルワンです↓


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