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【連載小説】退屈しのぎのバスジャック07

07.バス始動

バスに乗って1時間が経った。
今のところ何も起こっていない。

現在、東京行きの夜行バスに乗っている。
僕の隣に座っているパーカー刑事こと立花氏が言うことには、このバスはジャックされるらしい。
バスターミナルで事前にその説明を受け、
あくまで安全であるという保証のもと、
僕は身分を隠したパーカー刑事の指示のもと、
事件解決の協力をすることになった。

バスの乗客は20人ほど。
出発遅延もあったが、直前キャンセルは出ず、予定通りの人数だ。
キャンセルが出ると、犯人には『情報が漏れてる可能性』を感じさせてしまうため、
キャンセルがないのは、僕らにとっても都合が良かった。

それにしても。
本当にバスジャックが起こるのだろうか。
気を張っているせいか、
時間がとても長く感じる。
パーカー刑事は、イヤホンで仲間と連絡を取っているのか、それとも単に音楽を聴いているのか。
とにかく何食わぬ顔をしている。
とりあえず静かだ。

バスは4列シート。
既に消灯している。
街からは既に脱出し、高速道路に乗ったところだ。
日付も変わり普通なら就寝モードといった感じだが。

バスがトンネルに入った時に、事件は始まってしまった。

『こんばんは。
 お休みのところ失礼いたします。』

男の声のアナウンスがバスに響いた。
ボイスチェンジャーでなければ犯人とは思わないようなゆっくりと丁寧な口調で。

『現在このバスは我々のコントロール下にあります。』

みんなキョロキョロ。
ザワザワとしだす。
犯人は姿を現すわけでなく、アナウンスで指示を出すスタイルというわけだ。
本当に事件は起こったのだ。
僕らは犯人の声に耳を傾ける。

『今から携帯電話等、外部との通信を禁止します。』

犯人は言う。
しかしナイフを突きつけられているわけでもないこの状況でそんなルールは守られるのか。
乗客は20人ほどいる。
みんなスマホを持っている。
車内のWiFiは少し前から切れたようだが、
個人でWiFiを携帯してる人がいるかも知れない。
そうでなくてもトンネルを抜ければ携帯電波が繋がる。
何よりここにはパーカー刑事がいるのだから、
ゆるい計画ならすぐに詰むはずだ。

『私の指示に従わない場合、バスは爆破されます。』

緊張が走った。
本当かは分からないが、それは困る。
ザワザワが続く。

『これから一切の私語も禁止します。』

少しザワザワは収まりだすが、こんなことを言われても‥。

「どうせイタズラだろ」
僕の前の席の男が声を上げて立ち上がった。
もっともだ。
僕らは身構えていたが、普通はいきなりそんなことを聞かされてもまずはイタズラだと思うだろう。

『私の言うことは本当です。
 どうか最後まで話を聞くようにしてください。
 私はこのバスを爆破することができます。
 そしてそれ以前に、私の意思とは関係なく、今から言う条件に一致すればバスは自動的に爆破されるようになっています。
 ひとつはこのバスが時速50キロ以下になったとき。
 現在は93.5キロ、セーフです。
 つまりバスは高速で走り続ける必要があります。
 そしてもう一つは乗客のうち1人でも席を立って5分以上が経過したとき。
 席から腰を浮かすとわかるようになっています。
 前から3番目の山中さん、57秒。
 前から6番目の田代さん、1分21秒。
 後ろから2番目の斉藤さん、31秒。
 みんなのために早く座ったほうがいいかと思います。』
確かにその時、この騒ぎで3人が席から立っていた。
運転席に向かう人もいた。
ただ名前も合ってたのだろう。
理路整然と言う犯人のアナウンスに怖くなって、
みんな席についた。
そして静まり返った。

『私はみなさんの動きが全てわかります。
 どうか指示に従ってください。
 外部通信と私語の禁止についてですが、
 これらからは自動的な爆破は起きないですが、
 誰かが破ったと私が判断した場合にバスを爆破させることになります。
 なのでルールを守ってください。
 ルールを守りやすいようにまず、
 携帯、スマホ、タブレット、パソコンは全てご自身の席の上の棚に上げてください。
 帽子、ネックピロー、ヘッドホン、イヤホン、ピアス、マスク等々、首から上に着けるものも全て外して同様にしてください。』

みんなが徐々に動き出す。
とりあえず従うしかない。
半信半疑ではあるが、犯人の細かい物言いはリアリティを与えてしまう。
しかし、指示はゆるくないか‥。
棚の上って‥。
まあ普通は犯人の目を盗んで通報となりそうだが。
ただどのように監視されているのか分からない以上は行動に出るのも難しそうだ。

『1番前の席の佐々木さん。
 あなたは運転手のかばんとポケットの中のものを回収し、同じく棚に上げて下さい。
 5分以内にお願いします。』

前の席に座っていた女性はビクッとした。
従うしかない。
恐る恐る運転席に向かい指示に従う。
手は震えていた。

『そして私語の禁止についてですが。
 横並びで2人並んでいる人は他の空いている席に移動し、席は必ず1人ずつになるようにしてください。
 私のアナウンスは何度も繰り返し行いますので、まわりに聞く必要はありません。
 なのでみなさんは黙ってルールを頭に叩き込んでください。』

確かに犯人にとって警戒すべきは乗客が協力すること。
隣に人がいればヒソヒソと相談ができてしまう。
僕とパーカー刑事がそうしようとしていたように‥。
それぞれ1人で黙っているしかない状況であれば、
どうすることもできずに、従うしかないと言う思考になる。

今日は確かに席に余裕があるので、
犯人の要望は叶ってしまう。
みんなが動き出す中、パーカー刑事も他の席に移動した。
こうして僕とパーカー刑事は離れ離れになってしまった。


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