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【連載小説】退屈しのぎのバスジャック06

06.警察の意図とは

「先程の質問にお答えします。
 犯人についてわかっていないことが多いと言いましたが、ひとつ確実に言えることは犯人は単独犯ではないということです。
 そしてこのバスターミナルにいるのは、おそらくそのうちの1人。
 つまり仲間は別の場所にいます。
 どこかで仲間が乗り込んでくるのかはまだわかりませんが。
 もしここで1人の犯人が確実に特定できたとして、今の状態で犯人を拘束したとしても、今までの経験上、他の犯人、さらに主犯格の情報は引き出せないでしょう。
 1人が切り捨てられるだけです。
 我々がバスに乗り込むまでに、警察だと明かして逮捕に踏み切るには、
 仲間が何人いるのかと、どこにいて通信手段は何なのかを特定するところまでが最低条件です。」
カフェで警官の立花氏と2人。
彼は、バスに乗る前に警察の身分を明かして尋問してはどうか、という僕の質問に答えた。

「そして、既に警察にとって有利だということですが。」
彼は足を組んで話を続ける。

「確かに、既にバスを特定できている時点で有利かもしれない。
 わざわざ一般人の協力を仰がなくても、追跡して厳重にマークすれば問題ないかもしれない。」
彼は話を続ける。

「そもそもバスジャックというのは、衝動的な犯行が多いのです。
 精神が撹乱していたり、
 そもそも目立つことが目的になっていたり。
 しかし今回の犯人は違う。
 緻密で計画的です。
 かなり計算されており、バスジャック犯としては異例です。
 まあ言い方を変えれば、知能犯はバスジャックという手段を普通使わないよね、ということです。
 ところが、今回は特殊なパターンで、普通の対応では難しいと考えています。
 とにかく情報戦になるため、近い場所で犯人の動向を知ることが重要だと考えています。
 それで我々としても、できる限り起こりうる状況に備え、色々な準備をしているというわけです。」

「ありがとうございます。
 色々とわかってきました、が‥。」
僕は頭を整理するのがやっとだった。
特に喉は渇いていないが、僕は再度頼んだコーヒーを口にする。
立花氏はまたイヤホンからの何やら連絡事項に注力しているようで、少しの間が流れる。

「無理もありません。
 私でさえこういった状況は慣れないので、
 頭がついていかないことがあります。」
連絡が終わったと思われる立花氏。
僕の表情を察してこう言った。
しかし彼は余裕そうに見える。

「今決定しました。
 やはり出発前の犯人確保は難しいというのが我々警察の判断です。
 なので、バスに乗り込んでからの犯人確保を目指します。」
つまり?
「つまりは‥、
 鈴木さん。
 やはりあなたの協力が必要になりました。
 協力の具体的な内容については‥、
 申し訳ないですが返事を頂かないとお教えすることはできません。
 協力していただけますか?」
立花氏は笑顔だった。
いや‥、笑顔?
そりゃ協力しますよね?ここまで聞いといて。
ってゆう笑顔にしか見えない‥。

「お伝えしている通り、犯人は知能犯です。
 いわゆるテレビや映画で見るナイフを持って暴れ回るというような手荒な犯人ではありません。
 なのでそういった物理的な危険の可能性は低いです。」
そう言われると『物理的でない危険』が何なのかを考えてしまう‥。
「そこは安心して下さい。」
立花氏は言い放つ。
大丈夫なのか‥。

「あの、知能犯というのは、
 確実なんでしょうか?
 もしくは実行犯というか、
 実際に手を下すのは手荒な部下が‥
 みたいなのってないですかね?」
僕の質問に立花氏は声を出して笑った。
いやいや笑い事では‥。

「ないです。」
なんだこの自信。
「犯人はとてもスマートに犯行を行います。
 我々のプロファイリングは正しいです。
 もし手荒な犯人が現れたとしたら、
 それは私の追っている犯人ではなく、
 たまたま偶然同じバスをバスジャックしようとした全く別の犯人です。
 そしてそんな偶然はあり得ない。」

まあそうなんでしょうけど‥。
なんか圧が‥。
まあ、今この状況で僕は彼の言葉だけで判断しないといけない以上、彼を信頼するしかないのだろう。
というかまあ‥。
僕の結論は既に決まってはいるのだが。

「具体的に‥、
 何をすればいいでしょうか?」
彼は微笑んだ。
「ありがとうございます!」
彼はポンと手を叩いた。
「それでは打合せに入りましょう!」

もう後には引き返せない。
退屈ではない旅が始まろうとしている。

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