見出し画像

【連載小説】退屈しのぎのバスジャック05

05.バスターミナルでのちょっとした騒ぎ

「バッグに入れていた携帯がなくなっているのよ。」
婦人がいう。
「気がついたらカバンがなくなっていたんです。」
スーツ男はいう。
「乗車券が抜き取られているんです。」
青年はいう。

バスターミナルのカウンター。
バスを待つ間、待合室ではどうやら盗難が発生したようだ。
ただモノはバラバラ。
こういうのは勘違いだったり、どこかに忘れているだけだったりするが、
複数人いることと、これから起こる事件のことを聞いて日常を抜け出している僕には、信ぴょう性を与える。
犯人の仕業なのか?
何のために?
僕は色々と頭を巡らせる。

調べてくれだの、防犯カメラはないのかだの、警察を呼んだほうがいいのではだの‥、
乗客も係員も少しパニックになっている。
他の乗客も少し注目している。

「こちらではないでしょうか?」
若い係員が駆けつけ、揉めているカウンターに混ざった。
手には、スマホ、小さいカバン、乗車券。
「そうだこれこれ。」
口々に乗客たちは安堵の声を上げる。
「どこにあったんだ?」
カウンターの係員が若い係員に問う。
「あのコインロッカーの上にまとめて置かれてありました。」
若い係員は、待合室から出てすぐのコインロッカーを指差す。
2段ずつで高さが1.5mほどのコインロッカーがあった。
若い係員は話を聞いてから探し、程なく見つけて駆けつけたというわけだ。

「皆さん、ご自身のものが、何か触られていないか、なくなっているものがないか、確認してもらえますか?」
係員は乗客たちにお願いした。
「あんな所行ってないんだけどな。」
「私もそうよ。そもそもバッグから出してないだもの。」
被害者たちは口を動かしながらも確認した。
どうやら見つかったものの中身は何も問題はないようで、係員たちも安心しながらもこれからどうすべきか困った顔をしていた。
誰かのイタズラなのか、何のためにこんなことをしたのか。

とにかく見つかったと安心してその場を離れる婦人。
ただ、係員数人とスーツ男は、気になったのか、
「とにかく現場を見てみよう。」
とコインロッカーに向かう。
僕も気になったのでついて行こうとして、立花氏をチラ見。
彼は気づかないくらいに小さく首を横に振り、
興味ないと言わんばかりに別のカウンターに向かう。
僕は、興味がそそられるコインロッカーは諦めた。
今の僕には彼の方について行くしか選択肢はない。

立花氏はカウンターで、東京行きのバスにはいつ乗れるのかだけを聞いた。
「出発の15分前にはバスが到着します。
 放送でもお知らせさせて頂きます。」
係員が答えた。
「やっぱまだけっこう時間あるなあ。
 さっきのカフェに戻ろうか。」
彼は僕に言った。
特に騒ぎには触れることなく戻るということ。

「おそらく犯人の仕業だろうとは思う。」
彼はカフェに戻る階段を登り始めたぐらいから喋り出す。
人がいない場所になったからだ。

「そして犯人のやったことに意味はないんだと思う。」
そう、犯人はスマホ等を隙を見て盗ったが、それをそのまま少し離れたところに放置するという、ちょっとしたイタズラっぽいことをしただけだ。
何のために?

「おそらく犯人は我々が反応するかどうかを見ている。警察が潜んでいないかを。」
彼いわく、もしこのバスターミナルに警察が潜んでいたら何かが起これば、動き出す可能性があるので、わざと意味のない騒動を起こしたという読みだ。

「犯人の考えはこう。
 目的のバスは遅延した。
 それは我々同様、犯人にとっても好都合だ。
 出発時刻ギリギリに来る乗客もいるだろうから、出来るだけ乗客を観察しておきたい犯人としては願ってのこと。
 好都合のことではあるが、
 代わりに、警察の仕業ではないか、
 警察が潜んでいるか、を調べる必要が出てきたということ。
 ただ、事件を起こして、本当に警察を呼ばれてバスがマークされてしまえば本末転倒だ。
 なので、事件とも言えないようなちょっとした騒ぎ(盗難)を起こし、それにプロの反応をする人物がいるかをチェックする。
 盗難物はわざと見つかる場所において、大きな騒動にはしない。
 警察を呼ぶところまではいかない。
 でも、ちょっと騒ぎで神経を尖らせるのは、これから起こることを知っている我々です。
 つまり、我々と犯人の探り合いです。
 反応してしまっては犯人の思う壺です。
 といったところ‥。」
彼は歩きながら話をする。
cafeアトリエに戻ってきた。

「ちょっとした騒動があると連絡を受けて、
 様子を見たかったのと、ずっとここに籠っていているのも逆に目を付けられないかということで、行きましたが。」
もとのテーブル席に戻ってきて、僕らは再び席についた。

「やはり話をするのには、人に聞かれないに越したことはない。
 しばらくはここにいましょう。」
彼は笑顔を見せた。

「おそらく犯人はいます。
 そして犯人としては、今の騒動で警察がいることの確証はおそらく取れていないが、逆も然りで、必ずいないと安心することもないでしょう。
 ただただ軽いトラップを仕掛けただけで、
 今後も同じようなことが起こるかもしれないレベルの些細なものです。
 確実に言えることは、我々が警察だとバレていないということです。」
彼は淡々と話す。

「普通、人は面倒なことには関わりたがらない。
 特に日本人は目立つことを避ける。
 騒動が起こっても、自ら首を突っ込まないのが一番自然です。」
彼はそう言うと再びコーヒーを頼んだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?