見出し画像

【連載小説】退屈しのぎのバスジャック08

08.バスジャックのルール

東京行き深夜高速バス。
どうやら今バスジャックされているようだ。
それを事前に察知していた警察からの協力依頼で予約していた僕も乗っているわけだが。

バス内ではボイスチェンジされた声で以下のルールが繰り返しアナウンスされた。
・時速50キロよりスピードを落とさないこと
・乗客は5分以上席を立たないこと
・携帯電話等で外部通信しないこと
・私語を慎むこと

犯人は姿を現さず、音声だけでバスジャックを遂行するつもりなのか。
それだといくら警察が車内を制圧しても犯人を捕まえられないかもしれない。
しかしまあ音声だけで何ができるのかという話。

隣同士2人席はバラけさせられた。
何か画策しないようにだろう。
そういうわけでパーカー刑事こと立花氏とは離れ離れになってしまった。

『おおむね計画通りですね。』
パーカー刑事からのメッセージ。
そう。
我らがパーカー刑事はこうなることを予想していた。
メッセージは超小型の骨伝導イヤホンを耳の裏に着けている。

『さすがですね。』
僕はメッセージを返す。
送信に使うのは親指のみだ。
僕らは薄型のガラケーをポケットに隠し持っている。
それを使ってメッセージを送る。
それが自動音声となってイヤホンに伝わる仕組みだ。
出発前のカフェではノールックでガラケーのボタンを操作する練習をさせられたが、やはり役に立っている。

しかし携帯は網の上に上げとけという指示はやはりゆるい‥。
誰かがこっそり使う可能性は大いにある。
今の時代、スマホ、タブレット等、複数持ちもあるし、隠し持っておくのも可能なように思える。
どこから監視されているかわからない不安はあるが、みんながみんな大人しく何もしないとは思えない。

長いトンネルを抜けた。
僕の前の客の動きが少しおかしい。
僕は注意して見た。
やはり隠し持ったスマホを触っている。

『前の客がスマホを触ってますね。』
僕は親指でパーカー刑事に送る。
ん?
スマホを持ってはいるけど。
よく見るとタップする動きではない。
ずっとサイドを触っている。
監視を警戒して操作できないのか?
そもそもどれだけ注意してもスマホを触れば何かしら光が漏れそうだが。
光が漏れるのを警戒して触らないのか?
いや。
電源が入らないんだ。

『スマホの電源が入らないみたい。』
メッセージを送る。
『やはりそうですか。』
すぐさまパーカーから返事。

『私もアナウンスが始まってすぐにスマホを見ました。
 そしたら電源が切れていました。
 充電は十分にあったのに。
 そこでアナウンスの間、周りの光に注目していました。
 アナウンスが始まって誰かがすぐに通報しようとしてもおかしくない。
 トンネルだと電波はないかもしれないけど、それでも誰かしらはまずスマホを触るはず。
 でも真っ暗なままでした。
 おそらくバス内のスマホを含めたあらゆる通信機器は電源が入らない状態です。』
パーカーは流石に打つのも早い。

『ここからは私の想像ですが、
 バスのWiFiのしわざの可能が高い。
 バスに乗り込んだ時にWiFiに繋がった瞬間から犯人が仕込んだウイルスが侵入する。
 それはバッテリー表示はダミーにした上で、
 裏で重い処理を繰り返しさせるようなシンプルなプログラムでしょう。
 そうすることで1時間ほどで電源が力尽きる。
 外部通信ならどんなに防ごうとしても手段はいくらでも出てきてしまう。
 でも電源を断ってしまえば、いくら通信経路があっても意味がなくなってしまう。
 犯人はそう考えて乗客のスマホ類の電源を狙い、WiFiからのウイルス侵入によって使えないものにした。
 それを確認して、犯人はアナウンスを始めたという感じでしょう。』

よくもまあ一瞬でこんな推理ができるものだ。
『電源を狙う。
 やはり犯人は手強いです。』
いやお前もな。
あたっているかはわからないがこんなの思いつくだけでもすごい。
僕は本当かどうか確かめたくて自分のスマホを取るために荷棚に手を伸ばそうする。
でも犯人が見てるかも知れないと思い躊躇した。
僕は基本慎重派(ビビリ)なのだ。

『まあ間違いないでしょう。』
パーカーは続ける。
まあそうなのだろう。
『ちなみにこのやりとりは、傍受を警戒して、一番シンプルな無線の仕組みを使っています。
 ネット回線どころか、とてもアナログな仕組みなので、傍受されることはないでしょう。
 ただこれはその分通信距離も限定的なので、バス外への連絡は難しいのです。
 予定していた通り、一旦はバス内で様子見ですね。』

バス内はやはり繰り返し、ルールをアナウンスしていた。
乗客はどうしていいかわからずにただただアナウンスを聞いている。
バスの中は独特な空気だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?