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サリーは、魔法使いじゃなかった


あれは始めて仕事でフィリピンを訪れたときのことじゃった。

当時、僕はいわゆるB to B商材の営業マンで、現地のエージェント主催の顧客イベントでその商材のプレゼンをするためにかの地を訪れていた。

プレゼン自体は割とうまくいったのだけど、プレゼンまでに無駄に3日間くらい滞在していて、その間の、つまり、仕事以外のエピソードのほうが強烈に印象に残っている。

そもそも今回の仕事をセッティングしたのは、世界を股にかけて活躍する某有名企業で、僕は彼らのお膳立ての上に、本当に何も考えずに、乗っかっているだけだった。

無駄に3日、というのも今思うと、海外出張や駐在に慣れた彼らの僕への気配り&ついでに自分たちも楽しみたい、ということだったような気がする。

で、そのプレゼン本番までの3日間、僕らはいったい何をしていたかというと、とりあえず毎晩、テキーラをワンショットで何回飲めるか、という儀式をやっていた(笑)

で、たいがい意識を失って、翌朝、頭がガンガンしながら目覚めてた(笑)

つまり、本来なら、慣れない英語のプレゼンの予行演習をしたいところだったけど、彼らはまったくその隙を与えてくれなかったというわけ。

その代わりに、テキーラ飲まさせる店の女性たちを引き連れて、毎日のようにみんなでご飯を食べに行っていた。

毎日というのは、つまり、夕飯だけでなく、ランチも一緒だったからだ。

女の子は必ず男性一人に一人ついていた。要するに同伴営業というヤツだったのだろう。

そして、僕についてくれた女の子は、サリーと名乗る二十代前半くらいのとてもかわいい女の子だった。

でも、話していても、終始どこか警戒しているというかよそよそしい様子が感じられた。

まあ、むべなるかな…。

正直、僕にはそんな気なんかさらさらなかったけど、おそらくこちらが頼めば、肉体関係も結べるような、そーゆーサービスだったのだと思う(ちなみにフィリピンだけじゃなく、東南アジアの駐在員は頼んでもないのに割とこーゆー接待をしがちで、正直、僕はその日本人特有の慣習がとても苦手だった)。

そりぁ、サリーちゃんだって、こんな小汚いメタボおっさんに抱かれると思ったら、気が気でなくなるわな。

となかなか警戒心を解いてくれない彼女に一抹のさみしさを覚えながら、でも彼女とそのとき交わした会話は未だに忘れられないくらい印象に残っている。

サリーちゃん曰く、

フィリピンは貧富の格差が非常に大きい国で一部の富裕層をのぞいてほとんどの人が貧しい暮らしをしている、とのことだった。

というか、仕事がなくて働かない人もたくさんいるらしい。

そんな働かない親の代わりに、子どもたちの多くは街頭で、幼い頃から、花売りをして一家の生計を支えていた。

もちろんサリーちゃんもその一人だった。

そして、ある程度、成長したら、今度は今みたいな水商売をするようになった。

彼女は、その仕事で貯めたお金で、将来、大学に行って、マーケティングの勉強したいとも語っていた。

どれも本当の話のように聞こえたし、まるっきり嘘のようにも聞こえた。

でも、実際に夜のマニラの街には、花束を持って、それでバシバシ体を叩いてくる(笑)小さな子どもたちとたくさん遭遇したし、このとき確かに小さい頃のサリーちゃんの姿もイメージできた。

そして、そんな彼女にひとつだけ申し訳ないことをしてしまったことがある。

「オシャレが好きだけど、洋服が高くてなかなか買えない」

って嘆いていた彼女に向かって

「ユニクロとかあるんじゃない」

って返したら、

「ユニクロだって高いですよね」

とさみしそうな顔をさせてしまったことだ。

「そうか、この世界にはユニクロさえ高くて買えない人たちがたくさんいるんだ」

ってこのとき初めて知れたし、自分の常識は決して全てではない、という大切なことをサリーちゃんは教えてくれたのだった。

まあそんなこんなで、毎晩のテキーラ攻撃にもなんとか耐え(笑)、無事プレゼンを終えた僕はみんなと一緒にサリーちゃんたちがいるお店で最後の打ち上げを行った。

そのときの僕は正直、少し荒れていたように思う。

プレゼンそのものは、現地のスタッフから、グッジョブと言われたくらいにはうまく行ったのだけど、おそらく今回の活動はビジネスとしては実を結ばないだろうということに薄々気づいてしまったからだと思う。

というか、今回、関わった人間全員、本気で売る気なんかさらさらなくて、そして、その中に自分もちゃんと含まれていることが、なんだかとてもやるせなく、ふがいなく感じていたのだった。

だから、まるでその自分の思いのたけを叩きつけるかのように、僕は最後に、カラオケで当時の僕の十八番だったミスチルのHANABIを熱唱、いや絶叫したのだった。

すると、歌い終わった後に、今までずっとどこかよそよそしかったサリーちゃんが目をランランと輝かせながら僕のもとに駆けつけてきて、一緒になにか歌おうよっ!て話しかけてくれたのだった。

そして、

「これ歌える?」

「よく分からないけど、やってみるよ」

というやり取りの後に彼女が入れたのが

Can't take my eyes off you
(君の瞳に恋してる)

だった。

気づいたら僕らはその曲を肩を抱き合って身体を揺らしながら、ノリノリで熱唱していた。

めちゃくちゃ楽しかった。

というか、このときばかりは、お互いに国籍も言葉も年齢も性別も何もかも飛び越えて、ただただ歌を歌うのが大好きな者同士として、初めて二人の心が触れ合えたような気がして、それがたまらなく嬉しかった。

そして、翌日、

日本へ立つ直前のマニラ空港のロビーで、今回の首謀者(笑)の男性がニヤニヤしながら、僕に一枚の紙きれを渡してきた。

そこには、彼女の名前と電話番号が書かれていた。

でも、僕は、

「そーゆーことじゃないんだよなあ」

と思いながら、その紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てたのだった。

なんて、カッコいい風に書いとりますが、まあ、実際は、僕の英語力じゃ電話じゃうまく話せないよなって思っただけなんだけどね(笑)

でも、種類は違えど、僕も彼女もこの世界の残酷さや醜さに直面して打ちひしがれそうになりながらも、たまに歌など歌って弱気な自分を鼓舞しながら、必死にサブァイブしている者同士だとは思っている。

というわけで、僕が出会ったサリーちゃんは決して魔法使いなんかじゃなかった。

でも、そんな元花売りの普通の女の子だった彼女がこの同じ空の下で暮らしているという事実だけでこんなにも励まされている自分がいるのは本当のことである。

というか、今、めちゃくちゃカラオケ歌いたくなってる。これから仕事だっていうのに!(笑)

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