それでも、ボクたちは愛し愛され生きていくのさ
「誕生日、何たべたい?」
案の定、僕と違って食にあまり執着のない彼からは、なかなか答えが返ってこなかった。
仕方がないから、僕からいくつか候補を提案した結果、
今年の記念すべきバースデーディナーは
天ぷら
に無事に決まったのだった。
そして、彼の誕生日当日の6/14、はやる気持ちを抑えきれない僕は、お店の予約時間の30分前には最寄駅に着いていた。
途方に暮れて思わず仰いだ天が、なんだかとてもいい感じで、それだけでちょっと感無量になる。
なんとなくオザケンのあの歌のあの歌詞の一節を思い出した僕は、サブスクでオザケンの曲を再生したのだった。
そして、天ぷら屋さんの近くで見つけた、とても良い感じのユーズドブックショップに入っていったのだけど、これもとても良い感じの若い店主からイヤホンの音漏れをやんわりと注意されてしまった(苦笑)
それでも厚顔無恥な僕はめげずに本を物色して、気づいたら、彼の好きな昆虫の本のコーナーの前に立っていた。
そしたら奥本大三郎の「虫の宇宙誌」があったから、思わず買っちゃいそうになったけど、所持金が150円しかなかったから諦めた(苦笑)
そして、天ぷら屋で3人合流して、天ぷらディナーのはじまりはじまり。
けど、この日の主役の彼は、どうやらちょっと風邪気味らしく、しきりに喉を痛がっていて、
「こんな日に限って…」
と少し浮かない顔をしていた。
でも、こーゆー展開は僕も妻ももう慣れっこだから、特に動揺もせずに、エビスの小瓶とウーロン茶で、早速、乾杯をする。
「誕生日おめでと〜う!」
ああ、そっかあ。
そう言えば、僕は彼が起きる前に家を出ていたから、今日初めてこの言葉を言ったことに気がついた。
すると、妻が朝にあったこんなエピソードを話してくれた。
「◯◯、起きるなり、私を抱きしめながら「僕を生んでくれてありがとう」と言ったんだよ」
ああ、いかにも彼が言いそうな台詞だと思いながら、ちょっと泣きそうになる。
そんな他愛のないいつもの会話をしていたら、ほどなくして揚げたての天ぷらが僕らのテーブルに到着した。
コースだったけど、いきなり主役級の、そして、彼が大好物の、エビが出てきたから、家族3人で「うわー、エビじゃん!」と嬌声を上げた。
そして、案の定、さっきまでの不安な顔は吹き飛んで、あっという間にエビの天ぷらを平らげる彼。
それどころか、大人でもお腹いっぱいになるくらいのボリュームなのに、コースの天ぷらを完食したばかりじゃなくて、大葉とアイスクリームの天ぷらまで彼が追加したのは、完全にうれしい誤算だった。
というか、情けないことに、むしろ僕の方が小瓶のエビスごときですっかり酔っ払ってしまって、天ぷら屋から駅までの帰り道、気持ち悪くなって何度もリバースしてしまったのだった。
妻からは
「ありえなーい!」
と呆れられたけど、このときは本当に脂汗をかくくらい気持ち悪くて、申し訳ないけどどうしようもなかったんだ。
もちろん彼にもカッコ悪い姿見せちゃったなあ、と思っていたけど、ジェントルマンな彼はこーゆーとき絶対に茶化したりせずに沈黙を貫いてくれるから、本当にありがたかった。
まあ、これに限らず、いろいろダメダメでいつも心配ばかりかけて、甲斐性無しなお父さんではあるけれど…。
そして、そんな醜態を晒しながらも、僕は先日、妻に言われたこんな意外な一言を思い出していた。
「◯◯、あなたのこと崇拝してるのよ。おかげで私の言うことなんて全然聞かなくて困ってるのよ。」
いつも気づいたらひとりでドタバタ喜劇を演じている僕と違って、常にクールでジェントルマンで「お父さんは僕が産んだんだよ」が口癖な彼がまさかそんな風に思っていたなんて…。
これって、うれしいという気持ち以上に、思わず背筋がピンとならざるを得ないそーゆー類のパワーワードだよね。
「よっしゃ、やったるでー!」
その後、電車に乗って家の最寄駅に着いて、自販機で買ったアクエリアスで水分補給したら、少し気分が楽になってきた。
そして、家の手前の曲がり角まで歩いたところで、ぎりぎりシラフに戻った僕は、この日ずっと言おうと思っていたあの一言を、
若い頃、憧れていた小沢健二に何となく風貌が似てきた11歳の彼に向かって、
ようやく言えたのだった。
「生まれてきてくれて、ありがとう!」
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