僕のビタースイートシンフォニー
スコッ!
銀色の栓抜きで、王冠が外され、そのまるで大人の象徴のような分厚くて大きな茶色の瓶から、
トクトクトク
と黄金色の液体がグラスに注がれる。
しかも、どういう理屈かまったく分からないけれど、グラスにその液体が溜まっていくにつれて、白い泡がどんどん湧いて出てくるではないか。
僕は、ちゃぶ台を挟んで、その一連のイニシエーション(儀式)をただ固唾を呑んで見つめていた。
味はまったく想像がつかなかったけれど、
なんてビューティフルな飲み物なのだ
と思ったことはよく覚えている。
それはおそらく僕が物心ついて初めてのお酒との第一種接近遭遇だった。
その後も、まったく無意識だったけれど、きっと同じようなリアクションを繰り返していたのだろう。
ある日、いつものように顔を赤らめながら美味しそうにその金色の液体を飲んでいた人は、
「おまえも飲んでみるか?」
とその汗をかいたグラスを僕に向けて差し出してきたのだった。
いやいや僕はまだ…
と一応、恐縮はしたけれど、結局、誘惑には勝てずに、最終的にはそのグラスを彼から受け取り、憧れていた金色の液体をグッと飲み込んだ。
「ゲッー!すんごい苦い」
思わずそう叫んでしまったくらい苦かった。
そして、想像とはまったく違う味だった。
その僕の様子を見ていた目の前の人は、すごく嬉しそうな顔をしながら、ケラケラと笑っていた。
それから、40年後
僕は東京は池袋駅前にある羊串が名物の中華料理店にひとりいた。
久しぶりに再会する大学時代の友人と飲む約束だったのだけど、待ち合わせの時間よりも少し早く来てしまったのだ。
しかし、彼の到着を待っている余裕なんてこれっぽちもなかった。
心は、待てと言っているのに、さっきから身体がまったく言うことを聞かないのだ。
やおら手を挙げて、近くにいた片言の中国人ウェイターに声をかける。
「とりあえず中ジョッキひとつね」
そういえば、かつて、
「なぜ、とりあえずなのか?」
という論争が起きたような気がするが、不粋だな、と思ったのを思い出した。
とにかく、とりあえず、としか言いようがないあの感じが分からないやつはお願いだから黙っててくれ。
そんなどうでもいいことを考えている間に、お待ちかねのあの金色の液体が登場してきた。
僕は待ってましたとばかりに、それを勢いよく自分の喉に流し込んだ。
クウー!
まるでTVCMのタレントみたいに芝居がかったこの一言がどうしても出てしまうのは何故だろう?
気づいたら憧れることもなくなった。
ビューティフルだとも思わなくなった。
味が美味しくなったかと言えば、それも微妙である。
しかし、これだけははっきりと言える。
僕はもはやこれ(苦さ)なしには生きていけない身体になってしまったようだ。
そして、それはかつて僕が憧れていたあの人もきっと同じだったのだろう。
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