干物フィッシュバーガーの悲劇
その日は近所の古道具屋さんに家具の買取りをお願いしていた日だったので、会社から家に帰った後は、晩ご飯を食べる暇もなく、ずっと家具の運搬を手伝ったりと忙しなくしていた。
もちろん久しぶりに馴染みの古道具店の店主とインテリア談義に花を咲かせて楽しかった反面、肉体的にはかなり疲弊してしまったのは言うまでも無い。
というわけで、無事に買い取りも終わった僕ら(総額66000円也)は、途端に餓鬼レンジャーと化し、とにかくワンハンドで手軽にエネルギーを補給できる食品として、ハンバーガーを食べるぞということで意見がまとまり、早速、妻が買いに行ってくれることになった。
そして、僕は、大好きなフィッシュバーガーを彼女にリクエストしたのだった。
数十分後、妻の買ってきた大きな紙袋に襲いかかり、がさごそと中を探って、僕はお目当てのフィッシュバーガーを見つけた。
しかし、それは、明らかにいつもと違って、小ぶりというか、なんだか薄っぺらだった。
さらに白い包み紙を開けると、やはりバンズの間のフィッシュがやけに薄い。
えっこれ?フィッシュバーガーじゃなくね?
と思って包み紙を改めて確認するが、ちゃんとFISHと書いてある。
一抹の不安を抱きながら、よし!と覚悟を決めて、勢いよくバーガーにかぶりつく。
「か、硬っ!」
それはあのいつものフィッシュフライの白身のふわふわとした柔らかさは微塵もなく、ただただ衣の硬さしか感じないようなひどい代物だった。
これは明らかな不良品だと思った僕は、すぐにお店に電話して、確認してみることにした。
「さっきテイクアウトで買ったフィッシュバーガーがこれまでと違ってすごく硬かったんですが、最近、仕様変更とかしましたか?」
電話に出た店員さんは声の感じから、おそらくバイトの若い男の子らしかったけど、彼は
「はい、仕様変更いたしました」
と即答した。
「あ、したんですね」
とやや出鼻をくじかれた僕は
「それでもこの硬さは普通じゃないと思うのですが」
と食い下がると、店員さんは
「いえ、仕様変更しましたんで」
の一点張り。
そうか、店員さんがそう言うなら仕方ない
と僕は諦めて一端、電話を切った。
そして、気を取り直して、あらためてフィッシュバーガーを食べてみたけど、本当に悲しくなるくらい硬すぎて、あの僕の大好きなフィッシュバーガーの面影のカケラもない。
僕はフィッシュフライから白身の一部を取り出して、改めて、そのかけらを触ってみた。
パサパサ過ぎてカチカチで、これじゃもはや干物である。
そして、やはり納得いかなかった僕は、もうやめときなさいよ、という妻の静止を振り切り、確かに自分でもクレーマーみたいでやだなあと思いながら、もう一度、お店に電話してみた。
すると、またさっきの彼が出てきた。
しかし、今回もまた、まるで自動音声みたいに
「仕様変更です」
の言葉をひたすら繰り返すばかり。
「いやはや、これはもはや仕様変更というレベルじゃなくて、干物フィッシュバーガーという新製品になってますけど」
僕の隣で干物フィッシュバーガーという言葉に反応した息子がクスクスと笑う。
「え〜と、ちょっとあなただと埒開かないので、上の方に変わってもらえませんか?」
と我ながらクレーマーみたいだな、と辟易しながら、そうお願いしても
「今はおりません」
とのことだった。
「そうですか。電話だとたぶん状態がよく伝わらないと思うので、今から現品を持ってお店に伺いますね」
と僕は彼に告げて、実際に店に行くことに決めた。
普通ならめんどくさくて泣き寝入りするとこだけど、来月には引っ越すから、もうクレーマーと思われてもいいや、と割り切れたこともあって、問題のブツを抱えて店を訪れた。
カウンターで名前を告げると、さっき電話対応した彼が出てきた。やはり20代前半と思しき若者だった。
僕が、干物のカケラを見せると、彼はさすがにあの「仕様変更です」のキラーワードは封印して、
「確かにこれはおかしいので、今から作り直します」
と答えた。
そして、数分後、彼から手渡されたフィッシュバーガーは、確かにあの僕のイメージどおりのフィッシュバーガーだった。
しかし、
「ありがとうございました」
という店員さんの声を背中に浴びながら店を後にする際に、僕は、これまでの一連のやりとりの中で自分がずっーと感じていた違和感の正体に気がついてしまった。
そう、お店の人たちから僕は、
これまで一度として
「ごめんなさい」
の一言を聞いてないのである。
で、これはおそらく意図的なんだろう。
謝ったら最後、とことんエスカレートする、いわゆるカスタマーハラスメント対策の一環として、頑なに謝らないオペレーションがきっとマニュアル化しているのだ。
まあ、確かに
お客様=自分は神様だ
と勘違いしてひどく横柄な態度を取るお客さんは年々、増えているからなあ。
しかし、それにしても、間違ったことをしても謝れないなんて、
ずいぶんさみしい世の中になってしまったもんだ。
まあ自分が間違っていても謝ったら負けだと思って絶対に非を認めない人たちはそれこそ僕の周りにもいるけどさ。
なんか、やっぱりそれって人としてなんかさみしいよね。
というような、やり場のない悲しみを忘れるために、昨日、僕は買取りしてもらった古道具屋さんに行って、新居のリビング用の照明を買うことに決めた。
アメリカの60-70sのヴィンテージだ。
素敵でしょ?
しかし、やはりなんだかかなしいなあ。
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