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ほめっコぐらし

3月18日(月)昼過ぎ

彼女のプレゼンを隣で聞きながら、僕はとても感慨深い気持ちになっていた。

彼女は昨年4月に発足した僕をリーダーとする新しいチームのメンバーの一人で、この1年を通じて僕が職場に導入した新しい仕事を覚えてもらうためにまさに二人三脚で頑張った仲間だった。

正直、この新しい仕事はかなりマニアックかつある種のセンスを問われるもので、さらに基本的に前例がない仕事だったこともあり、仕事自体の彼女の習熟度は、よく言って3合目くらいではあった。

だから、当日のプレゼン資料も、彼女が主担当とはいえ、結局、僕が大幅に手直しをして何とか発表できる状態にまで整えたのだった。

けれど、そんなことはどうでもいいと思えるくらい、彼女は、ある種の風格を感じさせるくらい堂々と説明をしてくれたのだった。

元々、彼女が人前で話すのが得意な人だということは僕もある程度、認識はしていたから、実際、事前の発表練習も特にしなかったのだけど、それにしても本当に僕の期待を大きく上回る素晴らしいプレゼンだった。

そんな彼女のおかげもあって、今回の僕らの提案に対する聞き手の営業部門の人達からの反応も上々だった。

中でも事業部長のMさんなどは、前のめりになりながら積極的にいろんな質問してくれて、最後には

「こういうこともできないかな?」

などと次の仕事のリクエストをしてくれたほどだった。

だから、プレゼン終了後、僕は、真っ先に彼女の元に駆け寄り、自分のストレートな感想を少し鼻息を荒くしながら伝えたのだった。

「本当に凄くいいプレゼンだったよ。普通、(実質)他人が作った資料を説明するのってすごく難しいのに、ちゃんと内容というか話すべきポイントを押さえた上で、さらにそれを自分の言葉に置き換えてきちんと分かりやすく話してくれたから、僕たちが伝えたかったメッセージも過不足なく相手に伝わったと思う。本当にありがとう。僕もサポートした甲斐があったよ。」

すると、いつもどおりのあの飄々とした表情を崩さないまま、でも、少しだけ興奮で上気した様子で、彼女は、こう返してくれたのだった。

「いや、頭がいい人が作った資料だったから、説明するのが楽だっただけですよ。」

う~ん、僕は単純だから、こうやって(的確に)褒めてもらえたのがとても嬉しかった
(確かに僕は実は頭がすごくいいバカなんだけど、うちの会社のプライド(false pride)ばかりやたらと高い賢者(?)たちはみな頑なにその事実を認めようとしないからね)

実際、この言葉を聞いた時の僕の顔はきっとデレデレとだらしなく弛緩していたはずだ。

けど、褒められて嬉しかったのは何も僕だけじゃなくて彼女もきっと同じで、だからそのときの僕らを包んでいた空気は一足早く訪れた小春日和みたいに、とてもやわらかくて温かかった。

その後、この結果を、プレゼンに同席しなかったチームマネージャーに報告したところ、案の定、全く興味がなさそうな反応だったので、僕らの感動は少し水を差されたわけだけど、そのおかげで、かえって二人の絆というか結束力はより強化されたので、まぁよしとするか。

それにしても、未だに余韻に浸れるくらい幸せだと思ったのは、おそらくこれまでの僕はひとりでガッツポーズすることは何度かあったけれど、こんな風に誰かと一緒にガッツポーズをした経験がほとんどなかったからなのだと思う。

というのも、これまでの僕は、

会社のため、職場のみんなのため、そして、なによりお客様のため、

をモットーに頑張ってきたつもりだったけど、実際には、その言葉の中には

みんなに認められたい

とか

なんでこの仕事の凄さが分からないんだよ


などの承認欲求やら自尊心やらの不純物(エゴ)が間違いなく混じっていたのだ。

だから、あれだけ努力したにも関わらず、あと一歩のところでくだらない横槍が入ったりして、うまくいかなかったのだと思う。

それが、この1年間に関しては、かなり意識的に

自分はもう縁の下でいい、もはや自分自身が脚光など浴びなくてもいい、ただただ組織や会社がうまく回って、その結果、よい商品やサービスがお客様に提供出来るというプロセスに貢献できるだけで本望だ

という思いでやっていけたからこそ、このプレゼンも含めて、年初に僕が掲げたチーム目標が全て達成できたのだと思う。

というか、一緒に仕事をしている彼女たちチームメンバーを含めて、僕の周りにいる人たちの表情が以前に比べて明らかに明るくなり、よく笑うようになったのが、何よりうれしいし、それがいちばんの成果のような気がしている。

というか、この職場でいちばん笑うようになったのは他の誰でもなく僕なんだけどね(笑)

ちなみに、この1年間で、僕が意識的に取り組んできた具体的な事柄は実はいくつかあるのだけれど、それをここで紹介するつもりは全くない。めんどくさいというのもあるけれど、僕の記事はいわゆる自己啓発本の類ではないからだ。

でも、あえて一言だけ言うとすれば、

目の前にいる人に対して決して斜に構えることなく、まっすぐに向き合うようにした

ということくらいかな。

そんな僕は今、ある具体的な夢のイメージを抱いてワクワクしている。

それは、今日プレゼンをした彼女が、まさにあのTEDスピーチみたいに社外の何百人のオーディエンスを前に僕らの仕事についてエネルギッシュにプレゼンしているイメージである。

そして、それは全く根拠のない夢でもなく、何とかこの夏には実現すべく、準備(根回し)を開始したところである。


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