幸せの黄色い曼珠沙華
ドラムの先生、トランポリンの先生、かかりつけのお医者さん、大家さんなどなど、本当にありがたいことなんだけど、
息子と交流のある大人の人たちは、ほぼ異口同音に、こんな感想を僕たちに言ってくれる。
「とてもいい子ですねー」
「利発な子ですねー」
けど、実はそんな言葉以上に僕が嬉しいのは、その時の彼、彼女たちの顔に浮かぶ
スマイル
だったりする。
なぜなら普段、僕が知らないところで、息子がこんなにもやさしい笑顔に囲まれているのだとしたら、それはやはりとてもホッとすることだからだ。
その一方で、全く謙遜する気もなく、心の中で
「でしょ!でしょ!」
と呟いている親バカな自分もいる。
本当になんでこんな親にも関わらず…
って誰よりも僕自身が思っているよ(笑)
ただ息子が実際に周りの大人たちとやり取りしている様子を僕は見たことがなかったから、その笑顔の理由については正直、よく分かってはいなかった。
なんだか、ぼんやりとそうだろうなあ、というくらいの感じ。
でも、先週の土曜日、思いがけずその現場に遭遇した。
その日も息子と僕は、彼が最近どハマりしている海釣りのためにある港を訪れていて、朝からそれなりにエンジョイしていたのだけど、お昼前に、釣り糸が彼の右足に刺さって抜けなくなってしまうというアクシデントが起きてしまった。
しかし、僕の知らない間に、自分が釣った魚が何の魚なのかほとんど言い当てられるくらいすっかり魚博士になっていた彼は全く動揺する事なく、ネットで調べたという針の取り方を僕に教えてくれたのだった。
しかし、その内容が
「釣り針はかえしがあってなかなか取れないから、とにかく勢いよく針を引っ張る」
というものだったから、さすがのお父さんも躊躇ってしまった。
そして、何度か慎重に抜こうとしたけれどやはりダメで、地元の整形外科に電話したら、すぐに診てくれるということだったので、早速、二人で急行したのだった。
病院に着いた僕たちは、待合室にいた数人の患者さんたちの診察が終わるのを待って、約30分ほどして診察室に通された。
その間、息子は、ずっと飄々としていたけど、一方の僕はと言えば、すっかり「お父さんは心配性」になってしまって診察の前に看護師さんに患部の消毒をお願いしたりしていた。
これは間違いなく子供の頃に観た「川遊びで怪我をして破傷風にかかった少女が主人公」のまるでホラー映画みたいに怖かった映画のせいだと思う(苦笑)
だから、診察室におじいさん先生が現れて、
「ああ、これ絶対に素人では抜けないやつだね。でも、先生が来たからもう大丈夫だよ」
と言ってくれたときには、その場にふにゃふにゃにゃとへたり込みそうになるくらい安堵した。
その後、先生は手慣れた感じで局所麻酔の注射を打ち、釣り針の先をいったん皮膚に貫通させた後、かえしの部分をペンチで潰してから、まるで手品みたいにスッと針を抜いてくれたのだった。
その間、息子も麻酔の注射をされた時にだけ少し痛がっていただけだった。
さらに老先生は、心配げな僕の様子を察したのか、
「なぜだか分からないけど、海での傷で大きな感染症になる事ってまずないんだよね」
「けど、念のため、抗生剤を処方するね」
って言ってくれたのだった。
そして、数分後、抗生剤の説明を受けに再び診察室に入ると、老先生は息子に向かって、
「錠剤のお薬は飲めるかね?」
と質問した。
それに対して息子はすかさず
「はい、水さえあれば」
と答えたのだった。
すると、老先生は、その子供らしからぬ切り返しに目を細めながら
「おー利発な子だねー」
と嬉しそうに言ったのだった。
そして、その瞬間、周りの看護師さんを含めて、その場がほっこり柔らかな雰囲気に包まれていくのが分かった。
その様子を目の当たりにした僕は、
「あー、きっとこーゆーところなんだなあ」
と合点がいったのだった。
そして、午後の釣りの継続についてもドクターストップならぬドクターオーケーをもらった僕たちは、意気揚々と軽やかな足取りで元来た道を引き返したのだった。
すると、その道中、行きでは全く気づかなかったあるものの存在に息子が気がついた。
「お父さん、黄色い曼珠沙華が咲いてるよー」
「うわあ、本当だ。珍しいねー」
と僕は答える。
けど、内心は、堤防に置きっぱなしにしていた釣具が心配で気もそぞろだった。
しかし、どうやら息子はこの花に出会えたことにいたく感動しているみたいで、なかなかその場を離れずに、
「なんだか黄金色に輝いても見えるよね。これからきっと僕たちにも何かいいことがあるはずだよ」
と話しかけてきた。
その一言を聞いてハッとした僕は焦る足を止めて、改めてその曼珠沙華を見つめ直した。
それは、彼が言うとおり、確かに黄金色に輝いているように見えたし、何よりも、
幸せな未来が待っている
そんな予感を僕にも感じさせてくれた。
ちゃんと見れてよかったな
と思った。
そして、僕はあえてその花の写真は撮らずに、黄色い曼珠沙華と息子の姿を見つめながら、
「うん、こーゆーとこもだよな」
と心の中で呟いた。