【エッセイ】腑に落ちる

腑に落ちる言葉はその発せられるタイミングで大きく変わるとは思うけど
最近だとりゅうちぇるさんの自殺を受け、先輩が言った言葉で、あーーそうだよな、と腑に落ちた。
なんって言ったか忘れたけど腑に落ちた。

SNSとかで本当に意味なく(本人からしたら正義なんだろう)誹謗中傷をする人は、その人にもちろん問題がある訳だけど、大部分は人間の本能的防衛本能からくるものであると思う。
年を取れば取るほど防衛本能は強くなってしまうのだけれど、それは自分で視野を狭くしていくことだから自分の身の回りや自分の考えに合わない事柄はすべて敵になり、拒絶反応が起きる。
自分の家で他人と誰とも合わず長年引きこもってクローズドサーキットで生きている人は自分の考えだけが肥大して防衛保守的になる。
自分の平穏を乱すやつは全て敵。
顔が強張り、しわが寄り、醜い顔になっていく。

自分の考えのキャパを超える、自分の考えの想像外になってしまったら、もうそれは敵になる。

誹謗中傷というのは勿論永遠になくならない訳だから、誹謗中傷を受ける側の教育が必要なんだろう。

想像力が豊かな人は、本来臆病である。
他人の考えなどや事実いろんな事柄も想像し、生きているから。

ある程度馬鹿になって生きた方が良いというのは目線を外せ、ということなんだろう。
「鈍感力」とコピーライティング出来るのはやはり優秀だなー。
読んだことないけど、すんまへん。

正直に、正しく真面目に生きていく、それだけの考えしか出来ない人はただの頑固者というだけである。
その考えしか出来ない人は、その考えを他人に押し付けてはいけない。

本来人間は多種多様でそれを尊重して生きるべき。
長年の日本式学校教育が良くも悪くもの、悪い部分が今のSNSで出ているのだと思う。
人間は皆同じ、そこを外れると異種である。
学校教育は政治的に扱いやすい人間を作るに過ぎなくて、大体皆同じ考え方をする方が政治的に扱いやすい。だから今も古臭い学校教育を続けるのだろう。
人間の洗脳は本当に簡単で、他の近隣の国を見たらわかるだろう。
結局人の大体思想を作っているのは国で、国の利益になる考えを国民に与え押し付け、人は生きていく。
他人を見て学ばなくてはいけないし、疑問に思わなくてはいけない。

殴り書き、校正なし、内容中途半端、今日UPしたいからから上げる、お前は誰なんだがお送りいたしました。

小説今日少し書けた、明日早い、寝よう。




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