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84日間の記憶 #9

2022年9月2日。昨日から、父はずっと眠っている。
そういえば、退院の日、病院で父を担当してくれていた介護士の男性が『今日は小林さん、調子が良いですよ。家に帰れるのが嬉しいのかもしれません。』と言っていた。
私は、父の病状を真に理解していない状態でその言葉を鵜呑みにした為に、ストレッチャーで寝ている痩せた父を見て、この状態のどこが調子が良いの?!と困惑してしまった。

しかし、今なら彼の言葉の意味が分かる。
きっと退院の数日前から、父は今のようにほとんど、眠っている状態だったのだろう。
それと比べると、確かに退院の日は調子が良かったのだ。私に気がつき、名前を呼んでくれた。
今は時折、目が開く事はあるけれど、話しかけても、返事はない。

父の好きなサザンをかけて、スマホを耳元に置いてみる。すると、父の目がかっと開いた。
またすぐに目を閉じてしまったが、大好きなサザンに耳を傾けているように見えた。
人は死ぬ前、聴覚が最後まで優位であると何かで聞いた事があるけれど、本当なのかもしれない。

私はサザンの曲を自分で聞こうとした事は、今まで一度もなかったのに、流れてくる曲を全て知っていて、歌えることに驚いた。
幼い頃から、父の運転する車で必ずかかっていた曲たちは、全て記憶に刻み込まれていたのだ。

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