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リアル料亭・ガチ仲居 第十話

第十話 負けるが勝ち

 
 最もポピュラーな野球拳は、まず舞妓さんとゲストの一人が緋毛氈の上で向き合います。そして、芸妓さんの三味線を伴奏にして以下の唄を、みんなで楽しく手拍子しながら歌います。

 野球~す~るなら、こういう具合にしやしゃんせ♪
 アウト、セーフ、よよいのよい!

 の、ゼスチャーと掛け声で、舞妓さんとじゃんけんするだけ。特に場所も道具も要しない、単純明快な勝負です。

 また、金毘羅船々《こんぴらふねふね》は、緋毛氈の上に机と椅子を置き、舞妓さんとゲストが向き合って座ります。

 机の真ん中に置かれた酒袴《さけばかま》を、舞妓さんと取り合う遊び。
 酒袴とは、徳利を机に据え置くための筒型、または升型の器です。

 金毘羅船々、金毘羅船々、追い手に帆かけて、すらしゅしゅしゅ~♪

 の、唄に合わせて、舞妓さんとゲストが机の真ん中に伏せられた酒袴に、交互にちょんと手を付きます。

 舞妓さんもゲストも手を付いた瞬間に、いつでも酒袴を取ってもOKです。
 机に袴がない状態で順番が回って来たら、すらしゅしゅしゅ~♪のタイミングで、机の上にグーの手を置く。
 自分で酒袴を取っていたのなら、すらしゅしゅしゅ~♪のタイミングで、袴を机に伏せて戻す。

 これは簡単に見えても、結構な頭脳戦です。

 三味線の伴奏もだんだん早くなり、ゲストは自分の番が回ってきた時、伏せられた袴に指を乗せるか、袴を取るのか、取られていたならグーを置くのか、取っていたなら戻すのかの選択で、こんがらがります。

 そもそも、お遊びが始まった段階で、ゲストは酔っぱらっていますしね。

 遊びで負けたら、罰としてお酒を御猪口《おちょこ》で呑まされます。
 お酌は舞妓さんがなさいます。
 舞妓さんが負けた場合は、ゲストからお酌を受けて呑まれます。

 お座敷遊びを生で初めて鑑賞させてもらった時、舞妓さんとの勝負に勝つのは『野暮』なことだと知りました。

 負ければお酒を呑まされますけど、盃を傾けている間中、芸妓さんと舞妓さんから、「兄さん、お強い」「兄さん、どんどん!」「男前」「はい、当たり前」と、節をつけた決まり文句で褒め称えてもらえます。

 つまり、負けた方が気分が良くなる。

 野球拳のじゃんけんは、なかなか『ハッタリ』が効きませんが、金毘羅船々でしたら真剣な振りで挑みつつ、伴奏の三味線が速くなりかけた頃合いを見計らい、
わざとらしくならない程度に負ける方が、粋《いき》に見えます。

 この人は、遊びがわかっているなと思ってもらえる。
 ですので、間違っても本気を出してはいけません。男性が女性に勝つのは野暮ですよ。

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