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冒険ダイヤル 第25話 尾行の尾行

深海は手前の店の間口に陸を引っ張り込んだ。ちょうどそこにさっき駿が送ってくれた画像の〈み〉が隠されていたソフトクリーム看板があった。
「もうちょっとだけ隠れていよう」
「どうやって魁人くんを見分けるの?」       
陸はさっき分けたまんじゅうのもう片方を口に放り込んだ。
「僕たちが魁人くんを見つける前に魁人くんが僕たちを見つけちゃうんじゃないかな」
「その時はその時だよ」
深海は歩道に突っ立っている駿の周りに魁人がいないかどうか観察したが、それらしい人物は見当たらなかった。

「ふかみちゃん、ここ蜂蜜専門店らしいよ」
よく見るとソフトクリームにも蜂蜜のトッピングができるようだ。
深海は困り果てた。とろりと蜂蜜ソースがかかったソフトクリームは悪魔的に美味しそうだ。実に悩ましい。だが今ソフトクリームを買ったら魁人を発見しても追いかけられないだろう。

「りっくん、これは尾行中に食べたらいけない物ランキング第一位だよ」
「へえ、二位は何?」
「きなこ揚げパン」
「即答か」
「私ね、きなこ揚げパンを食べてる瞬間は自分が犯人を尾行してる際中の刑事じゃなくて良かったっていつも考えるの」
「何なの、その妄想」
「それにね、FBIが張り込み中にアイスクリーム買ってもらって犯人を取り逃がす映画があったの」
「ディカプリオのやつか」
「よくわかったね。見たことあるんだ?」
「あれは取り逃がした後でアイスを買ってもらったんだよ」
「そうだったっけ?」
「映画では最後にちゃんと捕まえたんだから、僕たちも食べて大丈夫」 
 
わけのわからないその理論に促されて結局ソフトクリームを頼んでしまった。
頭のてっぺんを陽射しに灼かれながら食べるソフトクリームは絶品だった。甘党に尾行は難しい。
当たり前だがもう駿を見失ってしまった。

陸はあっという間にソフトクリームをたいらげ、指の先を舐めながら尋ねた。
「どっちにしても謎解きが終わったら出てきてくれるんじゃないの?」
「謎が解けなかったらどうなるか心配なの」
「どうって?」
「逃げられちゃうかもしれない」
深海は唇をかんだ。
「魁人はずっと私たちに助けを求めてくれなかった。私たちが何も読み解けなかったから。町からいなくなったときも、ノートのあぶりだしに私たちが気付かなかったこの五年間も。魁人が自分から打ち明けてくれるのを待ってたら駄目なんだよ。何を隠してるのか私たちの方から探り当てないと」
 
蜂蜜ソースは思ったより粘り気が強くて糸を引く。こぼさないように慎重になめた。
「魁人は駿ちゃんと私が二人だけだと思って油断してる。そこを利用しないとね」
「ふふふ。実は僕という最終兵器がついている」
冗談めかして陸は腰に手を当ててみせた。
「ほんとに頼りにしてるよ、りっくん」
陸は親指を立てて、ニカッと笑った。

   * 

「かいせん、て言ったら電話回線のことかな」
ソフトクリームの看板がないか注意深く目を配りつつ駿と絵馬は商店街を通り抜けた。
思ったほど看板がみつからない。人がまばらになってきた。
「わからないよ、戦う意味の〈開戦〉かもしれないじゃない?けんかを売ってるのかも」
「先にけんか売ったのはお前だろ」
魁人を弁護したくて言葉を探したが、何も思いつかなくてやめた。
 
向かいの歩道に電話ボックスがあることに気付いた。
「あれのことかな」
ふたりは横断歩道を渡った。
今では使われていない空きビルの前に電話ボックスが寂しげにたたずんでいる。ぐるりとその周囲を調べたが何も隠されている様子はなかった。
 
同じ並びにコンビニがある。自動ドアの脇にソフトクリームの看板が出ていた。
再び紙片が貼り付けられていないか調べたが、今度は何もみつからない。
絵馬の提案でコンビニでトイレ休憩をとった。
待っている間にスマホで陸にメッセージを送る。ハートせんべいの件はもう教えてあるが、陸と深海がどのあたりまでついてきているのか気になった。深海はまだ魁人をみつけることができないのだろうか。 
 
絵馬は塩飴を買ってきて駿にひとつ差し出した。
「この謎解き、体力勝負だよ」
汗で濡れたサングラスを拭きながら絵馬は言った。
「駿ちゃん、あたし、嫌なことばっかり言いたくないんだけど」
上目遣いに前置きする。身長差のせいでどうしても上目遣いになってしまうのだ。
「魁人くんはやっぱりあたしたちを引きずり回したいだけなんじゃない?」
絵馬はどうしても魁人を信用できないのだろう。
実のところ駿も同じことを考え始めていた。
 
このゲームに乗った時点では深海とふたりで来るつもりだった。
深海も自分と同じように魁人への断ち切れない思いがあった。
この悲しみを溶かすためには彼に会わなければならない。その一心でどこか冷静さを欠いていたということを、絵馬と一緒に歩き回るうちにわかってきたのだ。

「あたしだって別に魁人くんを悪者にしたいわけじゃないよ。駿ちゃんが大事な友達を疑いたくないのもわかる。でもどうして謎解きが終わるまで会えないの?一緒に楽しくやればいいじゃん」
絵馬の疑問はもっともだった。
懐かしさから始めたゲームなら一緒にやらなければ意味がない。

「ふーちゃんは魁人くんがすぐには出てこないだろうと思って探してる。でも駿ちゃんは魁人くんが自分から出てくると思ってるの?」
その通りだがその通りだけでもなかった。
駿は自分の考えをうまく説明できなかった。しかし絵馬にはもう少し何か伝えなくてはならない気がした。

「たとえばだけど、いつも一緒の友達がたまたま違うグループに混ざってることがあるだろ?そのとき相手が先に気付いてくれるのを待つか自分から声をかけるか、微妙に迷うことがないか?」
「ないよ」
絵馬は即答した。
「あたし、ふーちゃんが誰と一緒にいても絶対すぐ声かけるよ」
駿は天を仰いだ。
「そうか、じゃあ迷う人間もいると思ってくれ」
「めんどくさい人たちだなあ。それにこのやり方だと駿ちゃんの方からは声をかけられないじゃん。不公平だよ。どう歩み寄ればいいわけ?」
「あいつの指示通りにわざわざここまで出向いたじゃないか」

やっぱり説明がめんどうになってきた。
とにかく早く次のヒントを探そうと、サウナのように熱したアスファルトの上を歩き出した。

   *

深海と陸は蜂蜜ソフトクリームを食べ終えて、早足に駿たちを追うことにした。だいぶ引き離されていると思ったからだ。ところがいつまで歩いても駿たちは見えてこなかった。
もしかすると追い抜いてしまったのかもしれない。ふたりはしばらくそのへんを行ったり来たりうろついた。

「あ、またなんか来たよ」
陸はスマホで駿からのメッセージを確認した。
ハート型のおせんべいと、その包装に書かれた〈かいせん〉という文字。それからルイくんのアクリルスタンドと一緒に蕎麦を食べている絵馬の写真が送られてきていた。
「ちょっと、エマちゃん何やってんの?」
そう言って爆笑している陸を放って置いて、深海はそのおせんべいが売っている店をみつけて入っていった。
さっきおまんじゅうとソフトクリームを買ってもらったお礼に陸の分もハートせんべいを買った。
 
せんべいには特に変わったところはない。誰でも買えるし誰でもメッセージを書けるだろう。
けれどもわざわざ近くで売っているせんべいを使ったということは、側にいると匂わせているのかもしれない。

「きっと駿たちをひやかしてるつもりなんだよ」
「ひやかす?」
「駿が女の子と歩いてるから」
「あれを私だと思ってるんだから、ひやかすわけないよ」
「どうして?時は流れてふたりは今では付き合ってます、なんてありそうなことじゃん」
「子供っぽいなあ。今はそんなことどうでもいいのに」
「僕たちもハートを持って歩いてるとカップルみたいだね」
 
陸はご機嫌だったが、残念ながら色のくすんだ作業服を着た深海と並んで歩いてもカップルには見えないだろう。
ふたりは平安貴族のようにせんべいで顔を隠しながら歩いた。しかし行けどもゆけども駿たちに会わない。
 
横断歩道を渡ったところに電話ボックスが見えたので深海は行ってみることにした。
小学生のときの謎解きウォークラリー以来、ずっと電話ボックスを使ったことはない。中に入るとタイムマシンで小学校時代に行けそうな気がした。必死でカードを取ろうとして踵を擦りむいたことも懐かしい。
 
ふと見上げると視界にひっかかるものがあった。
「りっくん、見て」
天井の近くに紙切れが貼り付けてあるのを見つけて深海は興奮した。本当にあのときのウォークラリーの続きのような気がしたからだ。今ではジャンプしなくても簡単にドアの上まで手が届く。
期待に胸を躍らせて紙をめくってみたが、そこには〈はずれ〉と書いてあった。

「うわあああ、腹立つ」
深海は歯ぎしりした。
「魁人くん、いい性格してるね」
陸は嬉しそうだ。
「ふかみちゃんをこんなに悔しがらせるなんて、魁人くんと一緒に出題者をやりたいよ」
「やめて、りっくんはまっすぐに育って」
陸はケラケラ笑った。
 
それからふたりはさっき通った向かい側の歩道を注視しながらまた駅の方角へ少し戻ることにした。
「りっくん、かいせんといえば?」
「廻船問屋」
「渋いね」
「日米開戦前夜、の開戦」
「他には?」
「海鮮丼かな」
「それだ」
 
深海は振り返った。さっき通り過ぎたひものなどの魚介類のお店をこちらから離れて見ると上の方に大きな魚をかたどった看板があるのが初めてわかった。店ののれんには海鮮という文字が見えた。
そしてちょうどその真下を見慣れたふたりが歩いているではないか。
背の高い駿は遠くから良く見える。
かたわらの絵馬は帽子のつばが風で浮き上がるのを時々押さえながら早足で歩いていた。
その可愛らしい動きはなんとなく小さい子が大人の後についていく姿を思わせた。歩幅が違いすぎて普通に歩くと遅れてしまうのだ。
 
道路を横切ればすぐに目の前だが、ここで手を振り合ったりしてはどこかで見ているであろう魁人にばれてしまうので深海はあわててキャップを深く被り直し、大きなハートせんべいでさっと顔を隠した。
さらにスマホをかざして自撮りをするふりをする。
スマホ越しに駿と絵馬を確認した。

「ふかみちゃん、気が付いた?」
「うん、あの柱の陰に怪しい人がいるね」
海鮮の店には行列ができていた。海老やホタテ、あわびなどの串焼きがその場で食べられるようだ。
すぐ脇の柱の陰で串焼きを食べながらひとりでたたずんでいる人物がいた。真っ赤なスニーカーを履いている。
駿と絵馬は何も知らずにその前を通り過ぎていく。
「ヒントの意味がわかってないんだ」
おそらくそこにもソフトクリームの看板があるのだ。しかし彼らは呑気にしゃべりながら歩いている。

「りっくん、あの人エマちゃんをじっと見てる」
赤いスニーカーの人物は駿と絵馬の後について歩き出した。
首を横に振って引きちぎるようにして串焼きを食べ終え、乱暴に串を投げ捨てた。
前髪に覆われて相変わらず顔がはっきりしないが、その仕草には見覚えがあった。

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