日米中ネットアセスメント再考

高橋杉雄『現代戦略論』(並木書房、2023年)を購読した。

日本、米国、中国の比較優位・比較劣位を、大戦略、地理的要因、政治的・社会的要因、各軍事力に着目して評価し、非対称性を導き出すことは有用であろうが、一元的な意見のみで分析することは、筆者の恣意的な(それが仮に意図せざるものであったとしても)意見誘導を招く可能性がある。より多くの意見を取り入れることがさらなる分析の深化につながるであろう。
第1の大戦略レベルについて
現状変更を目的とする中国に対し、日米は現状維持を目的とする。現在の国際秩序に相互に不満を持つのではなく、現在の地政戦略的な現状を維持しようとしていることは日米に対し、新たな秩序を構築し現状を変更しようとしている中国、という分析である。ここから、日米は守勢的態勢と見做し「攻者3倍の法則」を引いて日米が有利であると評価しているが、これは適切であろうか。
ロシア・ウクライナの例から、国家主観的なロジックに伴う現状変更は国際社会の同意を得にくいことが明確となった。一方で中国は台湾問題を「国内問題」として定義していることから、全く同一視することは危険を伴うと思われる。「国内問題への不干渉」という大原則は国際社会的にも認められた観念であることを考慮すれば、「台湾問題は国内問題ではない」という認識が広く世界に周知される必要がある。ただし、この認識が広く認められるか否かについては未知数な要素が多いのもまた現実である。この「国内問題論」についていずれかの均衡が破られる場面こそ、この大戦略均衡が大きく動く発破材になる可能性があり、注視する必要がある。
中国が発する筋道だった「国内問題論」が蔓延る世界では、日米の守勢側は優勢たり得ない。「国内問題論」の今後の展開模様は日米中ともに均衡状態、ただし全世界に対し説明・論破責任を有するのが中国側であるという点からわずかに日米が有利であると言えるに留まる。

第2の地理的条件について
中国が実際に現状を打破するためには、海を渡って台湾なり尖閣諸島なりを占領しなければならないことから、中国の渡海を阻止するだけで現状維持の目的を達成することができる日米が有利であると評価しているが、これは適切であろうか。
以下は特に尖閣諸島を念頭に考察する。
軍服を着た軍人のみを念頭に置けばこの論も説得力を有するが、国家を構成するのは領土であり、国民である。服は国民の外見でしかない。
漁民、調査員、研究員、有志、突発的な個人の行動も含めて再検討した場合、日米、とりわけ東シナ海域であれば日本の海上保安庁もしくは水産庁のみが対応勢力となる。数で劣る日本は、十分な対応力を有しているとは評価できない。不用意な対応は力のエスカレーションや大戦略レベルの均衡破壊につながる可能性のある結節点である。
日米に有利に働く「非国内問題論」の形成に裏付けられた沿岸対応能力の拡充が必要である。

総合して、現状維持を目的とする大戦略には異論はないものの、海洋による離隔は戦略の重心たりえない。
日米に望ましい東シナ海域の現状を維持するために、「台湾問題は国内問題ではない」と発信し続けるとともに、洋上における、ホワイト・グレーを問わない対応能力の拡充が急務である。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?