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2度目の退職の役所手続き

「こちらでお伺いしますよ。」
役所の窓口前でうろうろしているところ、私よりも少々若いか、同じくらいの男性が声を掛けてくれた。

ちょうどいい、落ち着いたトーン。私がこれから口にする要求を、じっと待ってくれる様子に緊張の糸がほぐれていった。

「年金と健康保険の切り替えを…。あ、退職したので…。」
「わかりました。では、あちらの席でお待ちください。」

人生2度目の退職である。
回数を重ねるごとに、自身の社会環境における不器用さが際立つ。
それはそれとして、会社という組織に組しなくなった者は、自分で国のルールに適合させなければならない。いわるゆ役所手続きのことだ。

だが、私は役所手続きというものは苦手だ。
それは何回経験しても変らない自信がある。

まず、役所手続きをするために、情報を入手しないと始まらないところに嫌気がさす。手続きに何が必要なのか、いつまでにやらないといけないのかという点は非常に重要な情報であるはずなのに、こちらから能動的に調べなければならないのだ。

そして役所は、提出書類の多いイメージがある。だから、何か足りない書類は無いか入念に調べないといけない気持ちになるのだ。
聞きなれない長い名称の書類に出くわせば、この書類は何なのか、どっから入手できるのか、さらに検索するはめになる。

このように手続きに来る前段階で、地味に手間のかかる作業がつきものなのだ。

もう一つ、人付き合いが苦手で顔色を窺いがちな人間なら、少しくらいなら共感してもらえるだろう。その場だけではなく後味にも影響する、その時に当たる担当者の雰囲気だ。
サービス業ではないし、役所仕事の片手間で窓口対応するのだから、そりゃ、応対に期待してはならないとは思う。
だが「ぞんざいに扱われてもやもやした…」といったSNSの書き込みをたまに見かけるので、つい身構えてしまうのだ。


男性所員に言われたとおり席に腰かけたものの、何をすべきかわからず2秒ほど固まってしまったが、とりあえず持ってきた書類を見せてみた。会社から渡された健康保険および年金の資格喪失票を1枚ぺろり。
するとすぐに彼は立ち上がり手続きの書類をさっさと私の目の前に広げると、書くべき項目を1つずつ指示してくれた。

とても親切で配慮が行き届いた対応だった。書いた書類は2,3枚あったかと思う。同じ情報を記入する時には、記入済みの箇所を見やすく提示してくれたり、年金番号に至っては何回も読み上げてくれたのだった。
複数の選択肢がある年金の支払い方法についても、少々早口であったが、割引制度があることもしっかり説明してくれた。
(ただ私の理解力が及ばなかった上に、悩む時間を割くのは申し訳ない気持ちが勝ち、急いで損にも得にもならなそうな選択をしてしまった。)

およそ15分程度であっという間に手続きは完了した。
役所手続きの煩わしさを忘れさせるスマートな応対に、有難さとすがすがしさを感じさせた。

役所手続きはどこにも属さない、社会的に何者でもない人間を生みだす瞬間だ。
この先の自分の行く末に不安を感じている私にとって、この男性所員の対応で、優しいスタートを切れたと思える出来事であった。

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