<智花の場合 第1話>

<第1話>
 
宮村智花は浜風大学に通う2年生。
日々部活にバイトに精を出す充実した毎日を送っている。そんな彼女が部活の先輩から目をつけられていく、そんな物語
 
「今日もバイトかあ。繁忙期になるとシフト多めに入れるように頼まれちゃうし、二つ返事で引き受けてたら週5回 さすがに疲れるけどお給料も悪くないし、頑張らないと」
 
今日は日曜
午前中の部活動を終え、13時出勤のシフトに間に合うように急いで支度を済ませた智花は、マンションの駐車場をダッシュで車へと向かう。
 
「痛っ!」
すれちがった女性と肩がぶつかる。
「すいません!」
急いでいた智花は、相手の顔を確認することもなくそのまま自分の車に乗り込み出勤する。
「ちょっと!・・・ああ、今から同伴だったのに着替えなきゃいけないじゃない。」
ぶつかられた側の女性は美桜 同じ浜風大学3年生で、智花と同じ水泳部に所属している。いわば直属の先輩だ。智花と美桜が所属する水泳部は比較的上下関係の厳しい部活であり、本来なら丁重な謝罪が必要だったが急いでいた智花は相手が美桜であることを認識していない。さらに運の悪いことに、美桜が手に持っていたカフェオレがこぼれ洋服が汚れてしまっていた。美桜は繁華街のラウンジで勤務している。なじみの客と同伴出勤のため入念な準備をしていた美桜にとって、今からもう一度着替えて出勤というのはかなりのストレスである。美桜が腹を立てるのも無理からぬところがある。普段は温厚な美桜だが、高校時代はいわゆるヤンキーと呼ばれるような存在で、今でも少々派手なグループと付き合いがある。そんな美桜からすれば、年下の智花に粗相をされておとがめなしというのはプライドが許さない。
すぐにでも呼び出して「教育的指導」をしてやりたいところだが今のご時世、厳しすぎる指導を大学の上層部へ報告されれば逆にこちらがダメージを受けかねない。ノーダメージで鬱憤を晴らすには、それなりの下準備が必要だった。
 
「まずはあの子の弱みを握るところからね。」
 
それから1ヶ月、智花の元に1通のメッセージが届く。
「今日の夕方私の部屋で軽く一杯どう?少し相談もあるし。」
水泳部先輩の美桜からだった。美桜と智花は、同じ部活の先輩後輩ではあるもののプライベートで付き合いが深いわけではない。むしろ、部活のマドンナとして振る舞い水泳よりコンパや遊びを謳歌している美桜の姿は、水泳に真面目に取り組んでいる智花からすれば気持ちのいいものではなかった。そんな美桜から宅飲みに誘われることに疑問を覚えたものの、先輩の呼び出しを断るわけにはいかない。
「わかりました。20時でバイトが終わるので、そのあとお邪魔させていただきます」
美桜への返信を終えて、智花はバイトへ向かった。
 
20時
普段は閉店後の締め作業をきちっと済ませて帰るが、今日は他のスタッフにお願いして、智花は定時ちょうどに退勤した。
愛車を駐車場に停めると、同じマンションの美桜の部屋へ向かう。
 
「智花です。遅くなってすいませんでした。」
美桜の部屋を訪ね、チャイムを鳴らした智花は訪室を報告した。
「お疲れ~まあとりあえず入って入って。」促されるまま、智花はリビングへ通される。
「バイトお疲れさま。まずは一杯やろう、ビールでいい?」
そう言いながら美桜は、缶ビールを2本用意して戻ってきた。
「乾杯!」2人はビールに口をつける。
「美桜さんから家に招いてもらえるなんて嬉しいです。今日はどうしたんですか?」
「ちょっと話があってさ~。ま、とりあえず飲もう飲もう」そう言いながら机の上のスナック菓子に手を伸ばす。はぐらかすような態度に違和感を覚えつつも、智花も同調する。
しばらくは雑談に花が咲いた。部活の話、バイトの話・・・他愛もない話が30分ほど続いた。智花も徐々になじんできて、口数が増えてきた。そんなとき、美桜が口を開く。
「智花に見てほしいものがあるんだよね。」そう言うと美桜はリビングを後にした。
部屋に取り残された智花は、所在なくスマートホンを触っている。
「お待たせ」やがて美桜はリビングに戻ってきた。
「これを智花に見せたくてさ。見覚えあるかな?」美桜の手には白のワンピース そう、あの日カフェオレが付着したワンピースだ。

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