何故イティハーサはマイナーなのか

漫画サイト「スキマ」やAmazonのレビューを見るとイティハーサは総じて高評価を得ているのですが、検索してみると、とにかく情報が少ないです。
大体は個人ブログでイティを読んだ感想文などが出るだけで、Twitterでもあまり話題にする人が居ません。ということで、その理由を考察しました。

1.掲載誌がマイナーだった
イティハーサは集英社の『ぶ~け』という少女漫画雑誌に掲載されていました。この『ぶ~け』は内田善美、吉野朔美、松苗あけみ…といった名だたる漫画家を抱えており、キラリと光る個性的かつ実験的な作品が多かったのですが、知名度や普及度は『りぼん』『マーガレット』には一歩及ばずという感じでした(個人の感想です)。
松苗あけみ氏の『松苗あけみの少女まんが道』によれば、当時『りぼん』の発行部数が200万部に対し、『ぶ~け』は20万弱の発行だったと描かれており、当時からマイナー雑誌だったことがうかがえます。
年数が進むにつれ雑誌の雰囲気は他の少女漫画雑誌と大差なくなり、2000年3月号をもって『ぶ~け』は休刊(実質廃刊)となりました。もしイティハーサが集英社でなく白泉社の『花とゆめ』や小学館の『プチフラワー』あたりで掲載されていれば、打ち切りにもならず、掲載時からもう少し高い評価を得ていたのではないかと思っています。

2.集英社が元々SFに強くない?
『ぶ~け』本誌の紹介を見ると、イティハーサは「古代SF大河ロマン」だそうですが、集英社の少女漫画雑誌は恋愛ものや学園ものが主体で、そもそもSF漫画を受け入れる土壌や、うまく売り出すノウハウが無かったのではないかと思います。

3.休載がとにかく多かった
当初はほぼ毎月連載されていたイティハーサですが、第壱部が終わる頃から休載や隔月連載が常態化していました。休載期間は以下の通りです。

1987年9月号~1988年5月号 9か月休載
1989年5月号~1989年11月号 7か月休載
1990年7月号~1990年9月号 3か月休載
1991年5月号~1992年1月号 9か月休載
1992年11月号~1993年5月号 7か月休載
1993年11月号~1994年3月号 5か月休載
1994年11月号~1995年9月号 11か月休載
1996年1月号~1996年6月号 6か月休載
1996年12月号~1997年3月号 4か月休載
※隔月連載中、掲載が無かった月は除外

イティの掲載開始年は1986年。連載が打ち切られたのは1997年。
休載を挟みながらも11年弱掲載は続いたわけですが、連載開始当時に読者だった層が離れてしまい、コアなファン以外は休載期間の長さ故に存在を忘れてしまったというのがかなり影響したのでしょう。
(連載一回毎のページ数は多かったのですが)
かくいう私も、連載打ち切り後、雑誌『ダ・ヴィンチ』で完結を知ったクチでした。集英社が打ち切りにしたのも、この休載期間の多さから来る商業的なうまみの無さが一番の理由ではなかったかと推測されます。

4.テーマが時代にあまり歓迎されなかった?
今でこそスピリチュアルというワードが普通の人にも広まり、漫画も幅広い世代が読むようになっていますが、イティハーサが掲載された80年代後半~90年代は、M事件によるオタク弾圧、それに伴う「漫画・アニメはダサい」という風潮、某カルト宗教による事件で、宗教に関する話題がタブーとなる時代だったように思います。神と人についてガチで語るイティハーサは「何かたまに雑誌に載ってる宗教系の難解な作品」と判断され、敬遠されていた可能性があります。時代が悪すぎた。正直言いますと、連載終盤は『ぶ~け』の路線変更もあって、ポップな漫画が多かったので絵柄がかなり浮いてた記憶が…。

5.どっちつかず
掲載誌が少女漫画雑誌の『ぶ~け』。でも内容は壮大な超古代SF大河ロマン。少女漫画にしてはテーマが重すぎる、SFにしては絵柄が美麗すぎることと恋愛要素のせいで男性が敬遠しやすいという点で、ファン層がかなりニッチになっていたと思われます。

6.ファンの大半が「隠れファン」だった説
水樹先生のHP(1999年6月の記事)によれば、男性ファンも少なからず存在していたようですが、少女漫画枠であるために隠れファンとなり、女性ファンもイティを大事にするあまり、自分だけのもの、という意識からやはり隠れファンになっているようだとのことです。故に、読者経由で作品が広まる機会が殆どなかったのではないかと思われます。
(私も隠れファンの一人でした…)

7.単行本の発行部数が少なかった
『ぶ~け』の作品は通常「ぶ~けコミックス」から単行本が出るのですが、
イティハーサは当初、ぶ~けコミックスではなく豪華本で単行本が出ました。ぶ~けコミックスが390円に対し、豪華本は880円。
ぶ~け本誌には作者からのお知らせで「豪華本が高い・手に入らない・豪華本は人に貸せないというお手紙が来たのでぶ~けコミックス版も出すことになった」という話が書かれたことがありました(1989年12月号)。なお、コミックス版は豪華本より発行部数が少なかったようですが、そもそも当時ぶ~けコミックス版も書店で見かけた覚えが殆どありません。
このように、単行本もほとんど売られていなかったため、コミックス購入派の読者すらも定着せず、ますますマイナーな作品になっていったと思われます。

8.集英社・ぶ~け編集部があまりPRをしなかった
イティハーサ連載中のぶ~け本誌を全て確認したところ、豪華本第一巻発売時はかなり大々的な宣伝が掲載されており、ぶ~けの目次にも毎月「水樹和佳豪華本発売のお知らせ」が載っていたのですが、1990年頃からは新刊発売時のみ告知に変わっていきました。前述の通りぶ~けは20万弱しか発行部数が無い雑誌であったため、宣伝が無いのは致命的であり、さらに新刊情報なども出回らないと書店への注文も入らないため、豪華本・コミックスの売り上げに少なからず影響があったかもしれません。

これらの、あまりにも不遇すぎる要因が重なり、イティハーサはリアルタイムの連載時、一部の漫画ファン以外からは知られていなかったのですが、ハヤカワ文庫に版権が移ってからはSFファンから一定の評価を得ました。
現在では漫画サイト「スキマ」で無料公開され、誰でも読むことができます。
埋もれるにはあまりに惜しい名作なので、もっと知名度が上がってほしいものですが…。検索すると、わずかながら話題に出す人が増えているようなので、いちファンとしてこれからもイティハーサについてつらつら書いていきたいと思います。

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