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「エントシャイデン/entscheiden」第2章

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file:2 経験者が物申す


 美しいかんばせが、ふっさふさのまつ毛が影を落とす。うん、今日も美しいですね。お変わりなくて。

「デジャブが、なんだかな」

 ため息をつく姿だけで絵画になりそうですよ。100年後と言わず、1年後には数千万とか桁の違う美術品になっていそうで、感嘆超えて恐怖。
 ホラーかな?
 ホラゲかな?
 ホラー小説じゃないよ、mystery novel……。
 てな感じですね、上手く形容できないけど、わかってくれイマジナリーフレンドよ。私のマイナス的な友達なんだから。

「社交性の無さは、実践に限る、と思う」

 横を通り過ぎるネイビーのスーツ軍団がモネの蒼に早変わり。わー、魔法のオブジェ。

「だから……聞いてるか?」
「はい、今日も隊長様が麗しいです!」

 路面電車とは趣深いもので、侘び寂びてきな、とにかく麗しい隊長様をより高次の存在へと押し上げる。
 頭を抱える姿はそのままルーブル美術館に飾っても違和感がない。
 古と美、良き。

「わかった。今から言うことだけ、あー、100文字くらいなら聞けるか?」
「隊長殿、世間様は20〜25文字以内に完結するのがブームだとお聞きしました!」
「そうか、で、100文字なら聞けるか?」
「ちょっと返答に困ります」
「はぁー、わかった。よく聞け」
「サーイエッサー」
「コミュ障治したきゃこどもと触れ合え。よし、行くぞ」

 言い終わらないうちに腕を引かれて、硬い座席から腰を浮かす。

「こういうのは勢いと慣れだ。ほら、引きずられてないで自分で歩け」
「隊長、気分じゃありません!」
「そうか、エナドリでも差し入れてやる」
「カフェインじゃモチベーション上がりませんて」
「意識がはっきりすればその変態性もなりを潜めるだろ」
「意識がはっきり……起床……ニート……。はっ、隊長、エナドリだけはご勘弁を」
「ならさっさと自立しろ。……大人二人で」

 電車から引きずり降ろされて背中が段差状に痛む。か弱いニートを世間様に引っ張り出すだけでも無体なのに、日光の恩恵を拒否する系女子の背中は脆いんだ。

「自立って何をもって自立ですか。一説には、というか最近の動向としてIL運動、自立生活運動の考え方が主流っていうか、そこんとこ照らし合わせればどうにかこうにか私も自立していることになりませんかね。たしかに心のあれそれは軽く見られがちですけど、当事者になってみるとむしろなめんなよとばかりにめちゃくちゃきついっすよ。たかが心、されど心、信じましょうよバルネラビリティー。人間ってそんなに強くないですよ。いいじゃないか、料理がまずくったって。食えればモーマンタイ。昼夜逆転しようが、頭痛が標準装備だろうが、薬飲まなきゃ起きることもできなかろうが、ニートだろうが、働ける人が働けば社会に損失もたらさないし」
「そうかわかった。ひとまず自分で立ってくれ」
「あ、うっす」
「よし、えらいな。これが自立だ」

 また、頭に大きな手のひらが乗る。離れていくそれは視界の幕を開けた。
 中世アンド現代、な街並み。路面電車は年季が入っていて、タイルで舗装された地面には擦り切れた線路が縦横微塵に敷かれ、それらとつかず離れず自動ドアや鏡張りの高層ビル、そして空中に浮遊する道路標識。そこは、ロマンに満ちていた。

「おお、ノスタルジー」
「ここら辺は特にな。懐古主義の都市計画はどこも変わらん」
「乙ゲーがあちらこちらで勃発する予感しかしないっすね。もはやそれ以外に何をしようというのか」
「普通に生活するだろ」
あっちにラヴの予感が
「ただの路地裏」
トキメキの宝庫じゃないですか
「カフェだろ。閑古鳥鳴いてる」
ふぁぁぁぁぁぁぁ、良き

 浮かび上がる標識に手をかざすと透けて通る。わああああぁ、いい、これだよ。
 道のど真ん中、奇声を上げてガッツポーズをするチビヒョロ女。だがしかし、私ほどになるともう何も怖くない。恥はかき捨て世は情けというが、そんなフェーズも超えた。あらゆる痴態と恥辱と侮蔑お受けたヒキニートは一周回って最強だ。ゆえに、白昼堂々、身の程も知らずに超絶美形を侍らせようが躊躇なく本能に従い行動する。すなわち、家族づれもちらほらな大通りで興奮しようが、もう失う尊厳はないから痛くも痒くもない。

「隊長、ここ、ここは入りましょう」
「おー、あとでな」
今ですよ! ほら、まどろめそうなまあるい光は今を逃して他にない! 美少年と美少女のエンカウントを見逃しては世界の損失です。ボーイミーツガール! ガールミーツボーイ!!
「あるある、今を逃しても機会はあるから、というか遅刻だから。いい加減飽きろ」
隊長、見てください! あそこにいい塩梅に廃業寸前のゲームセンターが
「コウ」

 透き通るような声に固さが交じる。
 背後を振り返るのが恐ろしい。調子に乗りすぎた。やりすぎたんだ。無敵だなんてなんてバカな勘違いを、私はいつでも管理される側で、食物連鎖の最下層、自由なんてない。

「仕事がしたくないか」
「何をおいてでもしたいです」

 それはもうできうる限りの速さで駆け寄った。ついでにちゃっかり御手を拝借してしまった。
 すべっすべじゃん、どう育ったらこんなに絹ごし豆腐みたいな肌が生成されるんだ。人類の神秘。白く輝くすらりと伸びた手を取ってしまったがために謎の正義感に駆られ、そのまま膝をついて見上げている自分の状況は私にも説明できない。

「このコウに何なりとお申し付けください」
「お前の御し方が分かってきた」
「姫って呼ぶべきか悩んでます」
「良かったな行動に移さなくて。今頃切り刻まれて側溝を流れてたぞ」
「……え」

 衝撃的なフレーズにうまく脳が処理できず、フリーズ。
 固まった私に掴まれた手をそのままに隊長は歩みを進める。
 足を止めた先を見ると、柵の向こうに歴史を感じる横長い建物。特徴的なものは何もないが、そことなく懐かしい。孤児院の雰囲気だ。
 柵に近づくと鐘の音がどこからか鳴り響く。え、うるさ。防犯ブザー並みのうるささ。

「あらあら、これはこれは」
「すみません、遅くなりまして」
「いいですよ。図書省はお忙しいでしょうし」
「特隊はそれほどでもありませんよ」
「気を遣わなくてもいいですよ、そうでなきゃ【司書】の方が時間に遅れてくるなんて、それも定期巡回を、そんなことよっぽど忙しかったのでしょ
(高い給料もらってるくせに、遅刻なんて言い御身分ですね?)」
「あはは、すみません
(うるせえ)」
「ふふふ、お忙しい方にこんなところまで出向いていただいて、申し訳ないわ。30分も正門で待っていたのですけど、来られないようでしたから、ほら寒いですし、いったん室内に戻らせていただきましたの。本来なら外でお出迎えするところを、申し訳ありません
(忙しくも無いのに待たせてんじゃねえよ、こちとらお前らと違って業務が多いんだよ。30分も待たせるなんて、さすが図書省だけあってどれもかれも頭のねじが足りてませんね)」

 インターホンのような機械は見えずとも、両者の会話はよどみなく流れる。
 お、おねえ様。今、初夏でございます。寒くないです、暑いっす。むしろ熱いっす。

「こんなことに税金を使わせてしまっていることは申し訳なくて
(税金で働らかせてもらっているのだから時間くらい厳守しろよ)」
「未来を担う人材の保護は最も税金を使うべき案件では
(遅れたのは15分だろうがよ。予備時間は知らねーよ。っていうか、いつもねちねちと)」
「あら、ふふふ、嬉しいお言葉です。そうですね、未来……
(足元も見えないですけどね)」

 意味あり、含みあり、闇もあり。そんなメッセージを受信した。
 副音声もばっちり聞こえた。
 よし。

「お初お目にかかります。数日前に図書省、の特隊なるところに配属されました。コウとおよびください。これから末永く良い関係が築ければなと考えております。さしあたってはおねえさん、お時間とかございますか? ご趣味などお伺いしてもよろしいですか? 単刀直入に言わせていただくと、結果的にお姉さんと気軽にそこら辺のカフェでいちゃつけるレベルに旧交を温めたいと考えております」

 隊長にひざまずいた要領で、とりあえずどこに向いていいか分からなかったから正門に水平に向き合い手を伸ばす。
 あわよくば、お友達ゲット。

「あら元気なこですね
(なにこれ、嫌がらせ?)」
「あはは、ありがとうございます
(すみません黙らせます)」

 あはははは、隊長様、目で人殺せそうですよ。

file:2-2 ガキが好きな人っている?


「そもそも論って嫌いなタイプっすか?」

 積み木が脚にぶつかって落ちる。
 拾い上げるものの、持ち主らしきこどもに手渡すこともできずアンダースローでシュートした。

「禍根にならないように言っておけ」
「そもそも、ガキ嫌いなんですよね」
「そうか行け」
いいいいいぃぃぃゃやややゃあああああだあああああああああ

 孤児院? 児童養護施設? なるものに招き入れられて10分ほど経ちました。
 帰りたいです。
 目がしばしばする。
 先ほどの失言で警戒を強めた隊長は、私が口を開きそうになるとガチ恋距離で御尊顔を私の視界に入れてくる。このやりとりが続き、すっかり目が失明寸前である。
 ついにキャパオーバーして茫然自失を体現している間に、こどもの巣窟に放り出されていた。

「諦めろよ、ここまできたら」
「無理ですよ、ここまできても」

 あー、いい感じのレトロ喫茶に赴きたい。乙女ゲームのオープニングが毎秒放送されてるんでしょ、行かない選択肢がない。
 そもそも論で大変恐縮ですが、私みたいな皮だけ大人ないわゆるコドオバに真性のこどもを世話させようなんて、赤子に小学生のお守りをしろと絵本を渡すようなものですよ。そういうカオスを防ぐために、保育士資格という素晴らしい制度があるのだということをお忘れか?
 知ってか知らずか、隊長が棚に飾ってあった絵本を手に取り、私の手に握らせる。

「行け」

 隊長様、いやここはあえて皮だけ儚げ美少年様(笑)と言っておこう。
 ムリです。ムリ寄りの無理。
 いくら夢の中といっても、こればかりは本気でムリ。

「あー、せつなだ!」
「よお、花梨。元気そうだな」
「あいかわらず、むだにおキレイな顔してるね」
「凪の入れ知恵か?」
「さいきんきづいたの、おとこは顔が良いだけで選んじゃいけないって」
「……お前、歳いくつだよ」

 こどもはまるまるとした片方の手を開き、もう片方は指2本だけを残して握った。

「七つ」
「まだ顔で選んで大丈夫な歳だ。安心しろ」
「なぎがね、としなんてすぐとるから、今のうちにしょうらいをみすえておきなさいって」
「なんつうこと教えてんだあの女」
「せつなみたいな顔だけおとこにだまされないように、今のうちから内面をじゅうしするしこうをつけておこうと思って」
「ふーん、じゃあ花梨は俺のお嫁さんにはなってくれないのか」
「んーん、キープ」
「お、おう」

 すげえこどもだ。隊長様をキープしている。

「花梨、こちら、コウだ。コウって呼んでやってくれ」
「よろしくコウ」
「よ、よろしくお願い致します。不束者ですが」
「ふつつかもの、ってなに」
「気にすんな。コウの口癖みたいなものだ」
「花梨さん、不束者というのは、力不足な人間という意味です」
「へー、コウって賢いのね」
「お褒めに預かり恐縮です」
「あずかりきょうしゅくです、ってなに?」
「預かり、褒めという動作について、私がその対象になったこと、つまり褒め言葉を貰ったという意味です。恐縮です、は不束者と似た感じです」
「へー、コウ、気に入ったわ」
「ありがたき幸せ」

 跪いて、ははーっと頭を下げる。
 隊長様は傍で目を見張っていらっしゃる。
 見せ物じゃないですよ。

「お前、静かに喋れたのか」

 そうなんですよ。唯一のアイデンティティたる多弁が発動しない。代わりに、情緒も安定しない。
 ふー、冷や汗が止まらないゼ!!!
 背中が冷却シート貼ってるのかってレベルでcoolだZE!

「奴隷でもなんにでもなるのでもう許してくれませんでしょうか」
「だそうだ、花梨。好きに遊んでやってくれ」
「気に入ったしいいよ」
「ん、頼むわ」

 待って、人の話聞いて。後生だから。
 花梨さんは私の手を引いて部屋の奥に向かう。
 柔い感触に抵抗する術はなく、引き摺られながらも隊長の方を恨めしく睨みつけるしかできない。
 部屋の最奥には扉がひっそりと佇んでいた。
 誰も寄りつかないその場所に花梨さんは躊躇なく進む。建て付けの悪い音がして、扉が開く。

「美弥、お待たせー」

 やはり図書館。ヨーロッパ王宮とまでいかなくても、地方貴族の書斎のような年季と品格を持った空間が広がる。ところどころ空間のある本棚を辿って、美弥と呼ばれる少女を確認する。
 そこだけ、時間の流れがゆっくりだった。
 長い、床についても余裕がある長い髪。

「花梨おそいよ……、だれ?」
「コウ。司書じゃない? せつながつれて来た」
「せつなが来てるの?!」

 美弥さんは隊長の名前に目のハイライトを取り戻し、食い気味に聞いてきた。

「はい」
「どうしよう、髪のばしちゃった」
「べつに怒らんでしょ」
「ちーがーうー。きれいじゃないのがいやなの」

 美弥さんは長い髪を手繰り寄せて毛先を揃えては肩を落とす。

「三つ編み練習のためにせっかく『成長』させたのに、したかない、こうなったらっ」

 大きなハサミを肩口まで持って、刃を開く。

「ちょっと、え、勿体無いですよ」
「あ、コウ大丈夫、やろうと思えばすぐあの長さに戻せるから」
「え?」
「美弥のベルグリフなの。ユーズ型」
「はあ、そう……ってちょっと待った!」

 よく分からない単語が飛ぶのを黙って眺めていると、背景で小さい手をぷるぷると震わせながらハサミを閉じる場面を見た。
 思わずストップをかける。

「僭越ながら、ワタクシが断髪を担当させていただきたく。上手いですよ、可愛くできます!」

 たぶん。やったことはないけど、美弥さんよりは安心して見ていられるヘアスタイルを完成させるポテンシャルがあると信じている。
 やったことないけど。

「ほんと?」
「はい!」
「……じゃあ、姫カットにして」
「ヒメ、カット、お、オッケーです」

 求む、ヒメカットとやらの情報。
 たぶん、あれだよな。お姫様的な、なんかうろ覚えだけど平安貴族の女性みたいな触角を作ってやるんだった気がする。
 一か八か、切り進める。
 長すぎる後ろ髪を切る工程は長く、何も話すことがなかったので密かに気になっていたことを花梨さんに聞いてみることにした。

「花梨さん、先ほど私のこと気に入ってくださったと聞いた気がするのですが。幻聴でしたら申し訳ないです」
「うん、せつなとちがってちゃんと聞いたことに対して答えてくれるから」

 花梨さんは櫛で切っていない側の髪を解かしている。

「わたしね、同じ年の子より頭良いんだ。でも、周りの大人はこども扱いするの。わかるけどさ、バカにされてるのかなっておもうことがある。あー、早く大人になりたいなって」
「……すごいですね。私は、まだ大人になりたくないって駄々をこねています。みっともなく、年甲斐もなく」

 シャキンッ。後ろ髪が肩甲骨を隠すくらいまでになったので、フェイスラインに移る。
 髪は一本が太く、潤いハリがある。
 横に座ると黒い瞳は髪のカーテン越しにこちらを見た。

「コウさん、私もね、大人になりたいって思うんだ。せつなとフィナンシェ食べに行きたいから」
「良いですね」
「でもね、林檎さんや凪さん、せつなもね、大人になってもおもしろくないって言うの」
「すみません、先輩達が変なことを」

 特殊班、なにこどもの夢プレス機にかけているんですか。みんな揃って大人気ない。

「こどもになりたいって思えるようになることが、きっと大人になるってことなんだね」
「はぁああ、花梨は大人なんだけどー!」

 前髪を整えると、墨色の瞳を正面から対峙する。

「……深いっすね」
「私は大人がまだキラキラしてるように見えます。どうすれば大人になれますか?」

 私も、貴女が眩しいです。
 貴女のほうが大人ですよ。
 羨むなんて、そんな綺麗な感情をあなた方に向けることが私にはできない。

「すみません、私にも分かりません。凪さんとか、大人の人にたくさん話を聞いておきます」
「じゃあ、楽しみに待ってます」

 前髪の毛先を整えて、顔を離して全体を見る。なんちゃってではあるが、いい出来なのではないか。
 花梨さんが最後に櫛を全体に通して、下に敷いていた新聞紙を丸める。

「せつなー」
「美弥、お、かわいいな。髪型変えたのか」

 隊長のもとへ駆けるよると、美弥の頭をぽんぽんと優しく撫でた。
 あれ、既視感が。
 気のせい?

「最近不安定だって聞いた。大丈夫か?」
「だいじょうぶ。もうすぐビブリオテーク庁の施設に入るんだ。外に出られる。一緒に出かけてね」
「ああ」

 美弥さんは頰をピンクに染めてはにかんで笑った。恋する乙女の顔。
 青春だ。

file:2-3 餓鬼マインド


 施設を後にして、街を見回るついでに散策をした。でも、目新しいものにときめくどころか乙女ゲームの舞台装置を見出す私の存在意義すらも発動しなかった。
 坦々と、淡々と、見慣れない夢の世界を漂った。
 カフェも路地裏も、行かなかった。

「どうだった。年長組とはうまく話せていた気がするが」
「話せていた、というか。言葉が出てこなかったというか。諭されてしまった上に、正論グセが抜けず隊長様のご意向を汚してしまう始末。大変申し訳なく思っております。人間として認識してはいけないレベルでコミュニケーション能力も人格も育っていないことが改めて確認できました。もう、隅っこで死んだように過ごすので息することは許してほしい。小学生に人生相談をしていただくなんて、一生の不覚。隊長様は対してモテモテでいらっしゃるのが素晴らしいと思いました。さすが儚げ、さすが管理職。両手に花」
「ガキ嫌いって話だったから心配してたが、反省文?」
ガキは私のことですよ
「は?」
「だから、ガキな私を未来は明るい若人に対面させるなんて終身刑ものですよ。取り締まり案件、一発で免許剥奪。どうなってるんですかビブリオテーカーの倫理管理は。美弥さんがおっしゃってましたけど、大人になりたいって思っているうちはこどもなんだって。こどもに戻りたいと思うようになったら大人だって。でも、こどもを見て、戻りたいよりも前に劣等感に苛まれて歪めばいいと思う人間は大人ではないですよ。ガキです。餓鬼。手当たり次第に欲しいものもわからず物乞いし続ける、ずっと空腹なままの哀れなクリーチャー

 だから近づきたくなかった。
 その理由だって、綺麗なものじゃない。

「そんなクズな性格してたんだって落ち込むじゃないですか」

 自分の嫌なところが露呈する。気付かされる。でも、相手は綺麗なまま。ずるい、と思う自分が嫌い。

「こども時代に笑顔で接してくれていた人を思い出して申し訳なくなって、その笑顔を私が作る側になって。ただ口角を上げるだけの簡単な作業が、それがとても難しくて苦痛で悲しくて、やっぱ私はだめな人間だなって」
「大人、か」
「こどもは大人になれますけど、ガキは大人になれないですよ」

 日が沈む間際の、オレンジ色。
 レトロなメトロが時間の経過で相乗効果を醸し出している。あれ?
 メトロって地下鉄だっけ? メトロポリスって都会みたいな意味だった気がするけど、メガロポリスってなんだっけ?

「メガロポリス」
「……メガロポリス?」

 古代ギリシア的な何かだったような、そうでなかったような、メトロでもレトロでも、なんならメテオでも侘び寂びがあっていいっすよね。

「あ、隊長様、ソーシャルネットワークサービス周辺には一切公開しませんので、個人的な趣味趣向、いわば性癖的な理由によりちょっと、その欠けたタイルの周辺に立って気怠げな立ち姿をしていただけたりしませんか。いや、ここはヤンキー座りで私がローアングルから撮るのが良い。この街並み、夕陽、街灯、欠けたタイル、まばらな人、を前に整った中性的な美人。画になる。スチル。SSRで期間限定、デートシチュで出てきそうです。ああ、欲望が満たされる」
「また随分落ちてるな。統合失調、キモさ控えめ」
「そんなこと言わないでくださいよ、今の私は鼻から吸った酸素でさえ沁みるんですから」
「じゃあ、人生の先輩が口伝を伝授してやろう」

 口伝ってそもそも「伝える」意味を含んでるから、口伝を伝授は頭痛が痛いのではないでしょうか、隊長さま。
 皮だけ儚げ美青年様(仮)は私の背中に大きな手を当てた。じんわり、体温が伝わる。

「まず、息を吐け。肺の空気を抜け切るつもりで」
「深呼吸しとけばキレイにまとまるとか思っているなら、とんだ勘違いヤローですね」
「心配するな、ここからまさかのドンデン返しが待っている」
「マジすか」

 息を吐いた後にするドンデン返し、はっ、まさか、隊長殿、貴方はあの伝家の宝刀を使う気か!
 まさか、歴史的瞬間に立ち会う日が来ようとは。

「このまま息を止めれば楽に死ねますね。死んだら鬱も躁もへったくれもない。さすが管理職」
「自分でできるのは意識レベルを微弱に下げるところまでだぞ」
「その後美青年の介錯が入る、と」
「入りません」
「え、つまり、自分で意識レベルの限界を超えろと。壁の向こうへ、マイナスの境地に達しろと。ことあるごとに某を絶望に導く憎き悪きさらに虚しき弱弱ホメオスタシスを淘汰して、ついに最初で最後反旗を翻すのですね」
「徴兵の煽り文のように自殺計画を喋るな。いいから大人しく息吐いとけ」
「うっす」

 背中に感じる体温がむず痒いけど、体を軋ませて空気という空気を吐き出す。

「で、思いっきり鼻から息を吸え」

 何が待ち構えているのかと肺と一緒に期待で胸を膨らませた。
 すると、ふわりと感情の弦が弛む。
 焦燥と恐怖と後悔で押しつぶされそうだった中心が優しく包まれた。弦を引き延ばしで、緩やかに波打つ。
 隊長様はまた頭に手を乗せてポンポンと優しく撫でた。

「大人になりたくないなら、ならないほうがいい。ずっとこどもでいる努力をしろ。進みたくない上に進むのが難しいなら簡単な後ろを向いておけ。そしたらそっちが前方だ」
「うっす。不肖テロリストコウ、こどもマインドで新人コウを目指して努力します!」

 隊長は綺麗なご尊顔を麗しく緩めて笑った。そう、キレイに。

「それで、大人はこどもを正しく導く義務があるそうだ。つまり、お前には俺の説教を聞く義務がある」

 私の感動は飛び上がった瞬間に地面からお出迎えが来た。膝を折り、上体を屈め、顔だけ光り輝くかんばせに向ける。
 何かやらかしたっけ。
 林檎ちゃんの好感度アップに失敗したことは別に隊長様に迷惑は、あ、社内の人間関係って辞職理由のトップランカーって聞いたことがある。あれか! もしくは、姫カットがよくわからないまま、なんとなくいい感じには仕上がったけど美弥さんに微妙に気を使われて「可愛いです、ありがとう」と言わせてしまったこと? こども達と軽口を交わしている美人になにか人間的価値の違いを思い知らされた気分になって小声で「ロリコン」って呟いたこと? 小学校低学年男子が水性ペンで隊長に落書きしようとしているところを発見し、静かに小さい手から水性を抜き取り油性に取り替えたこと?
 しまった、傷つき落ち込み鬱状態ながら童心に帰りまくったがために、大人気ない超えてただのクソガキムーブ連発した記憶しかない。
 違うんです、反省はしてる。
 後悔は天高くしてる!

「間違ってたら悪いが、コウ、喋る時、誰も聞いていない前提で話していないか?」
違うんです。べつに隊長様に特に恨みがあったかというと、ほら、芸能人とかモデルとかセレブとか、ああいう人たちがキラキラしてると許せなくなるというか、あわよくばレッドカーペットで派手に転んで足捻って捻挫してストッキング破れてくれとか思うじゃないですか。そういう延長線上でですね、ネットで揚げ足とって少しでもお綺麗なツラの皮剥いでやりたいとか思うこと日々ありますでしょう。ありもしない裏の顔を探して掲示板を漁り、なかった時の絶望が怒りを呼んで攻撃衝動に変換されても刺しちがえる勇気がなくて結局鬱屈した気持ちが家庭に向いてDVや自分に向いて自殺よりは、小さなことで発散したほうがいいというのが持論でして。つまり、頰に油性ペンでバツ書かれたくらいは有名税として納めていただきたいなと思う所存。世界遺産とかもよく落書きされるじゃないですか。そんな感じでオナシャッス」

 弁明できているようなできていないような、考えがまとまらず最後の方は何を言い訳しているのか忘れてしまった。そういえば、隊長が何か言いかけていたような。声を被せてしまったので全く聞こえなかった。
 晴れ晴れとした気持ちで見上げると、隊長はしゃがんで目線を合わせる。キレイな笑顔。ん? キレイな笑顔だと。
 隊長は私の顎を掴んで固定し、マスクを下げた。

『1分黙れ、そして人の話を聞け』

 動かない口を引っ提げてコクコクと頷く。
 隊長様は一つ頷いてマスクを着ける。

「おはようございます、って言われたら、おはようございますって返すだろ」

 問いかける視線に頷く。

「コミュニケーションは相手あってこそだ。お前が一方的に話し続けても成功しない。余裕がないと、相手も息苦しく感じる。長く喋るのは、まあもう、内容も仕方がない気がするから、それはもういい。その路線を突き進め。だがせめて、相手の話を聞く心の余白を残しておけ」

 普通目の前に人がいたら対人経験が少なかろうと多少は聴いている前提で話すはずなんだがな、と刹那は心の中で付け足した。
 コウの態度は、自分以外の人間を無視している。
 同時に、自分そのものを「無いもの」として扱っているようにすら見えた。

「端的に言えば、人の話を聞け、ということだが、きっとそういったところでお前の心には響かん気がしてな」

 さすが儚げなだけある、人の心の機微に敏感だ。
 口の感覚が戻る。

「花梨に預けられたとき、どう思った?」
「やっぱ皮だけだなこの美青年(仮)、と」
「あ゛? いや、そうじゃなくて」
「無理だって言ってるじゃないかと」
「そうだな。つまり、話を聞けって思っただろ」
「……はい」
「コウの周りは、それを常時お前に対して感じている」
「……ぅえい」

 この皮だけ美人、地味に伸長に刺してきやがる。

「で、今日お前が持ち帰る情報は、ぶっちゃけ今から言うことだけでいい。落ち込まれると長い気がする」
「はえ?」
林檎はな、話を聴いてくれる人がタイプだ

 天啓だった。
 まさに、空から降ってきた一枚のゴールデンチケット。
 皮だけ儚げ美青年様(神)が舞い降りた。

「っ隊長様美少年様公式様神様! 一生ついていきます! ついでに話も聞きます!」
「自分でやっておいてだが、単純すぎて心配になる」

 ウェスト地区の中央通りでは、頭を抱える美人と忠犬の如く後をついていく女性が観測された。

file:2-4
夢の中で夢から覚めて遅刻な上にその世界がしばらく続く人間の気持ちを10文字以内で表しなさい。


 爽やかな昼どきでございます。
 拝啓イマジナリーフレンド様、どうにかこうにかして起こしてくれてもよかったじゃないですか。
 なんで夢の中でまで寝坊するんですか?
 夢の中でさらにグンナイして夢の中だったのは中々に複雑な話でございますけれども。それはそれとして、起こしてくれてもいいじゃないですか。敬具。

「すみません、遅れました!」
「コウっ、やっと来た!」

 起床時点で既に始業時間から1時間は経過しており、言い訳と身支度と絶望と反省と冷や汗タイムをとってしまったがために合計2時間遅れての職場到着。
 扉を開けてすぐに跪くつもりが、腕を取られて室内に普通に入ってしまった。
 何事?

「これ連れて行ってきます」
「そうね。ただ、刹那で手が負えないってことは相当だから、危ないと思ったら戦線離脱するとこ」
「分かってます」

 林檎ちゃんが豊満な果実を揺らして走る。思った以上に足が速くて、失敗したら足もつれる。
 向かったのは地下駐車場で、そこには黒いバイクが整列していた。え、まさか、林檎ちゃん、バイク運転、できるの?
 乗り場近くの籠からヘルメットと2つ取り、1つを私に投げ渡す。

「なにやってんの、さっさと乗って」
「あ、はい!」

 有無を言わさず発進して、地上に出ると風が爆音を鳴らす。

「手短に説明する」
「はい!」
「リーダーがウェスト区立の児童養護施設にベルグリフの暴走兆候があるってことで向かったんだけど、まだ連絡が取れない。ほんとならすぐ終わるはずなのに」
「はい!」
「多分美弥の方だからダブルミーニング、二重定義になってるはず。双子だから警戒してたけど、最悪が起こった。渦内に怪物が居る」
「はい? 怪物?」
「数で押し切れるなら良し、無理そうならリーダー見つけて離脱。仕方ないから外で迎え撃つ」
「撃つ? 何を?」
「カイブツを」

 景色はあっとうまにノスタルジーに替わり、見慣れた建造物。でも、どこか気もそぞろだ。
 大きな柵は最初から開かれていて、ブザーのようなけたたましい音の代わりにこどもの泣き声がそこかしこに聞こえる。
 情報が飲み込めず、ぐるぐるとカーソルを回していると腰に細い腕が巻きついた。

「コウ!」
「花梨さん?」
「コウ、どうしよう。私のせいで、美弥が……」
「花梨、離れて。コウ、行くよ」
「え? あ、あの花梨さん」

 林檎ちゃんに腕を組まれて引きずられながら、花梨に向けて声を張る。

「大丈夫です! 美弥さん、必ず助けるので!」

 花梨さんの顔は失望と憤怒に歪んだ。
 え? なぜに?

file:2-5
バトルシーンがあるとは聞いていない


 薄暗い森の中、夜の静寂を打ち破るように、コウが喚き散らしていた。

「え? なんで! さっきまで普通に図書館でしたよね。ぐるぐる渦に入っただけなのにこんな風景変わります? 異世界じゃん。ていうかホラーによくある環境設定すぎて無理なんですが!」

 そのとき、雷が左脚を掠める。

「ひぃいいいい」
「うるさい」
「林檎ち、さん。怖くないんですか?」
「慣れてるから」
「すごいですね」

 これに関してはお世辞抜きに本当に尊敬している。もうなんか、世界観が怖いのもあるけど、さっきから原因不明の胸騒ぎとライオンとかを前にした時の dead or alive的恐怖と就活で全落ちした時よりも酷い先行きへの不安がトリプルアクセル決めてる。
 同時に、林檎ちゃんのカッコよさに萌えてもいる。
 肩には巨大な機関銃から伸びるストラップが乗り、彼女の体格に対して明らかに過剰な武器だった。瞳は鋭く、決意に満ちている。それを持ち上げられる筋力はどこからきているのでしょうか。ぜひ実地で教えて欲しい。

「あの、聞いてもいいですか?」
「断る」
「あ、はい」

 無駄口叩くと思われたのかな。さすがにこんな状況でペラペラくだらないことを垂れ流す勇気はないのだが。でも本当に聞きたいのです。
 私、要ります?
 あの、戦闘訓練とか受けとらんのです。
 戦えませんよ。

「……もしかして、だけど」
「はい」
「リーダー、城戸隊長から何も聞いてない?」
「必要なところをその場で補充するとだけ」
「……あんっの、無能上司」
「え?」
「まあいいや。隊長を引き続き探して。怪物も。見つからない間は説明してあげる」
「ありがとうございます!」

 林檎ちゃんは「念の為」と言っても閃光弾や手榴弾やらを3つずつ創出し、私のショルダーバッグに詰め込んでから右手に拳銃を渡した。
 使い方はなんとなくアニメ知識ぐらいではあるが知っているものの、使い慣れていないと暴発するのでは? と進言したら、「至近距離、というかもう銃口を対象にくっつけて撃てば問題ない」と言われた。そうなのか。

「では、まず、えーと、筋肉、じゃなくて」

 まずい、林檎ちゃんがどうやってその機関銃を持っているのかが気になり過ぎて生存戦略を放棄している。
 そうだ、美弥さんのこと!

「さっき、美弥さんがダブルミーニングで、双子がどうのって。花梨さんが自分のせいと仰っていたことと関係ありますか?」
「うん。双子は基本遺伝でビブリオテーカーの資質が出る、高確率で二人とも。今回、美弥は既に『成長』のベルグリフを取得していた。ただし、花梨がベルグリフを獲得する兆候が見られなかった。遅れることもあるから、特に警戒はしてなかったけど、でもたまにあるの。片割れのベルグリフ創造能力を一手に引き受けて、元のベルグリフに新たに【定義】してしまう事件が」
「じゃあ、美弥さんは花梨さんのベルグリフを奪ってしまって暴走したってことですか?」
「そう。で、ダブルミーニングの厄介なところは、気分の悪い映画を見せられない代わりに怪物が出る。どっちにしろ悪夢だけど、こっちは普通に怪我する。痛い」

 なるほど。それでバチバチの戦闘体制な訳だ。

「居ない」
「居ないですね」

 というか、暗い森おなじみの迷路地獄、又の名をぐるぐる地獄。もしかしなくても、同じところ行ったり来たりしてないですかね? メタ発言で申し訳ないですけど、そういうタイプに思えて仕方がない。

「これ引っ張ってみたら隊長が釣れるとかないですかね?」
「なにバカな事言ってるの?」

 さっきから至る所にあるロープみたいな黒い何か。持ち上げても何も起きない。そりゃそうか。
 なんか小さいトゲみたいなものが一方向に整列している。上に持ち上げれば、右はピンと張り、左はだらんと垂れ下がる。
 およ?

「林檎ち、さん。試しにこっちの方向に行ってみてもいいですか?」
「いいけど、なんで」
「完全に勘とメタ思考で恐縮なんですが。たぶん、毛根がこっちなので」
「は? 毛根?」

 黒いロープを辿って進むと、遠くに斬撃音が聞こえた。

「あー、埒あかねえー。どうなってんだよこれ」
「リーダー!」
「隊長!」

 刹那は手には鋭い剣が握り、浴びた大量の赤い液体に闘志の炎を消されそうになっていた。
 もはや赤髪。

「林檎、コウ。やっと応援が来たか」

 袖で顔に付いた液体を拭うが、袖も赤色に染まっている。カッコいいだけで、あまり意味のない行動だ。

「そうだ、林檎は分かってると思うがコウ、体液に触れるなよ」

 全身に浴びている貴方に言われても、という言葉を呑み込み損ねて口から飛び出る寸前に、林檎ちゃんが低く警告する。

「来る! 避けて!」

 林檎ちゃんが機関銃の引き金に指をかけた。森の奥から、不気味な音が聞こえてくる。地面が揺れ、木々がざわめき、蔦が蠢く音が迫ってきた。

「林檎が陽動、俺が仕留める。いいな?」

 刹那の声に、林檎ちゃんは頷く。

「あのー、私は何を」
「死ななければ及第点」
「うっす! 大人しく逃げてます!」

 蔦を操る怪物が姿を現した。全身に蔦が絡まり、無数の触手のように動くそれらが周囲の木々を薙ぎ払っている。その姿はまるで悪夢から抜け出したようだ。
 林檎ちゃんは冷静に狙いを定めると、機関銃を発砲した。断続的な銃声が轟き、光の弾丸が夜の闇を裂いた。蔦が次々と弾け、黒い怪物は動きを一瞬鈍らせる。しかし、すぐに再生し、再び襲いかかってきた。

「しつこい!」

 林檎ちゃんに迫った蔦は手榴弾によって弾かれた。文字通り草間の影からこっそりと私が投擲した成果である。
 刹那は隙を見逃さなかった。素早く地面を蹴り、一気に懐に距離を詰める。蔦が襲いかかるが、剣は風の如く鋭く、正確に敵を斬り裂いた。一撃で蔦を断ち切るその技量は、見事という他ない。

「隊長すご! ……インドア派だって信じてたのに」

 林檎ちゃんは再び機関銃を構え、刹那が斬り込むための道を作る。弾丸が蔦を引き裂き、怪物の動きを封じる。刹那はその隙を突き、化け物の本体へと迫った。

「これで終わりだ!」

刹那の声が響き渡ると同時に、彼の剣が一閃した。鋭い閃光が中心を貫き、その巨体が揺れる。悲鳴のような音が森に響き渡り、蔦が一斉に力を失って地面に落ちた。

「やったか……?」

 刹那は警戒を緩めず、剣を構えたまま化け物の動きを見つめた。すると、体が急速に腐敗し始め、やがて完全に崩れ落ちた。

「これで終わりだな」

 刹那は剣を収め、林檎ちゃんも機関銃を肩から下ろし、ほっとした表情を浮かべる。
 ここで一句。
 その顔で 血塗れはちょっと 怖いです
 拭いても拭いても、拭きものが血塗れてるからもうどうしようもないですよ。
 ほっと一息をつくと、背後から声がかかった。

「コウ、避けて!」

 振り向くと、蔦っぽい小さな化け物がこちらに向かって飛び出している。それを林檎ちゃんが銃で撃ち落とす。
 ビャシャッ。血が顔半面に飛び散った。

『使えないやつを産ませたのはあんたでしょ。責任とって引き取りなさいよ!』
『勝手に産んだんだろ! お前が! 俺には家族がいるんだよ! ノームだなんて知らなかった』
『は? 愛してるっていったじゃないの! なんで……私はダメなの?』
『ノームは頭がおかしいだろ。オマエだってそうなる。そいつらも、そうなるはずだ』
『この子、この子は、ベルグリフの能力があるわ。だから絶対』
『じゃあ、そいつだけ貰ってやる。ノームはノームが育てろ』
 ――ジジッ
『美弥、今日からここがお前の家だ』
「なんで? パパと一緒じゃないの?」
『私は忙しい』
「じゃあ、じゃあ、ママと一緒がいい。あと、妹」
『お前に妹はいない』
「いたよ。名前、教えてくれなかったけど、ママが付けてくれたんでしょ? 教えてよ」
『分かった、教えるから、大人しく行ってくれるな』
「……分かった」
『面倒だな。名前、どこかに書いてあったか、ああ、そうだ、確か美知とか、そんなだった気がする』
 ――ジジッ
『はじめまして、私花梨』
「花梨? 美知じゃないの?」
『美知? 誰それ?』
「……ううん、なんでもない。あのね、私たち、姉妹なんだよ」
『へー、おままごと好きなの? いいよ、私はお姉さんだから、付き合ってあげる』
「……ありがとう」
 ――ジジッ
「せつな」
『ん? なんだ』
「花梨は、私の妹なの」
『おー、仲良いもんな』
「そうだけど、そうじゃなくて。ふたごなの。花梨はおぼえてないけど。たぶん。ぜったい」
『……調べてみる』
「うん」
 ――ジジッ
「花梨、司書になりたい?」
『えー、なんでー?』
「お姉ちゃんだから、叶えてあげたいの」
『私がお姉ちゃんなんだけどー。でも、じゃあ、三つ編みしたいから髪伸ばして』
「いいよ。それはもちろん」
『ビブリオテーカーねー、うーん、フツーにはたらきたいかも。だって、せつなもなぎも、りんごも、笑ってるけど、なんか楽しくなさそう』
「そっか」

 ――花梨のベルグリフはもうすぐ開花する。止めないと。『成長』を。あとは、私がビブリオテーカーとして働いて、お金沢山稼いで。楽しそうな花梨と一緒に、今度は、お家を買って家族で暮らすんだ。その為には、もっとベルグリフが強くないと。強くならないと。早く、速く、『成長』するんだ――

 ごっ、おぇ

 地面に伏して、間一髪で口を抑える。涙だけがダラダラととめどなく腕を伝う。
 他人の感覚が、感情が流れてくる。
 多分、美弥さんの。

「あー、大丈夫……じゃないよな」
「私のせいですか?」
「いや、撃ち漏らしがあったのは俺の責任」
「ひとまず、渦が解けましたし、外に出ましょう」

 言われても気がつく。いつの間にか、湿った蔦だらけの森は板張りのフローリングに変化していた。
 隊長に肩を貸していただき、建物の外に出ると歓声が上がる。地下駐車場で見た車が数台止まっており、野次馬を引き留めていた。

「お疲れ様でした」
「ああ、悪いが怪我人がいる。病院まで……」

 ぼんやりと隊長のやりとりを聞いていると、ズボンを軽く引っ張られた。視線だけ向けると、花梨さんがいた。

「ありがとう、たすけてくれて」

 また、その顔。
 なんで、そんな傷ついた顔をするんですか? 無理して笑って、皮肉そうに。
 事件は、解決したはずなのに。
 美弥さんは助かったのに。


次回 エントシャイデン第3章
刹那のズボラが仇に?! 夢(?)世界はなかなかブラックだった! 
鬱ターンです。予定では。
coming soon......

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