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【小説】マスコット〜アイドルと1つになる物語〜

 最終話「未来」

 1階から若い男の怒声がしたので、2階の手すりから顔を出して一瞥するとジャッカルフォーカスのリーダーの千歳と凪が眉間にシワを寄せてすごい剣幕で罵声を飛ばしていた。嶋崎の連絡を受けて、つい先程着くやいなや金髪の髪を見て絶句した。そのすぐ憤怒が沸き起こったのだった。
「昴を返せ!」
「何してんだ! てめぇ!」など汚い言葉を雅美に吐きかけるとそれに反応するかのように2階の踊り場から2人に手を振った。
 それが癇に障った。凪は物凄い勢いで2階に駆け上がろうとしたとき2人の刑事が制止するように階段を封鎖した。凪が立ち止まるとすぐ後ろの千歳が凪の背中にぶつかった。
 よろめく千歳が衝突の苛立ちを前方にぶつけた。
「止まれ!」
拳銃を抜いた刑事が静止を呼びかける。
後ろにいた数名の制服警官がジリジリと鼻を押さえながら詰め寄ってくる。その距離わずか60センチ。
拳銃を抜かれてはいよいよ終わりだなと手すりを掴み階下を見ると下にも3名の制服警官がこちらを見上げて構えている。
 舌打ちをすると観念したかのように雅美が両手を上げた。
その不気味な変貌に固唾をのんでいると、
「背中のファスナー下ろしてくださる?」おちょくるような甘い声で背後の警官に声をかけると恐る恐る近づき親指と人差し指で引手をつまむとゆっくり下げていった。
 途中よれてうまく下がらないファスナーに息を止めて両手で素早く下ろすとどす黒いケツの割れ目が目に入った。
「これを脱ぐと全員セクハラで訴えるわよ」牽制で警官を怯ませようとしたが全く効果はなかった。階下の警官の1人が上がってきた。目深に被った帽子を持ち上げると若い女性だった。
 その女性はこの激臭にも動じずボディチェックをするように雅美の体のあちらこちらを触った。人皮とはいえ男性の胸部の膨らみが気持ち悪く思いながら階下のもう1人の警官がバスタオルを持ってきた。
 アイドルの着ぐるみを剥がされた雅美の姿に女性警官は目を見開いた。スキンヘッドに全裸の女体……その体はナマズのように血と脂で滑っており強烈な異臭を放っていた。おまけに毛という毛が全て剃られており自傷だろうか、乳房や腹部、肩など手の届く範囲は全て切り傷で覆われていた。
 
 すれ違いざま鑑識官が雅美の身につけていた皮を素早く回収すると玄関へ入っていった。玄関先を見つめた嶋崎が森岡に顎でしゃくる。森岡は頷き鑑識官のあとに続いた。
 数人の警官と嶋崎が同行した。手錠を掛けられた両手にバスタオルを挟み自身の体を大して隠そうともせず雅美は暗闇を照らす赤いサイレントへと姿を消した……

 パトカーが音もなく去っていったのが深夜だった。凪が腕時計を見てため息を吐いた。自分達はこの1ヶ月間必死で昴の行方を探していたが、2人の刑事と1度だけ会った時にお互い連絡先を教えていたのが功を奏したのか通報によって発覚したこの事件。まさかのその事件に昴は巻き込まれてしまった。
 おそらくは訪問お喋り券が異常だったのだ。いきなり自宅訪問型の券よりまずは握手券にランクを落とすべきだと千歳はこの事を事務所に通したが千歳の意見は通らなかった。これは行き過ぎた事務所側の責任でもあるが、事務所的にはジャッカルフォーカスの人気を最短で獲得したかったのだろうが、最悪の結果を招いてしまったのだ、今後は会見などで相当叩かれるだろう。
 俺達は事務所を退所する予定だ。もちろんアイドルを辞める前提だった。凪もそうだが昴も昔からの幼馴染だった。いつも3人で行動して暑い日も寒さ日も雨の日も雪の日もいつも3人で喜怒哀楽を共にしてきた親友だった。
 静まり返るぼろアパートの前でタバコに火を点けると煙を寒空に吹きかけると2人は踵を返して暗闇の中に紫煙だけくゆらせて姿を消した……
 
「気でも狂ったか」
取調室の向いに座る雅美まさみに嶋崎が吠える。
「いいえ」
雅美は俯いたまま一点を見つめて呟いた。
「お前がやったことは殺人だ」
机を叩いて言葉を吐かせるが微動だにしない。
 森岡があとから肩をいからせて入ってきた。
「嶋崎さん! アパートの部屋を確認したところ、とんでもないですよ。コイツ」
走ってきたのか森岡は肩で息をしている。落ち着いたところで深呼吸をして続けた。
「まず、玄関を入ると三和土から廊下まで血脂の足跡を辿りリビングへと入ったのですが、そこがもう最悪でした。特にキッチンですが、血まみれのミキサーがシンク横の台に置かれていたんですが、その垂れた血の跡がトイレまでずっと伸びていたのでミキサーである程度肉を潰してトイレに流したんだと思います。更に冷蔵庫の中はトマトジュースのラベルが貼ってあった1リットルのペットボトルが2本入っていました。鑑識官がペットボトルのキャップが開いているのを疑問に思いニオイを嗅いだらわかりました『血』でした。我々は和室に入るとベッドの上から畳に至るまで赤黒く変色した血肉の塊がこびりついておりその所々に髪の毛が混じっていました。押し入れを開けると衣装ケースから大量の肉片と骨が詰め込まれていました。ベッドの下からは割れたCDケースが数百枚見つかりました。机の上には日記帳がありましたが、中を見ると抜け毛について書かれていました。途中から『10月の【最悪】の2文字からは無し、無し……』と綴られていたのでおそらく……それを物語るかのように最後のページは強めの筆圧でひっかくようにグチャグチャに書かれた日記。あとは雑にバケツに入れられた臓器が生々しくて異臭が酷かったもので、数分で切り上げました」早口でまくし立てる森岡によくやったというような表情を送った。
「最後に自作と思われる指の骨で作られたアクリルスタンドというべきか分かりませんが顔写真が貼り付けられた置物が押収されています」引き攣った顔で見たもの全てを告げた。
「でも、まぁ、デイサービスの運転手の通報がなかったら……そう、思うとゾッとしますね。しかも3つ隣の吉田さんっていう人が認知症だったみたいで、言葉が悪いですがそのおかげといえば……」森岡は嶋崎の空咳に言葉を切った。
 その間もガタガタの爪に視線を落として呆然としていた。
「聞いているのか!」
嶋崎が声を荒げた。頭をゆっくりともたげた雅美の顔は骸のように生気がなく目はどこか虚ろで焦点が定まっていない。眼球とは別に目の下のどす黒いくまが雅美の眼に吸い込まれそうなほど不気味な闇に見えた。
【常軌を逸する殺人】
『私はまともじゃないんだ』どす黒い隈がそう誇張してこちらに手招きをしているような気がして眉根にシワが寄った。そして静かに雅美の口が開く。
「いくら好きな人でもお肉は不味かったわ。否定はしないけど人肉は私の口には合わなかったわ」
「その代わりに押収した彼の舌を頂戴!」口からはよだれが顎を伝っていた。
「なにを言っているんだ」
嶋崎が体重を掛け前のめりで勢いよく両手で机を叩くと「質問に答えろ! 動機はなんだ!」自分の口からは吐かせるように取調を続けているが一向に吐かない。
 返ってくる言葉はどれも支離滅裂で話にならなかったが何時間も粘っている。
すると、雅美の表情を見た森岡が嶋崎に耳打ちをした。頷いた嶋崎が部屋から出ていった。

 しばらくするとドアが開いた。
雅美の精神鑑定の結果、うつ病一歩手前の無気力症と判断された。無気力とはやる気がなく、脳に霧がかかった状態で思考が停止した状態だという。
 すなわちその状態は物事の興味を失いひとつだけの嗜好が雅美には残っていた。その嗜好こそが『アイドル』である。
医師はもはやうつ病と無気力の合併で嗜好が残っているのは稀なケースだという。
 しかし、今後嗜好がなくなれば自ら自殺するかもしれない異常状態に陥っていると最後に付け加えた。白衣が踵を返すと再び取調室に缶詰にされた。
その後の取調中はしきりに腹部をさすって「アイドル」になるのよと未来を語るように不気味な笑みで話しかけていた。  
         
                 ─完─ 


 この度は最後までご愛読いただきありがとうございました。
 
 スキをくださった方々もありがとうございました。おかげさまで執筆の励みになりました。

 また、次回作でお会いいたしましょう。

                  麿呂

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