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【連載小説】真・黒い慟哭第3話「病院」

 輝樹のスマホに1本の電話が入った。
知らない番号からだった。
恐る恐る耳に当てると女の子の声だった。
「逃げて!」第一声だったが、そのあとすぐに「なんでゲテモノツアーの途中で帰ったの?」聞き覚えのある声だったが、肝心の名前と顔が思い出せなかった。
「それは……」あとの言葉が続かなかった。
「一応、忠告だけどぉ、通り過ぎる車には注意して」そのあと通話が切れた。
そのあとすぐに車のエンジン音がした。
僕は恐る恐るカーテンをめくり外を見た途端、窓ガラスに何かが飛んできた!
べチャリと異様な音を立てて窓ガラスに吸い付くようにへばりついた物は赤黒い生肉のような塊だが、2つの睾丸が左右に揺れていた。その自重でズレ落ちる物に血の気が引いた。それは男性の陰茎だった。暗闇に溶け込んだ黒い車体が通り過ぎていった。
 すぐに窓を拭いた。血とタンパク質な液体が伸びて拭き取りにくかった。母にバレないようにこっそり外に出ると植木に落ちた生殖器をスコップで掬うとブラブラと不気味に垂れ下がった陰茎がスコップからはみ出て揺れていた。
袋に入れゴミ箱に入れた。異臭が辺りを充満させた。明日はゴミの日だ、僕が出しに行けば問題ないそう思い忍び足で部屋に戻った。

 翌朝、僕は高井さんにメッセージを入れた。
両親はまだ寝てる時間だ。
「高井さん朝からすいません。実は昨夜不審な車を見ました」すると意外とすぐ返信がきた。
「わかりました、今すぐ向かいます」僕は袋に入った証拠品を見せようと思い早起きをした。苦渋の決断だったが、犯人が捕まらなければ際限無く続くこの地獄に僕は呑み込まれてしまうのではないかと恐怖を感じていた。頼れるのは刑事さんしかいない! そう信じて「お願いします」と返した。
 20分後、高井さんからメッセージが入った。今、近くのコンビニにいます。
この辺のコンビニは1つしかないので、すぐにわかった。ゴミ箱から袋を取る時、背後に人の気配がして振り向くと牧瀬さんが立っていた。
「コンビニまでいきましょうか」と口に人差し指を当てた。
 万が一に備えて僕に危害を加えられないように護衛されながら、コンビニに向かった。さすが刑事さんだと思った。
コンビニで停まっている白のアルファードの後部座席に座り助手席にいた高井さんが振り向いて僕に話しかけた。
「この前のコーヒーのお礼だけど、コーラでいい?」とペットボトルのコーラをくれた。
有り難かったが、今はとても飲む気になれなかった。それは外にいる牧瀬さんが袋の中身を確認しているからだ。
 中身を見るとすぐさまスマホを耳に当てた。助手席の高井さんが「遺体の一部がまだ見つかってないの?」前を見てボソリと呟いた。「今、牧瀬さんが持っています」そう告げると加熱式たばこを口につけ煙を窓に吐きながら頷いた。意外だった、高井さんがたばこを吸うなんてそう思った時、「黒い車が通り過ぎる時に窓ガラスに袋の中身を投げられました」思い出したように慌ててそう伝えると「ナンバーはわかる?」一瞬だったので、とうつむくと「大丈夫よ、犯人は私達が必ず捕まえるから安心してね」その言葉に励まされ僕はゲテモノツアーの事を刑事さんに言った。
「ゲテモノツアー?」高井が不思議そうにオウム返しをした。詳細を説明すると、殺された友紀のことを最後に添えた。
「男性が男性をね、ゲイはよくある話ね。でも高松玲香たかまつれいかって女の子が主犯格かもしれないわね? 調べてみるわ」煙を吐きながら呟いた。ハッカの匂いがした。最後にスマホのラインを証拠に見せるとスクリーンショットを高井に送った。ふと、外を見ると牧瀬さんはいなくなっていた。
 
「次の方どうぞ」
待合室から1人の女性が立ち上がり診察室に入った。
「今日はどうされましたか?」医師の言葉にちょっと風邪を引いたみたいなんです。夏風邪かしら? その言葉に医師がご自分ですよね?
と女性の膝の上に乗っている黒い箱を一瞥して言った。
「違います、この子です!」箱から黒くて長い物体を取り出すと手の中で踊った。「苦しいのね!」慌てた様子で早く診てくださいと言わんばかりにムカデを医師の前にかざした。
 医師と看護婦は目を見開いたあと怪訝そうに女性を見つめた。
明らかに動きが悪いのだと主張してきたのだが、女性の気持ちは軽く無視された。
カルテに目を落とした。
「あなたは森田亜美さんですよね?」医師の眼鏡が光った。
「私ではなくて彼の方です! 彼が風邪を引いて大変たのよ! 見てわからないの! あなた医者でしょう!」声を荒げてまくしたてる。
看護婦と目を合わせて彼女の手元を見ると手のひらから手の甲に這いずり回っていた。血の気が引き咄嗟に「そちらは大丈夫でしょ? 害虫ですから」医者の投げやりな態度に亜美がヒステリックに叫んだ! 
「まぁ、なんてこと、私はこの人の妻よ! 夫がしんどい時に妻は支えなきゃいけない大事な時に」
医師がため息をつき、森田さんでしょ? と再度確認すると、「百丸亜美です」と真顔で返された。
「別の病院に行かれては? ここでは彼を診てあげられません」呆れた様子で突き放すように言った。
亜美は椅子を倒して診察室をあとにした。
医師達はお大事にその言葉をかけることはなかった。
あとになってわかったことだが、森田亜美という女性が受付に散々当たりちらかして従業員が困り果てて警備員に取り押さえられた姿を目撃した患者の口コミによるものだった。亜美は箱を撫でながら地面を鳴らして帰路に着いた。

それは、小雨が降る深夜だった。
酔っ払った2人組の男が千鳥足で一軒家の前で足を止めた。
『ドン! グチュ、グチュ……ドン、ドン!』
何かを切っているのだろうか? 不気味な音が深夜の閑静な住宅街に響いていた。髭の男がその音の方へ歩いていった。
2人は興味本位でその場にしゃがみフェンスの草をかき分け覗いた。こんな蒸し暑い日に黒のヤッケを着込みフードを被っているので顔は見えないが、木の丸椅子の上で何かを切っている。二人はまきでも切っているのか? 目を凝らして、よく見ると斧で人間の足首を縦に割っていた。ベチャベチャと耳障りな音が響いた。
「ひぃ!」デブ男が短い悲鳴を上げると斧を振り上げた人影が動きを止めた。ゆっくりとこちらに振り向いてくる首の動きを察知して2人はその場から立ち去った。
 しばらくして男達は再度、様子を見にその一軒家に行くと誰もいなくなっていた。「何かの見間違いだよな?」ゆっくりと門扉を開けると甲高い音が響いた。髭男を先頭にデブ男があとをついていくと、バーベキュー用の鉄板の上を見ると悲鳴を押し殺した唇が震えていた。
 そこには、真っ二つに切断された人間の足首が置かれていた。丸椅子に目を移すとホルモンのような弾力がありそうな肉の切れ端が散乱していた。あまりの異臭に酔った体に鞭を打つようにさらに気持ち悪くなった2人は玄関に視線を移した。ここに事件の犯人が住んでいるのか? 自分達が捕まえたら、大手柄だと報奨金が手に入るそんな軽い気持ちで侵入を試みた。
後ろからデブ男が小声で言った。
「アイツは近くにいるぞ! 気をつけろ!」このスリルがたまらなかった。玄関を開け暗闇の中に吸い込まれるようにして入った時、「これって不法侵入だよな?」髭男が振り向いて言った言葉にすぐに返事を返した。「大丈夫だろ? 相手は殺人鬼だぜ、捕まえるための侵入だろ!」デブ男の言葉を真に受け無言で歩を進めた。
 土間を上がると左右にそれぞれ部屋があり左側の襖の部屋は和室だろうか? 右手の部屋はなんだろう? 中を確認しようとドアを開けスマホのライトを頼りに中を確認した。床から少し上に向けた明りが棚を照らし出した。(倉庫か何かか?)開いたドアの隙間から太い体が引っかかり中に完全に入りきれずにいると断念したように棚に沿ってライトをゆっくり右に移動させると黒い影が反射した。暗闇から浮かび上がったのは、だった。それが2つ置かれていた。1つは女性の顔で顔全体に髪の毛がかかり表情が見えなかった。その隣には『この世の終わり』そのような顔をした男性の首があった。
「うぎゃぁぁぁぁぁ!」それを認めるとたちまち警笛のように悲鳴が鳴り響いた。
次の瞬間! 人の気配がしてライトを当てるより早くデブ男の首が落ちた!
 挟まった体が崩れ落ち手足が激しく痙攣し床に振動を立てた。悲鳴を聞きつけた髭男がリビングから慌てて駆け寄った。デブ男の首を持った人影が倉庫から出てきた。腰を抜かして壁に寄りかかり震えながら、血肉が飛び散りどんどん小さくなっていくデブ男の姿を発狂しながら見ていた。
中腰でひとしきり解体が終わるとデブ男の髪を掴んでいる首がスマホのライトに照らされ揺れていた。
右手をブラブラと前後に振り血しぶきを撒き散らしながら前進してくる殺人鬼に恐怖がこみ上げ四つん這いで脇を通り抜け玄関へ向かった。
 玄関ノブに手をかけた時、背中に鈍い痛みが走った! ゴト……。
三和土に落ちたと目が合った!
デブ男の顔が見上げていた。
手足が激しく震えドアノブに寄りかかった。立っているのがやっとだった。
ドアに寄りかかり体重だけで開けるとその勢いで倒れるように外に出ると手をついた拍子に水たまりの泥が衣服を濡らした。雨は止んでいる。空を見上げた時、急に脚を掴まれた! 玄関から伸びた手が悪魔の手に見えた。脚をバタつかせ斧が空を切ると間一髪で抜け出すと無我夢中で地獄から走り去っていった。
 玄関の隙間からその後ろ姿をジッと見つめていた。
 
「刑事さん本当なんだよ!」新人刑事が髭男の証言を話半分で聞いていた。
「今、その家を捜索していますからしばらくお待ち下さい」
顔面をこわばらせた男が「どれだけ待っていればいいんだよ! 早くしてくれ、次は俺が殺されるんだ!」頭を両手で抱えた。震える唇からヨダレが垂れるほど開いた口が塞がらなかった。
「大丈夫ですか?」その声に激昂した男が「刑事は呑気でいいよなぁ!」と咆哮した時、禁煙パイプを咥えた高橋が取調べ室に入ってきた。
「こいつの言っていることは本当のようだな!」
 例の一軒家で庭に転がる切断された4つの足首に玄関に落ちている男の首に倉庫らしき棚に陳列された夫婦の首と廊下で細切れにされた男性の肉塊と化した遺体。
2階に続く階段一段ずつに女性と思われる体のパーツが『上』の矢印を作るように置かれていた。
2階に行くと廊下に肉片がこびりついたハンマーが廊下の端に投げ捨てられており、その奥の部屋の一室で扁平にされた男性の遺体がタオルのように物干し竿にかけられていた。きっとハンマーで足から順に叩き潰されて絶命したあとに頭部を切断されたんだろう。
新人刑事が口元を押さえた。
「もう、何がなんだか、こちらの気が滅入るような凄惨な事件だ。犯人は異常者だぞ! どうして、お前らはそこに侵入しようと思ったんだ!」机に両手を打ち付けた。
「自分達の手柄にしたかった、報奨金が欲しかった」ただそれだけだった。
「これだから困るんだよ! 一般人が下手に首を突っ込むと、どんどん殺人の規模が広がるんだよ!」顔を近づけ物凄い剣幕でまくしたてたあと「2度と近づくな、いいな!」酔いがすっかり覚めた顔で頷いた。
高橋が「お前に見せたい場所がある」そう言って隣りにいる新米刑事を連れて出て行った。

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