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ひとりぼっちで観てきた

 井口さん主演の「ひとりぼっちじゃない」を観てきた。なんでも忘れるお年頃、覚えているうちに感想など。
 この映画に音楽はない。冒頭からポコポコという音が流れてくる。パンフレットによると、胎内音をイメージしているらしい。何か動きがあるたびにポコポコと流れてくる。わたしには明るい草原でキラキラ光を反射している透き通った湧水の音に聞こえた。映画の中で繰り返される誕生と再生の伴奏音のように。

 ジャングルかと思う強い緑の植物に覆われた小さなトンネルを潜りぬけた先に、また緑に絡まれた階段があり、緑の生い茂る宮子の部屋に続く。あのトンネルは異世界への入り口であり、現実世界での死と生を、異世界での生と死をススメは繰り返していく。
 初めての宮子の部屋で、ススメは膝を抱えてチンマリと座っている。蒔かれたばかりの硬い殻を持った種だ。ススメは雨に当たり日に焼け、枝葉を伸ばしていく。捩れ、折れ、寄りかかり、引き裂かれながら。いやいやデコボコの球が行き先知らずに転がっていく物語かも。

 原作は井口さんの解説まで入れると621頁の長編だが、映画は400頁くらいから始まる。ススメが自意識過剰な独白を積み重ねた部分をほぼ端折ってある。その400頁分を演技だけで表現する井口さん。あのよく通る声をくぐもらせる。視線や声の表情で、割れた鏡をていねいに貼りつけて眺めているようなほんの小さな違和感を積み上げ、観る人を不安にしていく。
 普段の井口さんがどんなふうに歩くのかをわたしは知らないが、ススメになるために肩を落とし、そのまま前に巻き込んでいる。その後ろ姿が自信のなさ心細さを表しているのだと思う。走る場面もあり、teenager  foreverを連想しはしたが、全く別人だった。

 井口さんは表現者としてとても繊細で素敵だった。

 原作は観る前に読んだ方がストーリーが飲みこみやすいと思う。時間がない人は400頁以降だけでも。ただ感じ方は人それぞれなので、何をどう読み解くかはまた別の問題。

 King Gnuのファンとしても、表現者井口理のファンとしても楽しめる味わい深い映画だと思う。クレジットの井口理の横にKing Gnuがなかったのも、わたしとしてはよかった。宮子の話し方や発声は監督の指示ということだが、ちょっと違和感があった。

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