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「ブルーベルの森には妖精が住んでいる。」第1話 キャッチ・ミー・イフ・ユーキャン(捕まえてごらん)

あらすじ
 
 佐伯龍之介はとある能力を隠して高校生活を送っていた。過去のトラウマからそのことを隠していたが、ある日、同じクラスの疋田塔子にその事がバレてしまう。
「君、妖精が見えるの?」
 塔子は龍之介にだけ見えていた〝妖精〟を元の世界に送り返す、とある組織に所属する妖精追跡官であった。龍之介たちは現世に不法滞在している妖精を追う過程で、同じ高校の副会長が誰かとチェンジリングされたことを突き止める。
 犯人は生徒会長と副会長が付き合っているのに嫉妬していた幼なじみの少女であった。
 少女の嫉妬を利用し、願いを叶える代償に少女の肉体を手に入れた妖精を撃退、捕獲し、事件は収束する。

 ──妖精は天から墜ちた堕天使だが、地獄に落ちるほど罪深くはなく、かといって天に戻れるほど潔白でもないため地上にいるのだ。(ケルト神話の一節)
 
#1、現在・主人公の通う高校。
 高校の教室。朝のHR前の喧騒。
 何の変哲もない普通の高校の日常の風景。
龍之介N「──だが、俺にはこう見えている」
 主人公である佐伯龍之介の視点では〝妖精〟が飛び交っている。
 ピクシーとかフェアリーといった、名称からイメージできるような羽の生えた小さな妖精。
 女子生徒の肩で居眠りをする妖精、髪を引っ張っていたずらする妖精、男子生徒の顎を小さな拳で打ち抜きいさかいを誘発する妖精──どの妖精も主人公以外の生徒には見えていない。
長谷部「なーに朝っぱらから気難しい顔してんだよ」
 気さくに声をかけてきた友人──長谷部哲郎の肩にも小さな妖精が足を組んでこちらを見ている。
 その妖精から漂ってくる鱗粉のようなものが龍之介の鼻腔をくすぐる。
 思わず大きなくしゃみをする。
長谷部「(思わずのけぞる)きったねえなあ。風邪か? …今の時期だと花粉症は違うか」
龍之介「花粉症ってのは年中あるんだとよ。発症する花粉の種類が違うだけで」
 まさか〝妖精〟の出す鱗粉に過剰反応する体質だとは当然、説明できない。
 現実世界で「妖精が見える」などと口にしたその後の学校生活での惨状を龍之介はトラウマレベルで体験しているので、意識的にその存在について口にすることはなくなっていた。
 特に学生が浮かれ気分になる夏休みが近くなると、妖精の数も多くなる。
長谷部「それより聞いたかよ。休学中の女子が今日、復学してくるんだとよ」
 クラスの窓際の最後尾にぽつんと誰も座っていない席がある。
 入学してから半年、まだ顔を見たことがない。
龍之介「って、病気かなんかで休学してたっていう……」
 それは何か予感めいた感覚。
 担任に促され、クラスに入ってきた少女に龍之介は目を奪われる。
塔子「初めまして。疋田塔子と言います。病気で休学してましたが、本日より復学することになりました」
 同時に彼女から漂ってきた鱗粉に、龍之介は盛大にくしゃみをした。
 
#2、夜・龍之介の自宅近くの公園。
 コンビニから買い物袋片手に出てくる龍之介。
 そのまま遊歩道があるような大きめの公園に入っていく。
 街灯の明かりの死角になっているベンチに腰かけ、ビニール袋からアイスを取り出し頬ばる。
 周りからは見えにくいが、こちらからは周りがよく見える。
 ふと視線を向けると、街灯と暗闇の境目でいちゃつくような仕草の男女。
 スーツ姿の中年と、龍之介と同じ高校の女子の制服が見切れる。
龍之介「(ちらちらと視線を送りながら)うえ…こんなところでパパ活かよ」
 指を舐めさせるような扇状的な仕草を女子生徒がした次の瞬間、突然、中年男性がもだえるように地面にうずくまり、何かを吐き出した。
 その吐瀉物の中に〝妖精〟がいた。
 ふいに女子生徒の無表情な顔が街灯の下に現れる。
 今日、学校で初めて会った疋田塔子であった。
 妖精はふらふらとその場から逃げ出すように宙を漂い、龍之介の方に近づいてくる。
 その妖精から漂ってくる鱗粉で、龍之介は思わずくしゃみをしてしまう。
塔子「きみ、こいつ(傍点)が見えるの?」
 ホラーゲームでいきなり出てくる恐怖画像のように、少女の顔が突然、龍之介の目の前に現れる。
 その手には逃げ出そうとしていた妖精が握られている。
 龍之介、返事をするより先に近づけられた妖精の鱗粉でくしゃみし続ける。
 塔子、訝しげな表情。
 おもむろに、妖精を振る→鱗粉を撒き散らす→龍之介のくしゃみ、を交互に見続けながらくり返す。
龍之介「おま…ちょっ…やめ……」
塔子「……おもしろい体質なのね、あなた」
 塔子の表情に弑逆的な笑みが浮かぶ。
声「そこで何をしている!」
 公園を巡回していた警察官が、暗がりから懐中電灯を龍之介たちに向けた。
 ほんの一瞬、声のした方に視線を向けた間に、塔子は舌打ちだけを残して消えていた。
警官「あー…おじさん、こんなとこで寝てちゃ風邪引くよ」
 苦しんでいたように見えたサラリーマンは、いつの間にか規則正しい寝息を立てていた。
    *    *    *
 街の灯りが一望できる丘の上。
 塔子が佇んでいる。
塔子「あと一匹……」
 
#3、回想・徐々に色がなくなっていく世界。
 ──妖精が見える。
 こんなセリフを中学生の時分に思わず口にしてしまったら、その少年はその後、クラスでどんな扱いを受けることになるだろう。
 よくて不思議ちゃん扱いで、かつ、今では芸能人ですら用いない諸刃過ぎるキャラクターがかろうじて許容される女子限定であろう。
 つまり、上記の内容を男子が口にしてしまった瞬間、龍之介の中学三年間は終わりを告げたのである。
 周りから一人、また一人と友達が離れていく。
 その度、龍之介から見える景色は色褪せていった。
 運良く親の転勤と高校入試が重ならなければ、龍之介はドロップアウト一直線だったかもしれない。
 小学生の頃は、龍之介の妖精が見える話を真剣に聞いてくれた友達がいた。
 今となってはその子すら自分が生み出したイマジナリーフレンドではなかったのかとさえ思えてくる。
 苦い思い出とトラウマがセットになった現在進行系の迷惑極まりない存在。
 それが佐伯龍之介にとっての〝妖精〟という存在であった。
 
#4、翌日・学校・昼休み。
 クラスの女子に囲まれる塔子をなるべくガン見しないように、ちらちらと視線を送る龍之介。
長谷部「(視線の先に気づいて)やめとけやめとけ。あれは男を狂わせるタイプの女子だ。俺らとは住む世界が違う」
龍之介「(わずかに動揺しながら)違うって。気になってるとかそんなんじゃなくて、カリギュラ効果っていうか、怖いもの見たさっていうか……」
長谷部「なんだそりゃ」
 塔子、龍之介の視線に気づき、周りの女子を制して、席を立つ。
 そのまま弁当の包みを二つ持って、龍之介の席に近づいてくる。
 龍之介の目の前で立ち止まる。
塔子「今日、約束通り、お弁当作ってきたんだ」
 クラスに静かなどよめきが広がる。
 実際に告白してお付き合いすることになった彼女からこんなことを言われたらそれだけで昇天してしまいそうなセリフだが、告白して付き合うまでの過程が一切存在しない相手からのセリフだと恐怖しか感じない。
 龍之介は硬直したように口も手も動かない。
長谷部「お…おいっ! どういう状況だよ、龍之介」
 龍之介より先に長谷部の方が衝撃から立ち直る。
塔子「(喧伝するように)昨日、佐伯くんから告白されて、私たち、付き合うことになったの」
 クラスが一瞬、静まり返った後、どよめきが七色の歓声に変わる。
塔子「じゃあ、佐伯くん。天気もいいし、外でお弁当食べようか」
 未だ恐怖と衝撃から立ち直れない龍之介の手を引き、塔子は教室から出ていく。
 龍之介はホラー映画で無理やり様子を見に行かされて一番最初に犠牲になるモブの気分であった。
 
#5、学校・昼休み・中庭。
 龍之介、中庭のベンチに誘導されたところで、ようやく繋がれた手を引き離した。
龍之介「どういうつもりだよ、お前」
塔子「聞いたとおりよ。この学校ではあなたと私は恋人同士、ということになったの」
龍之介「ということになったの、じゃねえよ。つーか、それ以前にお前いったい何者なんだよ」
 声は聞こえないが姿は確認できる位置に連れてこられ、周りの視線に居心地が悪い。
塔子「その方が都合がいいからに決まってるじゃない。ただの友達が休日も一緒にいたら色々と噂されて面倒でしょ」
龍之介「もうどこから突っ込んでいのかわからねえ!」
 塔子は面倒くさそうに大きなため息をつき、龍之介の手を再度掴むと、いきなり自分の胸を掴ませた。
 周りからは龍之介が影になっていて、何をしているのか見えない。
龍之介「(歓喜と動揺が入り混じった感情)うっひゃい」
塔子「報酬前払い」
「これであなたはもらった報酬分、働かなければならない」「ОK?」
龍之介「ОKじゃねえ」「何をさせられるかもわかんないのに、微妙な報酬の契約書にサインできるか!」
塔子「(背後に怒りのオーラ)私の胸に触るのが微妙…?」
「(周りの生徒の視線を確認しながら)…ここで私が叫んだら、君の人生終わっちゃうんじゃない?」
龍之介「ちょ、おま…それは反則だろう」
 と言いつつ、胸の感触から手が離れようとしてくれない。
 くっ、これが伝説のハニートラップか!?
 龍之介が黙っているのを塔子は肯定と捉えたらしい。
塔子「(不遜な表情)うら若き乙女の胸に触れた報酬分、きっちり労働で返して」
「私の今月のノルマのためにがんばりなさい」
龍之介「急に現実味あふれる単語を口にするんじゃねえ」
    *    *    *
 ベンチに座る龍之介と塔子。
 近づこうとする塔子と、間を開けようとする龍之介の攻防。
塔子「まあ、あんたは見えてるみたいだから細かい説明は省くけど、あなたが見えている人間以外の生物を捕まえるだけの簡単なお仕事よ」
 塔子は自分の肩で寝ている妖精をつまんで、近くの木陰に放り投げた。
龍之介「もっと、ちゃんと説明してくれよ」
塔子「私はWWFF(World Wide Fund for Fairy)──世界妖精保護基金所属の妖精追跡捜査官(フェアリー・サーチャー)。まあ、組織名なんてどうでもいいけど、要するにこの辺でうろうろしてる〝悪い妖精〟を捕まえて、元の世界に送還するお仕事ってわけ」
「まあ、こっちの世界の税関とか公安みたいなものだと思ってくれればいいわ」
「リストアップされた妖精を見つけ出して捕獲する。不法滞在(オーバーステイ)した妖精を強制送還するお仕事ってトコかな」
 龍之介は木陰で腹を出して寝ている妖精を指さして言う。
龍之介「こういうのは送還しなくていいのか」
塔子「それは観光旅行してるようなものよ。漂ってるだけの妖精は放っておいても害はない。飽きたら勝手に帰るわ」
「問題になるのは、特定の人間を宿主として肉体に取り憑いてる奴」
「そういう妖精は宿主の願いを叶える代わりに、人間の身体を要求するようになる」
「そうなるともう取り憑かれた人間だけじゃ妖精を引き剥がせなくなる」
「そこで私たちの出番ってわけ」
龍之介「悪い妖精なら掴まえる以前に殺したりしないのかよ」
塔子「この世界じゃ犯罪者は全て死刑になるの?」
「(龍之介の「ああ」という表情を見て)そういうことよ」
「さすがに抵抗されたら実力行使ぐらいはするけど」
 龍之介、ため息。
龍之介「……で、ただ妖精が見えるだけの俺が、その仕事で何の役に立つっていうんだよ」
 そう言った瞬間、塔子の瞳がぱあっと輝く。
 正直、この女子のコロコロ変わる表情は嫌いではなかった。
塔子「一度、人間と契約して宿主を得た妖精は発見が困難になる。現世に留まり続けるには、宿主の人間と肉体を共有するか、依代を得るしかないからね」
龍之介「よりしろ?」
塔子「主に宿主の持ち物ね。オルゴールとかイヤリングとか、妖精は比較的きれいなものを依代に選ぶ傾向にある」
「取り憑いてる期間が短ければ依代を壊すだけで妖精を分離できるけど、肉体を依代として契約してしまうともう普通の人間と見分けがつかない」
「そこであなたの出番ってわけ」
 塔子はそう言って、漂っている妖精を捕まえ、龍之介の目の前で振る。
 妖精の鱗粉が宙を漂う。
 龍之介がその鱗粉に反応し、盛大にくしゃみをする。
塔子「あなたが宿主の人物の近くにいれば、それだけで妖精が取り憑いているかどうかわかる。さしずめ妖精検知器ね」
龍之介「俺は(くしゃみ)…まだ…了解(くしゃみ)…してねえ……(くしゃみ)」
塔子「本当におもしろい体質ね、あなた」
「これで私に課せられて理不尽なノルマもクリアできるわ」
「(スマホを操作して)今、私が追ってる妖精はこいつら」
 表示されたスマホの画面には「ニンフ」という名称が表示されていた。
 
#6、学校・放課後。
 双眼鏡を片手に、空き教室の窓から下校する生徒を見ている龍之介と塔子。
    *    *    *
 インサート。
 龍之介と塔子の関係について、とても聞きたそうにしている長谷部。
 しかし悶えるように我慢し、生徒会に行くと宣言して教室を出ていく。
龍之介N「こいつはこんなんでも生徒会書記で、意外と優秀なのだ」
    *    *    *
龍之介「(スマホの画面を見ながら)ニンフ──種族内で上下関係があり、住む場所で能力が異なる。付喪神のように対になる物が存在し、それらが無くなると人間界にはいられなくなる。人間の前に現れる時はだいたい三人組……」
塔子「私が二匹捕まえたから、あと一匹」
龍之介「こんな妖精がたくさんいる状態で、誰が取り憑かれてるかとかわかるのか?」
 学校は至るところに妖精がうろついている。
 下校する生徒の周りにも妖精がまとわりついている。
塔子「思春期の子供は妖精にとってはイタズラし放題のおもちゃと同じだからね」
「でも、妖精は縄張り意識が強いから、他の妖精の勢力圏に属する人間にはあまり近づかない」
「だから特に妖精が周りにいない生徒をピックアップして」
「後は取り憑かれてるかどうかは、あなたが近づけば判断できる」
龍之介「へいへい」
 ふいに一人の女子生徒が目に入る。
 どこかでその姿を見たような気がする龍之介は思い出そうとする。
 体育館の壇上で話す生徒会長。
 その横にいる女子生徒の姿を思い出す。
 その副生徒会長が下校しているのが見える。
龍之介「あの生徒……」
 副会長の周りには妖精がいない。
塔子「見つかった?」
龍之介「用事があんのかもしんないけどさ、生徒会がある日に副会長一人だけ先に帰ってんの気になんない?」
    *    *    *
 龍之介が「副会長!」と声をかけると、その瞬間、副会長であるはずの女子生徒は表情が一気に歪み、その場で泣き崩れるようにへたり込んだ。
「あーあ」という表情の塔子だったが、龍之介にしてみれば言い逃れが出来ないだけで立派な冤罪である。
 俺のせいじゃないだろ!?
 
#7、夕方・ファーストフード・窓側の席。
 副会長を挟む形で龍之介と塔子、座っている。
副会長「……おかしなことになったのは一ヶ月ぐらい前で…こんなこと言ったら私の方が頭がおかしくなったとか思われそうだけど、突然、昨日と今日の私が別の何かに入れ替わってたの!」
龍之介「?」
塔子「(龍之介に小声で)チェンジリングってやつね。取り替え子。本来は妖精のイタズラで子供と別の何かの存在を入れ替えるものだけど、副会長になり変わりたい誰かが妖精にチェンジリングを願ったのかもしれない」
龍之介「妖精が叶える願いってそんなこともできんのかよ!?」
塔子「……でも、こんな存在を入れ替えるほどの大きな願い、宿主は相当な代償を持っていかれたんじゃ……」
副会長「昨日までは何事もなく過ごしてたのに、次の日、学校に行ったら〝副会長は私じゃない〟って突然言われて……」
龍之介「??」
塔子「それって、家族はあなたのことをちゃんと覚えてるってこと?」
副会長「うん」「家族は普通。いつも通り」
「ただ学校の中の私という存在が昨日とは全く別の何かになってて……」
 そこで副会長は再び泣き出してしまう。
副会長「誰に聞いても〝私は副会長じゃない〟って…先生もクラスメイトも同じ生徒会のメンバーも…もう私の方が頭がおかしくなったんじゃないかと思って」
「彼にも…別れるどころか〝そもそも付き合ってない〟って言われて…一週間前まであんなに仲良かったのに、恋人どころかまるで初めて会った人みたいにそっけなくて……」
「私が彼に告白したのに、なぜか彼女(傍点)が告白したことになってて……」
「でも、佐伯くんたちだけが私のことを覚えていた」
龍之介「(塔子に)どいうコト?」
塔子「私たちは妖精の存在を認識できるから、妖精が何を書き換えたか無意識に知覚することができる」
「取り替え子という現象はあくまで妖精の側の事象の書き換えなの。三次元から四次元は認識できなくても四次元から三次元は観測できる、みたいな」
龍之介「さっぱりわからん」
塔子「……どうやら犯人は副会長の存在そのものと入れ替わりたかったわけじゃないみたいね」
「でも、これで容疑者がかなり絞れる」
副会長「……私、人から恨まれるようなことなんてしたことない!」
 副会長が思わず立ち上がり、叫ぶ。
 龍之介がなだめ、副会長を座らせる。
塔子「何も個人的な恨みが原因とは限らないわよ。わかりやすい例で言うなら〝嫉妬〟とかね」
 
#8、次の日・朝・学校。
 まだ登校している生徒はまばら。
 教室に龍之介と塔子。
塔子「日下部千佳…父親は市立病院の院長、母親は中学校の教師。幼い頃から色んなコンテストやコンクールで入選、優勝。文武両道、眉目秀麗、悪い評判も特になし。ここまで美辞麗句の単語が並ぶと、性格でも悪くない限り嫉妬するなという方が無理なんじゃない?」
龍之介「どこからそんな詳細な個人情報仕入れてくるんだよ」
塔子「個人情報として管理されてる時点で鍵の付いてる扉を開けるのと大差ないわ」
龍之介「さらっとおっかねえこと言うんじゃねえ」
塔子「ついでにイケメンの生徒会長が恋人」
龍之介「あー…並んで歩いてるだけでお似合いだと思っちゃうぐらいお似合いのカップルだったな。嫉妬するのもおこがましいぐらいの」
塔子「でも、ここ一週間。二人が校舎内で並んで歩いているのを見たことがある生徒は皆無」
龍之介「……!」
塔子「そういうこと。ま、副会長の座が欲しかった可能性もなくはないけど、まあ十中八九、生徒会長の恋人のポジションよね、欲しかったのは」
龍之介「どこの世界に妖精に代償を払ってまで高校の生徒会の副会長の座を欲しがる奴がいるんだよ」
「でも、だったら今、副会長だって認識されてる奴が犯人?」
塔子「それぐらいで済んでれば簡単なんだけど……」
龍之介「?」
 外から誰かが言い合う声が聞こえてくる。
    *    *    *
 龍之介と塔子、教室から少し離れた自転車置き場にやってくる。
 人だかりができている。
 人混みをかき分けると、副会長と男子生徒と女子生徒が言い争っている。
 男子は生徒会長である。生徒会長、妙にやつれた表情をしている。
女子生徒「今後一切、会長には近づかないで下さい」
副会長「こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけど、私と彼は付き合ってるの!」
男子生徒「(女子生徒を制するように)申し訳ないけど、ぼくは告白もされてない女性と付き合ったりはできない」
副会長「そんな……」
 副会長、その場でへたり込む。
 周りの生徒、嘲笑するような態度。
 龍之介、むっとするが抗議はできない。
 塔子がすっと副会長に近づき、その背を支え、連れて行く。
 ついていこうとする龍之介の肩に手がかけられる。
長谷部「いやあ、朝からド修羅場見ちまったな。すごかった」
「あれ、三年の日下部先輩だよな。あんな美人でも恋愛になると見境なくなっちまうんだな」
 龍之介、事情を知っているが口には出せないため、複雑な表情。
龍之介「なあ」
「(女性生徒を指して)生徒会長ってやっぱ副会長と付き合ってんのかな」
 長谷部、龍之介に対して訝しげな表情。
長谷部「……何言ってんだお前? 副会長は男だぞ」
 龍之介、あっけにとられる。
 えーと、それは近年の潮流であるところの多様性とかいうやつですかい。
長谷部「あの人は会計」
「確か会長って幼なじみと付き合ってるんじゃなかったっけ…?」
 
#9、夜・街灯が明滅していて辺りは薄暗い。
 女子生徒、下校中。
 その背に忍び寄る影。
 ふいに女性生徒が振り返る。
 しかし、そこには誰もいない。
 ほっとする女子生徒。
 しかし、再び振り向くと、女子生徒めがけて刃物が振り下ろされる。
 
(第1話了)

第2話

 

第3話


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