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「ブルーベルの森には妖精が住んでいる。」第3話 クール・ド・リオン(獅子の心)

#1、深夜の公園。
 ベンチに塔子と生徒会長が並んで座っている。
 遠目から見ると恋人のような距離感。
 その様子を物陰から窺う龍之介。
    *    *    *
 インサート。
 昼間。学校の中庭。
 龍之介、どんよりとした雰囲気をまとっている。
塔子「何でそんなに疲れんのよ」
 龍之介、突っ込む気力もわかない。
 視線が痛かった。
 人間が向ける視線が物理的に作用するとは知らなかった。
 むしろ長谷部のように無神経にフラれた事実(冤罪)をからかわれる方がよほどマシだった。
塔子「(さして気にする様子もなく)事情を話して会長にも手伝ってもらうことにしたから」
龍之介「!?」「妖精の話なんてして納得してくれんのかよ」
塔子「余計なトコは話してないわよ。あくまで幼なじみの奇行に関するポイントだけ。当たり前じゃない」
 龍之介、安堵のため息。
塔子「私は多分、あの妖精体と戦うことになるだろうから、それ以外のところにリソースを割けない」
「あくまで目的は捕獲だからね」
「そこでこいつの出番」
 そこで塔子は一口大のゼリーの容器のようなものを取り出した。
龍之介「何だ、それ」
塔子「ちょっとした薬よ」
「スカンジナビアでは〝取り替え子〟が起きた際、黒いプディングを食べさせると妖精だけを追い払えるという伝承がある」
「この容器にはその黒いプディングと同じ成分のものが封入されている」
「会長には隙を見て、この容器の中身を彼女に食べさせてもらう」
龍之介「そんなことして大丈夫なのかよ」
塔子「別に食べても死にはしないわよ」
「ただ気絶するほど不味いってだけ」
龍之介「もうそれ毒と大差ないだろ……」
 龍之介はなぜかそう説明する塔子の口調に不穏なものを感じた。
    *    *    *
 龍之介、ふいに漂ってきた鱗粉に連続でくしゃみをし続ける。
塔子「来たわね」
 塔子、立ち上がる。
 いつの間にか、腰の両側に細剣を携えている。
 
#2、同。
 わずかな風切り音が聞こえ、塔子は隣りの会長を真横に突き飛ばした。
 空中から振るわれた五本の刃が塔子の座っていた位置に直撃し、ベンチを破壊する。
 その場に現れた少女は、もはや着ている白いワンピース以外、人であると認識できる部分はなくなっていた。
 五指の爪はさらに大きく伸び、手首のあたりまで指が割けている。
 足は妙に節くれだっていて、四足歩行の動物が立ち上がった時のような下半身になっていた。
少女「アナタハ…ダレニモ…ワタさない」
会長「千春! なぜだ、何でこんなことをする!」
 会長の叫びに少女はしかし反応しない。
 塔子は右側の細剣の柄に手をかける。
 鞘にはルーン文字のような意匠が施されている。
 右側の鞘から刀身を引き抜くと、鞘の意匠に刻まれたルーン文字が宙に分離し、細剣の刃が光の文字をまとう。
塔子「右の剣は分離するための刃、左の剣は消滅させるため刃」
「左の剣を抜かせてくれるなよ」
 セリフは厨二全開なのに、感情がまるでこもっていない。
 まるでゲーム画面でキャラクターのセリフを見ているような、画面の外から自分というキャラクターを操作しているように見えた。
 刃と爪が何度もぶつかり合い、暗闇に火花が飛び散る。
塔子「お前のその恋情はどちらのものだ。宿主か、妖精か」
少女「ウルサイ」
 力任せの爪の一撃を塔子が受け、刃先を滑らせて横に流していく。
 しかし、その先に会長の姿があった。
副会長「秋くん!」
 直撃する直前、会長に向かって一人の少女が飛びついた。
 その背を五指の爪が引き裂く。
 服を破り、背中に四本の赤い筋が刻まれる。
 残りの一本は会長の頬をかすめ、そこから鮮血があふれる。
 不意に少女の化け物は動きを止め、その場に立ち尽くした。
 醜く歪んだ顔に刻まれた二本の白い筋が、龍之介にはなぜか涙の跡のように見えた。
少女N「彼女が顔だけじゃなくて心まで美しいことは知っていた」
「お似合いだってわかってた」
「彼が彼女を好きになった時点で、入り込む隙間なんて初めからなかった」
「私には彼との思い出があるだけだった」
「だから、諦めるか、奪いとるしかなかった」
 会長は優しく少女を抱きしめる。
会長「千春…もう止めよう…こんなことはもう、止めよう」
 そして塔子に渡されたゼリー容器の中身を口に含んで、少女にキスをした。
 それは偽りの恋人としての最後のキス。
 シンデレラの姿をしたゴブリンがその姿を現す残酷な真実の魔法。
 少女は途端に苦しみだし、地面に盛大に吐瀉物をぶちまけた。
 その吐瀉物の中で妖精が悶え苦しんでいる。
 その姿は先ほどの少女の姿を引き写したように醜く歪んでいた。
 塔子はその妖精に向かって細剣の刃を突き刺す。
塔子「お前にはもう黙秘権しか残っていない」
「(冷淡な視線)お前は宿主を利用して自らボガードになろうとした。妖精であることを放棄した者には相応の罰が下るとしれ」
 
#3、同。
 救急車を見送る龍之介と塔子。
龍之介「……副会長にも事情を話してたのか」
塔子「手駒は多い方がいいもの。ましてや嫉妬の対象なら自分の醜さも思い出せる」
龍之介「おまっ! ……もう少し他人に対しての優しさとかそういうのないのかよ」
塔子「手段を惜しんで結果を逃すような真似を私はしないし、したくない」
 決意のような言葉とは裏腹に、龍之介に向ける塔子の視線は優しい。
塔子「……でもそうね、あなたは人間だものね。それでいいと思うわ」
 その表情の意味は龍之介にはわからない。
 
#4、病院。
 ベッドの上に少女。
 塔子が傍らに立っている。
少女「彼と彼女が羨ましいなって思った時、声が聞こえたの」
「彼を奪い返したくはないかって……」
 少女の頬を涙が伝う。
 声を出すこともなく、少女はただ静かに泣いていた。
少女「私は彼のそばにいられるだけで幸せだったのに……」
「何でこんなことになっちゃったんだろ」
塔子「あなたは〝普通の人間〟だったってことよ」
少女「……?」
塔子「あなたは自分に都合が良過ぎる幸運を偶然、手に入れた」
「偶然でも何でも一度手に入れたものを手放せるほど人は無欲にはなれない。当然、その先も欲しくなる」
「道端に落ちている金貨を拾ったのと同じ。でも、自分の力でその一枚の金貨を稼いだわけじゃない」
「一枚めの金貨の手に入れ方も知らないのに二枚めの金貨を欲しがっちゃったら、後は他人を騙すか傷つけるしか方法がなくなる」
「それだけの話よ。あなたは幸運でも何でもなかった。何にも選ばれていない。至って普通」
少女「そっか……」
 少女の顔に手をかざす塔子。
塔子「せめて妖精に身体を乗っ取られてた間の記憶ぐらいは消してあげる」
「妖精に恋心を利用されたんだから同情はするわ。…共感はできないけど」
 少女、ぱたりと意識を失ったようにベッドに横たわる。
塔子「……欲しいものを欲しいと言わない者には与えられる権利すらないのよ」
 
#5、学校・昼休み・中庭。
 ベンチに座りながら同じ弁当を食べる龍之介と塔子。
龍之介「(独り言のように)にしても、あんな他人を傷つけるような人には見えなかったんだけどな、あの先輩」
 龍之介が見かけたことのある少女は、生徒会長と副会長と楽しそうに話している姿だった。
塔子「嫉妬の感情だけを抽出したら誰だってあんなものよ。普段はそういう汚い感情を理性で薄めてるだけ」
「自分が不当な手段で彼の心を射止めたから、他の誰かも同じことをするんじゃないかっていう強迫観念に近いかもしれない」
「攻撃的になる人間はたいてい自分の間違いを認めたくないか、自分が陥れられるんじゃないかという過剰な防衛本能に起因することが多いから」
 自分の犠牲を顧みず「本来の彼女」が本当に彼を愛している姿を目撃し、助けようとする様を見て目が覚める。
 偽りのシンデレラの目覚めとしては最悪なものではないだろうか。
 むしろ目覚めないままの白雪姫の方が幸せだったのかもしれない。
龍之介「何にせよ、これでお前との契約もこれで終了だな」
「晴れて自由の身だぜ」
 大きく伸びをする龍之介に、塔子は不思議そうな顔をする。
 その表情にここ数日で身につけたスキル「危機察知」を龍之介は発動しようとするが、無慈悲にその腕が掴まれる。
塔子「(笑顔で)乙女の胸に触れた分の対価があの程度の労働で購えると思う」
龍之介「いやだ。俺はもう妖精なんかに関わりたくないんだよ」
 遠目にはイチャイチャしているカップルにしか見えない。
 しつこく逃れようとする龍之介に塔子は舌打ちをし、その腕を掴んで強引に引き寄せた。
 互いの吐息がかかりそうな距離まで顔が近づく。
塔子「メンドくせーな…いいから黙って私のもんになれ。アンタはもう私のものだ」
 顔だけは美少女な女子に凄まれ、龍之介は倒錯した性癖に目覚めてしまいそうになる。
 むしろその漢らしい物言いに不覚にもときめいてしまったのだが、ここで反応すると精神的な急所を鷲掴みにされる気がしたのでぐっと耐えた。
龍之介「……わかったよ」
 そう諦念したような龍之介の一言に、塔子は無邪気な笑顔を向けるのであった。
 
 妖精ニンフ──恋する妖精とも呼ばれ、しかし人間との恋は必ず悲恋で終わるといわれる。
 
(第3話了)


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