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静寂の中で紡ぐ

登場人物

海斗(かいと)

  • 年齢: 28歳

  • 職業: フリーランスのグラフィックデザイナー

  • 特徴: 生まれつき耳が聞こえない。日本手話(JSL)を主なコミュニケーション手段としている。内向的で物静かな性格だが、アートを通じて自分を表現することが得意。優れた感受性を持ち、細かい部分に気づく繊細さがある。

悠(ゆう)

  • 年齢: 30歳

  • 職業: 翻訳者(多言語を扱い、手話も使える)

  • 特徴: 社交的で共感力が高く、コミュニケーションに関して深い興味を持っている。大学時代に手話を学び、言語を超えたコミュニケーションの価値を理解している。穏やかで優しい性格だが、必要な時にはしっかりと自分の意見を持ち、行動できる強さも持ち合わせている。

あらすじ


海斗は、東京の喧騒の中で静かに暮らしていた。耳が聞こえないというハンディキャップにより、人と深く関わることを避け、仕事に没頭する日々。しかし、あるプロジェクトで出会った翻訳者の悠が、海斗の心を大きく揺さぶる。悠が見せる自然な手話と優しさは、海斗がこれまで感じていた孤独の壁を次第に溶かしていく。二人は仕事を通じて親しくなり、次第にお互いに惹かれ合う。しかし、海斗の中には、自分を完全に受け入れてくれる存在への戸惑いと不安があった。一方で、悠はその不安を感じ取り、優しく海斗を支えようとする。そんな彼らが、言葉を超えた深い絆を築いていく過程で、二人は次第に心と体の距離を縮めていく。


東京の朝と海斗の世界


東京の朝は、いつもと変わらず忙しなく始まった。道行く人々の足音や車のクラクション、ビルの間を抜ける風の音が交じり合う中、海斗は淡々と仕事に取り組んでいた。彼の世界は、音のない静寂の中に存在している。ペンタブレットを握り、ディスプレイに集中する海斗の目には、画面上の色と形が全てだった。

突然、画面に新しいメッセージが表示された。「今日のプロジェクト会議、11時からです。」と書かれている。海斗は時計に目をやり、まだ時間があることを確認すると、軽くうなずいた。


会議室に入ったとき、海斗は少し緊張していた。普段、直接対面での会議は避けるようにしているが、今回は大きなプロジェクトだったため、出席が求められていた。

会議室にはすでに数人のスタッフが座っており、その中に見慣れない顔があった。背が高く、短い黒髪をした男性が、ノートパソコンの画面を見つめている。彼が悠だとすぐにわかった。メールのやり取りで名前だけは知っていたが、会うのは初めてだった。

海斗が席に着くと、悠が顔を上げて微笑んだ。そして、予想外のことが起こった。

「こんにちは、海斗さん。初めまして、悠です。」悠は手話で挨拶をしたのだ。

驚きと感謝の入り混じった表情が、海斗の顔に浮かんだ。手話での挨拶は滅多にないことだった。ほとんどの人は、紙に書いたり、スマホのメッセージを使ったりする。しかし、悠は自然に手話を使っていた。

「こちらこそ、初めまして。」海斗は手話で返した。心の中で何かが温かく溶けていくような感覚があった。彼は普段、人とのコミュニケーションに壁を感じることが多いが、悠の存在がその壁を一瞬で取り払った。

会議が始まり、プロジェクトの概要やスケジュールが話し合われたが、海斗はずっと悠のことが気になっていた。彼はなぜ手話を使えるのだろうか?そして、なぜこんなにも自然に接してくれるのだろうか?

会議が終わった後、悠は他のスタッフと別れた後、海斗に近づいた。

「今日はどうでしたか?質問があれば、なんでも聞いてくださいね。」悠は再び手話で話しかけてきた。

海斗は少し迷ったが、思い切って尋ねることにした。

「どうして手話を知っているんですか?」

悠は笑顔を浮かべた。「実は、大学時代に手話を勉強していたんです。コミュニケーションに興味があって、言語の一つとして学びました。それに、いろいろな人と話せるようになりたいと思って。」

海斗は、その言葉に感動した。多くの人が手話を学ぶ動機は身近な人が耳が聞こえないからだが、悠は違った。彼は純粋に人とのつながりを求めて学んだのだ。

「ありがとうございます。あなたと話せて、すごく嬉しいです。」

悠は軽く頷き、「こちらこそ、これからもよろしくお願いします。」と言い残して去っていった。

海斗はその場に立ち尽くし、胸の中に広がる温かさを感じた。これまでにない感覚だった。悠との出会いが、彼の世界に新しい色を加えたような気がした。

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