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【ブランデッドムービーの旗手たち】カンヌ、ベルリン、ベネチアが認めた実力派 平林勇監督が作る 職人気質のブランデッドムービー

「連載インタビュー:ブランデッドムービーの旗手たち」では企業のブランディングや企業メッセージをショートフィルムの形で発信しているブランデッドムービーに関わるクリエイターや、ブランデッドムービーに関わる人たちに話を聞き、現代の新たな生活者とのコミュニケーションとなっているブランデッドムービーの今と未来を探ります。

連載第1回目は、武蔵野美術大学卒業、グラフィックデザイナーを経て映像ディレクターとなり、制作した短編映画は、カンヌ映画祭監督週間、ベルリン国際映画祭、ベネチア国際映画祭、ロカルノ国際映画祭、サンダンス映画祭などで上映。『BABIN』が ロカルノ国際映画祭で Special Mention受賞。アニメーション作品『663114』は、ベルリン国際映画祭で奨励賞受賞という世界で認められるフィルムメイカーの顔を持つ一方で、ネスレ日本などの企業や、神奈川県横浜市などの地方自治体のブランデッドムービーを広く手掛ける平林勇監督にインタビュー。


ストーリー性のある表現がブランデッドムービーの核

ブランデッドムービーを制作されて感じた魅力や課題とは?

ブランデッドムービーを制作する魅力は、それなりにまとまった制作費で短編映像を作る事が出来るところでしょうか。自主制作で作るショートフィルムは、商業的にお金を回収することは難しく、そもそも大きな制作費で作ることは出来ません。それに比べてブランデッドムービーは、それなりに大きな企業の広告費を使うので、自主映画とは比べ物にならない制作費が使えます。ブランデッドムービーというフォーマットが出てくるまで、お金をかけて短編映像を作る仕組みはありませんでした。まとまった制作費があるということは、一流のキャストやスタッフもブランデッドムービーに関わってくれます。ショートフィルムのフォーマットで一流のキャストやスタッフと一緒に作れることは素晴らしいことです。

そして、ブランデッドムービーでは、エンタメを全面に押し出さないと誰も見てくれないという共通認識が、クライアント企業にも制作者にもあります。CMの延長では誰も見てくれないという前提があるので、企業の一方的な情報の押し付け映像になる事も少なく、ストーリー性を持った面白い短編映像を作ることが出来ます。これはブランデッドムービーが出てきてたタイミングが、YouTubeやTikTokが流行っている時期と重なったことで、その様な共通認識になったんだと思います。それらの強い刺激の映像が世の中に溢れたことで、ブランデッドムービーが表現の自由を獲得出来た気がしています。それが無かったら、いまだにストーリー性の無い、ただ長いだけの企業PR映像ばかりになっていたと思います。そして、ストーリー性のある表現がブランデッドムービーの核になったことで、制作者のクリエイティビティが思う存分発揮出来る環境が作られました。これは私たち制作者にとって、とても素晴らしい出来事でした。

一方で、ブランデッドムービーの裾野が広がって行くのと同時に、エンタメという公共性を全面に押し出さないと誰も見てくれないという共通認識が薄れて来ているのも感じます。企業は大きな制作費を出しているので、どうしても自社の言いたいことをたくさん言いたくなります。私たち制作者は大きなお金で短編映像を作らせてもらっているので、強く押し戻すことが出来ません。そうやって作られた映像は、一般視聴者にとって全く興味を持つことが出来ない映像であり、結局は誰も見てくれない映像が出来上がってしまうのです。これではブランデッドムービーという枠組みで始まったプロジェクトだとしても、結果的にブランデッドムービーになり得なかったという事になります。そういう意味では、ブランデッドムービーはエンタメ性とは切り離せないという認識が、もっともっと広まっていく必要があると思います。

ロカルノ映画祭上映作品『BABIN』(2007)

企業(ブランド)のイメージ・認知度向上の映像は全てブランデッドムービー

ブランデッドムービーの可能性とは何ですか?

ブランデッドムービーにはまだまだ可能性があると思います。現状で作られているブラデッドムービーは、クライアント企業の具体的な商品やサービスについて噛み砕いてエンタメにしているモノが多いと思いますが、例えば企業の哲学や理念をブランデッドムービーにしてもいいと思うんです。哲学や理念というフレームでストーリーを作ることが出来れば、よりクリエイティブな映像を作る可能性が広がりますし、その事でより一層視聴者に刺さるメディアになると思います。海外のブランデッドムービーにはその様な企業の哲学を映像化したモノも多いので、日本の企業でもその様なブランデッドムービーを作る会社が増えてくると、より面白いんじゃないかと思います。

あるいは、映像の中にその企業の商品もサービスも哲学も出てこないけれども、その映像作品が持つニュース性によってブランデッドムービーになるカタチもあると思います。ニュース性のあるキャストや制作者が、ニュース性のあるテーマの映像作品を作り、それをサポートしていたのがとある企業である、というブランディングの方法もある気がします。要するに、ある企業のイメージを良くする、あるいは知らしめる手段として映像が使われていれば、それはもはや全てブランデッドムービーと言っていいんじゃないかと思います。


「これは自分の作品ではない」という意識

Q: 制作において気をつけているポイントは何ですか?

ブランデッドムービーで気をつけるポイントはいくつかあります。一番大きいのは「これは自分の作品ではない」という意識が必要なところでしょうか。ブランデッドムービーにはエンタメ性が必要なんですが、ただ楽しめるだけの映像では企業のイメージアップに貢献出来ません。あくまでもクライアント企業のための映像なので、制作者は自分の哲学を入れ込むのではなくて、自分の持っている技術とセンスを使って、クライアント企業のイメージアップや周知に貢献する意識が必要です。そこがショートフィルムとの大きな違いだと思います。

もちろん、クリエイティブな映像にするためには作家性も必要なんですが、作家性を「発揮する」のではなく、作家性を「使う」イメージなんだと思います。あくまでも主体はクライアント企業にあるので、作家性は表現手段のひとつとして使うイメージです。TVCMやWEBCMは、さらに作家性を使う割合が減っていき、どちらかというと作家性よりも技術やセンスを使うメディアなんだと思います。そういう意味では、ブランデッドムービーはショートフィルムとCMの中間にあるものなんだと思います。


ブランデッドムービーの世界に没頭できるエンタメの力

映画と広告が融合するメリットは何ですか?

映画と広告が融合するメリットは、エンタメという手段を使うことで、視聴者に自然にクライアント企業のメッセージを伝えることが出来ることでしょうか。これはブランデッドムービーを作る側のメリットになります。ブランデッドムービーを見る側のメリットは、強制的に見なければならないCMがあった時に、エンタメのフレームで作られていると不快感を感じる事が少なくなることでしょうか。

一方で、エンタメ化が上手く行き過ぎて、ブランデッドムービーだと思わない時があります。視聴者がそのブランデッドムービーの世界に没頭して楽しんだ後に、実は企業の広告だったと気づいた時、喝采を浴びるかも知れませんし、失望されるかも知れません。そのリスクはあると思います。理想的なカタチは、ブランデッドムービーだと分かって見始めたのに、その世界に没頭出来るエンタメのカタチを作ることなんだと思います。「ブランデッドムービー=面白い」という共通認識が視聴者側に出来れば、騙して見せるような事もなくなると思います。

ベルリン国際映画祭奨励賞受賞『663114』(2011)

ブランデッドムービーとショートフィルムの相乗効果

今後どんなブランデッドムービーを作っていきたいですか?

私はもともと広告を作っていた人間なので、どんな企業からオファーがあってもカタチにしてしまう習性があります。だから、「こんなブランデッドムービーを作ってみたいなあ」と思ったことはほぼ無いですね。広告の仕事は全て受注して初めて始まる仕事ですので。だから、作ってみたいブランデッドムービーというのも、あまりパッと思い浮かばないですね。常に企業のソリューションとしてブランデッドムービーに取り組んでますので。

私はショートフィルムもたくさん作っていますが、ブランデッドムービーを作る時とショートフィルムを作る時では、脳の違う部分を使って作っています。短編の映像というアウトプットのカタチは似ていますが、根本的なコンセプトの立て方が違うので、私の中では似ているけれども、全く違う種類のものを作っている感覚があります。でも、ショートフィルムを作る中で学んだ技術や手法を、ブランデッドムービーの中で使うことはよくありますし、その逆もあります。そういう意味では、ショートフィルムとブランデッドムービーの両方を常に作り続ける事で、お互いに良い相乗効果が生まれる気もしています。

平林監督が忘れられない映像とは何ですか?

私は子供の頃、ストップモーションのアニメーターであるレイ·ハリーハウゼン(注釈:50~70年代にハリウッドで活躍。映画史上、20世紀の映画における特撮技術の歴史を作ってきたといわれる人物)が作る映像がとても好きでした。映画の中に出てくる怪獣の形や質感や動きを見ると、本当にワクワクしました。大人になった今見ても好きですね。その理由は、そこに驚きがあるからなんだと思います。人の手でひとコマずつ動かしているという前提を知って見ているからかも知れませんが、膨大な作業時間が圧縮されている事による驚きと、それによってアウトプットされた表現への驚きなんだと思います。だから、手をかけたらかけた分だけ作品も仕事も良くなる、という意識が刷り込まれているので、それによって自分を苦しめてしまう部分もありますね。

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平林勇(映像ディレクター)
1972年生まれ。武蔵野美術大学卒業。グラフィックデザイナーを経て、映像ディレクターに。制作した短編映画は、カンヌ映画祭監督週間、ベルリン国際映画祭、ベネチア国際映画祭、ロカルノ国際映画祭、サンダンス映画祭などで上映される。『BABIN』が ロカルノ国際映画祭で Special Mention受賞。アニメーション作品『663114』は、ベルリン国際映画祭でSpecial Mention受賞、毎日映画コンクールで大藤信郎賞受賞。2022年現在、 実写、アニメーション、実験映画を含め、作った短編映画は23本。2019年、長編映画『Shell and Joint』が完成し、モスクワ国際映画祭、ロッテルダム国際映画祭で上映される。2012年より、幼児教育番組『しまじろうのわお!』の演出を務める。『しまじろうのわお!』は、2019年アジアテレビ賞で最優秀賞を受賞したほか、国際エミー賞、バンフワールドメディアフェスティバルにノミネートされる。