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【Management Talk】「情熱と共にお届けしている」日本が誇るコーヒーの老舗企業が大切にする思い

米国アカデミー賞公認短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」は、2018年の創立20周年に合わせて、対談企画「Management Talk」を立ち上げました。映画祭代表の別所哲也が、様々な企業の経営者に、その経営理念やブランドについてお話を伺っていきます。

第42回のゲストは、キーコーヒー株式会社代表取締役社長の柴田裕さんです。2020年に創業100周年を迎えた老舗企業キーコーヒー。看板商品「トアルコ トラジャ」をとおした世界とのつながりや日本の喫茶文化への思いについてなど、柴田社長にじっくりとお伺いしました。

キーコーヒー株式会社
キーコーヒー株式会社は、1920年に創業し、海外におけるコーヒー農園事業から、国内でのコーヒーの製造、販売ならびにコーヒー関連事業経営に至るまでのコーヒーに関する総合企業です。インドネシアの直営農園では、インフラ整備から地元の雇用創出など、「幻のコーヒー」と呼ばれたトラジャコーヒーを地元の生産農家と共に復活させました。現在では、世界的な研究機関や学術機関とも連携し、持続可能なコーヒー生産を目指した活動を行っています。

フラッグシップ商品の存在は大きな誇り

別所:はじめに、柴田社長からキーコーヒーさんの歴史についてご説明をお願いします。

柴田:キーコーヒーは、1920年に私の祖父にあたる創業者が横浜で開いた小さな珈琲店からはじまりました。当時、横浜には西洋人がたくさん集まっていたため、西洋人の暮らしに憧れるハイカラな日本人も多くいらっしゃいました。そのうちの一人だった祖父は、たくさんの新しい文化のなかからコーヒーに興味を持ちました。そして、「時代の扉を開く鍵」という意味を込めて、のちに社名となる「キーコーヒー」という屋号で商売をはじめたんです。東京に本社を移し、全国展開をはじめたのは戦後になってからのことでした。

別所:100年を超える歴史は横浜からはじまったんですね。現在のビジネスはどのような状況でしょうか? BtoBやBtoCなど様々な事業の形態があるかと思います。

柴田:現在、全体の売上高の約40%が、ホテルやレストラン、カフェ、喫茶店等に販売する業務用のコーヒーです。昔から、キーコーヒーの看板を喫茶店で目にされている方も多いかと思います。そして、スーパーマーケットやデパート、コンビニ等で販売する家庭用のレギュラーコーヒーやインスタントコーヒー商品が30%程度。これらはお中元やお歳暮用にもご好評いただいています。そして、残りの約30%は、缶コーヒーなどの原料として販売しております。

別所:3つの柱があるわけですね。コロナの影響はいかがでしょうか?

柴田:やはり、主力の業務用商品は落ち込みました。そもそもホテルやレストランに行かれるお客様自体が激減しましたから。一方で、家庭用が伸びたのではないかと言われますけれども、業務用の減少を補うほどには至っておりませんでした。

別所:外出の自粛は響きますよね。

柴田:ええ。ただ、そんな状況のなかでも手をこまねいていたわけではありません。キーコーヒーは、1950年代からコーヒーの淹れ方が学べるコーヒー教室を開催しています。コロナ禍においては、全国各地の旅館やホテルで働くスタッフの方々の時間的余裕を利用して、私たちの営業スタッフが、オンラインでもリアルでも積極的に教室を開催してまいりました。その結果として、いま消費が戻りつつあるという状況がございます。

別所:素晴らしいですね。では、世界的に見ると、コーヒー業界のなかで日本市場はどのような状況にありますか?

柴田:日本は、コーヒーの輸入国としてはアメリカ、ドイツに次いで世界3位です。ただ、一人当たりの飲む量で見ると、日本は一日あたり一杯程度ですから、ヨーロッパやアメリカと比べるとまだまだ少ないです。やはり日本は、別所さんのご出身でもある静岡名物のお茶をたくさん飲まれる方が多い。それでも、コーヒーの消費量は年々少しずつ伸びてきていまして、これまでの喫茶店ブームや、カフェブーム、エスプレッソブーム等が収束しないで重なってきて、消費が底上げされているという状況があります。

別所:そうしたなかで、御社は2020年に創業100周年を迎えられました。100年という歴史についてはどのように受けとめていらっしゃいますか?

柴田:まずは、市場の成長とともにお客様に育てていただいたという感謝が大きいです。そして、もう一つ大事なことは、私たちが、美味しいコーヒーを生産者の方たちと一緒に作り上げたいという気持ちを創業時からずっと持ち続けていることだと思います。

別所:一緒に作る。

柴田:ええ。戦前には、沖縄や台湾でコーヒー農園の運営に挑戦したこともありました。そして戦後、社会が穏やかになってきたときに、インドネシアのスラウェシ島で美味しいコーヒー豆が栽培できそうだという情報が入って、私たちは調査団を派遣しました。そして、そこから試行錯誤の末、幻のコーヒーと呼ばれる「トアルコ トラジャ」を生産し、商品化することに成功したんです。「トアルコ トラジャ」は、2023年に発売45周年を迎えます。私たちはコーヒーを様々な国から輸入していますが、自社農園で育てたフラッグシップ商品の存在は会社にとっての大きな誇りとなっています。

別所:会社にとって強力な看板になりますよね。それも自社農園で栽培していたらなおさらだと思います。ただ、自社農園を軌道に乗せるのは簡単なことではなかったですよね?

柴田:ええ。約50年前の当時、自社農園を作る以前に、スラウェシ島には道路などのインフラが整備されていませんでした。ですから、まずは、そのお手伝いが必要でした。また、現地の方々に会社組織という概念も無かったそうなので、現地法人を立ち上げて安定的な雇用を創出することからはじめています。

別所:まさに、開拓。

柴田:そうですね、私たちとしては、美味しいコーヒーを作り出すためにできることを少しずつ積み重ねていったわけですが、結果として現地の社会的かつ経済的な発展にも貢献できたと考えています。

「コーヒーの2050年問題」に直面

別所:素晴らしい。御社は本質的な意味で世界とつながっていますね。

柴田:ありがとうございます。私自身、もともと大学時代に、将来はなにか国際的な、世界を飛び回るような仕事をしてみたいと考えていました。それで、総合商社や海外支社のある企業への就職も検討していたのですが、まさに、「トアルコ トラジャ」の農園を訪れたことによって、コーヒーを仕事にしようと決めたんです。コーヒー作りの大変さとともに、地元の方々に貢献できる仕事であることを実感して。

別所:キーコーヒーで働くことを自ら選択したわけですね。

柴田:ええ。あとは、もちろん父の影響もありました。キーコーヒーの2代目であった私の父は、会社を上場させたいという目標を持っていました。一人息子だった私としては、ぜひそれを手伝いたいと思いましたし、手伝ってほしいと頼まれもしました。そして、入社してから私は営業をはじめ様々な部門で経験を積み、1994年、キーコーヒーは店頭公開を果たし、現在は東証プライム市場に上場しています。もちろん上場はゴールではありません。上場によって、財務的な基準はもちろんのこと、人権や今でいうSDGsについてもさらに強く意識するようになりました。

別所:フェアトレードやサステナビリティがますます重要視される世の中ですもんね。

柴田:ええ。日本に住んでいるとなかなか気がつけないことも多いですが、海外の方とお会いすると意識の違いを強く感じますね。特にいま、コーヒー業界は「コーヒーの2050年問題」に直面しています。気候変動によって、2050年までにアラビカ種という良質なコーヒーの栽培適地が現在の半分にまで減少する、という警鐘が鳴らされているんです。私たちは、産地の経済を守るためにも、コーヒー栽培の仕方を工夫したり、コーヒーの国際的な研究機関であるワールド・コーヒー・リサーチと共に研究を進めています。すぐに成果が出るものではないですが、時間をかけて取り組んでいるところです。

別所:いまのお話を伺って、先日、あるワインのパーティで、「ワインは農業なんです」という言葉を聞いてハッとしたことを思い出しました。コーヒーも同じですよね。農園があって、生産者がいて、農業があって、その先に飲料メーカーとしての仕事があるわけで。農業の在り方を考えずしてビジネスは成り立たないでしょう。

柴田:別所さんのおっしゃるような考え方で商品を選ぶ方が増えてきていますよね。食品しかり、飲料しかり、アパレルしかり。産地はどうなっているんだろうとか、どうやって作られているんだろうとか考える人が多くなりました。そうした状況のなかで私は、別所さんが事業として手掛けられている映像が大きな力を発揮すると実感しています。私たちも、映像を使ってコーヒーにまつわる様々な情報を発信しています。「トアル コトラジャ」の45周年動画や、「コーヒーは地球語」のキャッチコピーで生産者にフォーカスした動画などもその一環で制作したものです。

別所:素敵な動画です。そして、100周年のときにも記念動画を制作されていますよね。そのBGMを柴田社長が作詞作曲されたと伺っています。

柴田:プロの方に見ていただいて光栄です(笑)。私が昔、ピアノやバンドをやっていたものですから、頑張って作りました。100周年の年、コロナの影響で計画していたイベントが軒並み中止になりました。それで、私も暗澹たる気持ちでしたので、自分や社員、関係者の皆様を少しでも元気づけられたら、という願いを込めて作りました。

別所:本当に、応援歌というイメージですね。

柴田:ええ。コーヒーは元気を出すスイッチという役割も果たせるかなと思ったので、そういう曲にしてみました。

日本の喫茶文化を世界に

別所:社長自らが旗を振ることによって、内部の方にも外部の方にもより強くメッセージが響くと思います。そして、この動画のタイトルにもなっている「Coffee named Passion /コーヒーという情熱」という言葉も印象的でした。僕もいつも、「パッション・ミッション・アクション」と言っていて。情熱があるところに使命感が生まれて、使命感の先に行動があるという。だから、すごく共感しました。

柴田:ありがとうございます。創業90年頃までは、「品質第一主義」という言葉を謳ってきましたが、そのうえで、私たちの使命はなんだろうと考えた結果、「コーヒーという情熱」という言葉が生まれました。私たちは、ただ単にコーヒーをお届けしているのではなくて、情熱とともにコーヒーをお届けしているつもりです。そして、それによって、お店や街に人が集まって、ゆたかな空間になってほしい。そうした思いを込めています。

別所:素晴らしい。そしてさらにもう一つ。「珈琲とKISSAのサステナブルカンパニー」というフレーズも目を惹きます。

柴田:2022年に策定したフレーズです。2030年までを見据えて、この先どのように事業を展開していこうかと考えたときに、今後、戻ってくるであろう訪日外国人に日本の喫茶文化を紹介し、世界に広げていきたいという思いを込めました。

別所:日本独特の喫茶店文化に興味を持つ外国人はきっと多いでしょう。

柴田:加えて、私たちにとってはやはり「サステナビリティ」というキーワードも外せません。キーコーヒーの大きな特徴として、個人株主様が多いことが挙げられます。そして、約4万7千人いらっしゃる個人株主様の中には、キーコーヒーの広報誌で紹介している地方の喫茶店をわざわざ訪れてくれる方も多くいらっしゃいます。さらに、そこで得た新しい情報を教えてくれたりもして。そういったサステナブルな、新しい喫茶店ブームを作り出すことができたら、もっと多くの方にコーヒーを楽しんでいただけると考えています。

別所:いいですね。それでは最後に、柴田社長の考えるキーコーヒーの未来についてお話しいただけますか?

柴田:「珈琲とKISSAのサステナブルカンパニー」の先にある未来としては、「トアルコ トラジャ」を産学官連携事業の成功モデルとして世界に発信していきたいと考えています。私たちがコーヒーを輸入している国や地域のなかには、経済が今ひとつ伸び悩んでいるところもあります。ですから、私たちが、インドネシア・トラジャで取り組んでいるような、コーヒーの生産国も消費国も、そして、生産者も消費者も一体となっているモデルを世界に発信し広めていくことで、それらの国や地域の経済の発展、向上に貢献していきたいです。そして同時に、当社の取り組みについてもより多くの方へ知っていただけるようにしたいと考えています。

別所:ありがとうございました。

(2022.12.14)


キーコーヒー株式会社 代表取締役社長 柴田裕

1964年神奈川県横浜市出身。
慶應義塾大学経済学部卒業後、キーコーヒーに入社。購買・営業部門に所属、総合企画室経営企画課長として上場プロジェクトに携わった後に、慶應義塾大学大学院経営管理研究科にてMBAを取得。在学中にスペインのビジネススクールへ交換留学。復職後、ホテル向け営業担当取締役等を経て、2002年代表取締役社長に就任。広報・SDGsの推進役であり、2022年より持続可能なコーヒー生産の実現を目指す「コーヒーの未来部」の部門長も兼務する。
趣味;映画鑑賞、ピアノ演奏、ジョギング