爪切り

右手の中指の爪を
左足の親指の爪に引っ掛けて
弾くように引っ掻く。
腕時計の秒針のような乾いた音が
静まり返った部屋の時を刻む。
私の意思とは裏腹に、手の爪ばかりが削られていく。

気を遣って声をかけてくれたのに、二言で会話を終わらせてしまった。
質問し返せば良かった。
クスッと笑えた出来事を聞いて貰えば良かった。
声をかけてくれたことへ感謝の意を示したかった。

中指がもうダメだ…人差し指の爪はまだまだ短すぎる……

笑うところじゃないと分かってるけれど、笑って誤魔化して逃げるばかり。
咄嗟にどう反応していいのか分からない。
私はLINEよりメール派なのだ。

……右手は止めよう。左手で。

仕事論を語り合う同僚たち。
自ら研修に参加する後輩たち。
自己研鑽を怠らない姿の光に当てられて、努力できない自分の影がくっきりと浮かび上がる。
見ないようにしているのにやめてほしい。
いや、違う。
彼らは正しい。
私は怠けている自分を省みなければいけないのだ。

捲った爪が足の指にぶら下がっている。
爪の付け根で繋がったままになっているのだろう。

ひっぱる。

痛い。

出血。

快感。

後悔。

どれほどの時が経っただろうか。
残ったものは、ガタガタの手先と足先の痛み。

世の中は敵ばかりだと知り、殻に逃げることを覚えた14歳の秋。
あれから干支が一周回っても
まだ私の家には爪切りが無い。
同期が産休に入り、後輩が結婚した。
私はいつまで、部屋に乾いた音を響かせているのだろうか。


声をかけてくれる優しい人がいる。
前向きに働く活気溢れる同僚がいる。
世界は敵ばかりでないと知った。

自分が変わらなくては。
自分を変えなくては。
変わろうとしてきた。
変わらなかった。
本気で?
本気のつもりだった。
結局甘えてるうちは変われない。
このまま?いつまで?

ガタガタの手先で、通販サイトを開いた。
クレジットカードのナンバーを打つ。大文字で打ったつもりなのに小文字になっていたiを打ち直す。
六日後に届く予定。

二週間は使えないだろう。

では3週間後。
これで、
この650円で虚無を絶てば、
変われない私も
一部、変わった私になれるはず。

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