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明治維新的な特徴か,宗教カルト的な日本政治がいまだに横行し繁盛するジャパン・ライフの一大特性

 ※-1 橋爪大三郎『日本のカルトと自民党-政教分離を問い直す』集英社〔新書〕,2023年3月17日という本が発行されていた

 本日の論題を記述しようと,とりあえず関連の文献にどのようなものがあるかと調べたら,瞬時にこの本に出会った。
 付記)冒頭の画像は,https://twitter.com/yamagami0910 から。

 昨年(2022年)7月8日に安倍晋三が「統一教会2世:山上徹也」に狙撃され死亡した事件を契機があっても,この旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)との宗教的な腐れ縁を断ち切らない自民党(など)が,いまだに存在する。

 いままでわれわれが,そうした様子をみせつけられてきた現状を踏まえていえば,自民党と公明党という野合政権の本質は,ある意味,日本の政治そのものの深部にまで浸食した宿痾を意味する。その政権の実体はいままで,この国をダメにする方向にしか向かっていなかった。

 本ブログは,橋爪大三郎の『日本とカルトと自民党-政教分離を問い直す』に気づかずまだ未読の本だったので,早速発注し,読むことにしたい。

 ここでは以下に,この本に関した出版社の〈案内〉をとりあえず紹介するが,これだけでも,現状のごときに腐りきった日本政治の患部が,いったいどこに,どのように伏在しているか理解できる。なお〔 〕補足は引用者が勝手に入れたものである。 

 【出版社内容情報】
 
橋爪大三郎『日本のカルトと自民党 政教分離を問い直す』2023年3月

 統一教会,日本会議……宗教社会学の第1人者がタガの外れた政教癒着を警告。日本人は〔そもそも〕宗教の訓練が足りない。

 ◆ 内容紹介 ◆
 〔いま〕カルトが日本を,蝕んでいる。安倍晋三元首相暗殺を機に,統一教会が自民党に喰いこんでいた実態が明らかになった。だが,病巣はもっと深い。統一教会以外の宗教勢力も自民党に隠然と影響を与えている。

 なぜこんなことになってしまったのか? 原点に立ち戻り,政治と宗教の関係を考え直す必要がある。政府職員も市民もカルトの正体を見抜く基礎知識を身につけよう。そして政教分離の原則をあらためて体得しよう。

 本書は宗教社会学の第一人者がカルト宗教の危険性を説き,民主主義と宗教のあるべき関係について,基本から明快に解説する。

 ◆ 識者の評 ◆
 オウム事件や統一教会問題を経験した日本でもっとも必要な知識がここにある。
 --有田芳生氏(ジャーナリスト /『改訂新版 統一教会とは何か』著者)

 当代随一の泰斗が,その尋常ならざる「読む力」と「書く力」の双方を注ぎこんだ本書は,今後「政治と宗教」の議論に参加する人びとにとっての,ひとつの確かな羅針盤になるに違いない。
 --菅野完氏(著述家 /『日本会議の研究』著者)

 ◆ こんな疑問にも答えます ◆

  Q カルトは,ふつうの宗教とどう違いますか?
  Q 仏教にも出家があって,俗世間と離れます。これはカルトではない?
  Q カルトはもともとよくない意味なのですか?
  Q カルトが,カルトでなくなることもありますか?
  Q 仏教も,カルトになるのですか?
  Q 神道は,カルトになりますか?
  Q 政教分離とは,どういうことなのですか?
   などなど

 ◆ 著者略歴 ◆
 橋爪大三郎(はしづめ・だいさぶろう)は1948年生まれ,社会学者,大学院大学至善館教授,東京工業大学名誉教授。

 著書に『はじめての構造主義』『言語ゲームの練習問題』(講談社現代新書),『アメリカの教会』(光文社新書)他多数。共著に『ふしぎなキリスト教』(大澤真幸との共著,講談社現代新書,新書大賞 2012),『おどろきのウクライナ』(大澤真幸との共著)『一神教と戦争』『中国共産党帝国とウイグル』(中田考との共著,集英社新書)など。

 ◆ 内容説明〔というか意図〕◆
 〔前段の「◆内容紹介◆」と同一で重なる段落は省略し,あとの残りをつぎに紹介する〕
 本書は宗教社会学の第一人者がカルト宗教の危険性を説き,民主主義と宗教のあるべき関係について,基本から明快に解説する。

 ◆ 目 次 ◆

  序 カルト原論
  第1部 生長の家から日本会議へ(谷口雅春という人物;生長の家と皇国主義;谷口雅春の憲法論;生長の家の政治活動 ほか)
  第2部 統一教会と自由民主党(文鮮明という人物;『原理講論』を読む;統一教会と霊感商法;統一教会と自民党)
結 政教分離と民主主義

以上,橋爪大三郎の『日本のカルトと自民党 政教分離を問い直す』の「広告・宣伝」的な解説である。おおよその意図は理解できる。

 --「自民党」は神道系や新興宗教系(といってもけっこう歴史が長い宗教団体も含まれる)の宗教団体から支持を受けている。この支持を受けていれば当然のこと,それなりになんらかの利害要請を反映させた為政をすることは,理の必然である。
 

 ※-2 つぎの一覧表はネット上に転がっている安倍晋三第2次政権期の関連一覧表である。面倒でもこの関連の情報をそのつぎに列記しておく。

「俵 義文(子どもと教科書全国ネット21) “第3次安倍晋三内閣の超タカ派(極右)の大臣たち」『Peace Philosophy Centre 』http://peacephilosophy.blogspot.com/2015/12/3.html から,以下の「2015年当時における関連議員の一覧表」を引用する。

これら一覧表に掲載されている議員たちのなかには,お付き合い程度で自分の姓名が記載されている事実をよく承知であるはずの者もけっこうな数いる。が,しかし,これはこれで正式な記録であるゆえ,そのもつ意味がないがしろにされていい理由はない。それなりに責任をもって自分の姓名も連ねている事実は「事実」である。

第3次安倍晋三内閣の超タカ派(極右)の大臣たち
第3次安倍晋三内閣の超タカ派(極右)の大臣たち
第3次安倍晋三内閣の超タカ派(極右)の大臣たち
第3次安倍晋三内閣の超タカ派(極右)の大臣たち
第3次安倍晋三内閣の超タカ派(極右)の大臣たち

 まずこの※-1で紹介した橋爪大三郎の本『日本のカルトと自民党-政教分離を問い直す』は,安倍晋三を狙撃し死亡させた犯人が「山上徹也という『統一教会2世』」であった事実を契機に制作・公刊されていた。

 以前の20世紀においてすでに一度,大きな社会問題になっていた「統一教会(現・世界平和統一家庭連合)」と「自民党」との「腐れ縁(不純な因縁の歴史)」は,日本社会のなかであらためて注意を喚起させられるべき「反社会的な行状」を記録していた。

 橋爪のこの本は,安倍晋三の死をきっかけに再浮上したそうした政治社会の事情を踏まえ,そのさい「日本神道系の宗教団体」系も併せて同梱するかたちで,「統一教会」系の問題をとりあげる内容にしていた。

 橋爪大三郎の議論が相手にしている「日本の政治」,いいかえれば,2012年12月26日に安倍晋三第2次政権が発足してから現在までこの国の「政(まつりごと)」は,安倍晋三的という意味で結局,まさしく「裸の子どもの王様」が指揮した『オカルト的な政治」を,そのまままかり通らせる「堕落・腐朽した政情」に終始した。

 なにせ,「統一教会味の自民党」は以前から別にまた,神道系宗教団体とは親密な関係があった。くわえて,野合政権を組んでいる公明党とみたら,これがまず創価学会の意向には,基本まったく逆らえない政党であった。

 フランスでは大昔(?)に,創価学会はカルトであるとの認定を下されていた。蛇蝎のように嫌われているこの創価学会が,けれども日本では,この宗教団体の裏側の顔だとでも表現したらよい公明党が,長期間,自民党と政権を組んでこの国の舵取りをしてきた。

 国土交通省の大臣は公明党議員の指定席になっていた。長年にわたりそういう国政の分担が,自民党と公明党の間柄において固定されていた。それでは,この国がよくなるわけがないと感じる人びとが出てきて当然であった。

 そこへ,最近まで30年間ほど注目されることのなかった統一教会の問題がまた,山上徹也の安倍晋三射殺事件によって一気にフラッシュバックした(呼び戻された)。この事件をきっかけにして,日本の政治(内政・外交)は,「政教分離の原則」に照らして非常に危険な道をよろよろしていた事実が,あらためて暴露された。

 国民生活の実際の様相などなにひとつ具体的に把握できていない「世襲3代目の政治屋」岸田文雄首相については,直近「日本経済新聞・世論調査」が,つぎのように52%まで回復したというのだから,日本政治における民主主義の水準は,有権者・選挙民の政治意識に依存するという指摘を納得せしめる。

『日本経済新聞』2023年4月「世論調査」

 経済学者金子 勝は,安倍晋三の第2次政権以降,ますます混迷と凋落ぶりのはげしいこの国の「政治と経済を囲む惨状」をきびしく指摘するだけでなく,善後策も提議している。

 経済学者ではない国民たちが「愚民そのもの」にまで落ちこまないように,最低でも自分たちなりに学習が要求されている点,いいかえれば,民主主義国家体制における為政のあり方や経済の運営の仕方についての基本的な知識や情報の入手・理解が,あまりにもお粗末な事情もとりあげている。

 たとえば最近,金子がそういった論点を説いているユーチューブ動画サイトとして,つぎのものを紹介しておきたい。

現状における日本の政治は,自民党的に退廃・劣化の度合いがはげしい。あまりにも民主政の規範は無縁に,好き勝手ばかりの為政が横行してきた。自民党政権は,有権者全数の25~20%程度の支持率しかない政権党でありながら,その横暴ぶりだけは最大限に発揮されている。

 以上のごとき議論から本日の話題とする対象は,つぎの※-3のごとき表題となる。とくに自民党内に浸潤している問題は,「『人間の性』区分にまつわる認識」において決定的な欠落ないしは無理解,あるいは粗暴な曲解がめだつことである。
 

 ※-3 日本の歴史における「LGBTQの実在,自然な性範疇の種類と分布」に完全なる無知を披露した,しかも神道的な観念においてもそれに無識な人びとは,いってみれば「自国における性の時代史」をなにもしらない

 明治以前における「江戸時代までのLGBTQに関する実情」はどうあったのか? たとえば「男色」の事実史が,以下の記述によって解説されている。
 
 Aimu Ishimaru・稿「信長も! 家康も! 芭蕉も! 日本の男色の歴史を考える」『和楽』2020.04.09,https://intojapanwaraku.com/culture/87711/ に聞こう。全文は紹介できないが,だいたいつぎのように解説している。

「男色(なんしょく / だんしょく)」という言葉を聞いたことがありますか? 日本国語大辞典によると「男性の同性愛」とあります。最近では,LGBT〔Q〕の権利について議論され,性的マイノリティーの問題として取り上げられることも多くなりました。

 こうみると,最近出てきた概念のように思われますが,実は「男色」は開国前の日本では普通におこなわれてきたことであり,「マイノリティー」でもなんでもなかったのです!

 a) 男色の発展と衰退
 日本において「男色」は古代から存在していました。鎌倉時代以前の男色の記録は特権階級の方々のものばかりですが,室町時代以降は庶民のものも多くなっています。

 とはいっても,庶民の記録がないのは,あまりに自然のことであったからと考えられており,庶民の間で男色がタブー視されていたわけではありません。

 以上のことを踏まえると,当時の日本人にとって「男色」が,どれだけ当たりまえのものであったか容易(たやす)く想像できるでしょう。

 b) 男色のはじまり
 では,日本の男色文化はいつ始まったのでしょうか? 江戸時代前期に井原西鶴が記した,浮世絵草紙『男色大鏡』には,当時男神とされていた天照大神が日千麿命(ひのちまろのみこと)を衆道(男色の意)に基づいて愛していたと記載されています。

 さらに,井原西鶴は伊耶那岐命(イザナギノミコト)と女神・伊耶那美命(イザナミノミコト)の夫婦の神様が誕生するまでは,男神ばかりだったので男色を楽しまれていたと主張しています。井原西鶴の言葉を信じるとすると,なんと日本の男色の歴史は神代の時にすでに始まっていたというのです!

 男色に関する最古の記述は720(養老4)年成立の『日本書紀』にあります。小竹祝(しののはふり)と天野祝(あまののはふり)の関係が発端となった「阿豆那比(あずなひ)の罪」に関する物語がそれです。「祝」とは神主のことを指しており,このふたりの神主が男色の仲にあったといわれています。

 というのも,彼らは「善友(うるわしきとも)」,つまり性的行為アリの親友だったと書かれているからです。いまでいう「セフレ」のような関係ともいえます。小竹祝が病気で亡くなったのを嘆いた天野祝があとを追い,生前の希望通り二人を合葬したところ,神様がそれを天津罪(あまつつみ)と考え,昼間でも暗くしてしまったそうです。

 天津罪とは,国津罪(くにつつみ)とともに神道における罪で,とくに農耕や祭祀を妨害する行為を指します。「阿豆那比」の意味は分かっておらず,神様がふたりの男色を咎めたといわれることもありますが,ふたりを別々に埋葬しなおしたところ昼が戻ってきたと書かれていることからも,これは「神主を合葬する」という行為が儀式的によくないことだったのでしょう。

 「阿豆那比の罪」の物語は一般的に,日本における男色文化のはじまりと位置付けられています。

 補注)以上,神道信仰にかかわって日本神話の世界における話題としても,LGBTQの問題がとくに男色の事実史を介して説明されている。

 この問題ひとつをとってみても,神道政治連盟国会議員懇談会などは,神社本庁の関係団体である『神道政治連盟』(神政連)の理念に賛同する日本の国会議員により構成される議員連盟であるにもかかわらず,

 神道という名称をかかげているわりには,神道の歴史=古代史,これは有史以前の神話物語の世界における話題となるが,どうやらなにもしらない議員たちが参集している。

〔記事に戻る ↓ 〕
 c) 寺院や宮中で流行した男色
 『日本書記』以降にも『万葉集』や『伊勢物語』,『源氏物語』など誰もがしる数々の有名書物に男色についての記載があり,男色が当たりまえのように流行していたことが分かります。

(中略)

 武士が勢力を増していくと,貴族や僧侶との交流のなかで武家社会にも男色は浸透していきました。室町幕府を率い,南北朝を統一した足利義満は,貴族や僧侶から男色を含むあらゆる文化を積極的に取り入れ,のちに流行する武士特有の男色文化「衆道」の礎となったといわれています。

(中略)

 d) 外国人が驚いた! 庶民も受け入れた日本における男色の風習
 室町時代には,庶民の男色についての記述もみられるようになりました。庶民階級が楽しんだ能楽「手猿楽」では,美女が主役の「女房猿楽」とともに美少年を使った「稚児猿楽」が生まれ,酒席で多くの人を楽しませ一夜をともに過ごすこともあったとか。

 宣教師フランシスコ・ザビエルは,一神教と一夫一妻制,そして男色の罪を日本人に説明することの難しさを本国への手紙で嘆いています。「僧侶がしていることなのだからいいだろう」と一般の人は考えていたのです。

 江戸時代においても,男色は女性を愛するのと同じように普通に扱われていました。

 江戸時代には,若衆歌舞伎が舞台後酒宴にお伴した先で売春行為を始めたことから,陰間と呼ばれる男娼が登場しました。彼らは,僧侶や武士だけでなく農民や職人などの多くの庶民も相手にしていたのです。

 補注)『朝日新聞』だけではないが,この朝日の場合では2023年4月15日朝日の「〈社説〉)ジャニーズ 『性被害』検証が必要だ」という芸能事務所経営者(すでに死去している人物)の問題をつぎのように論及していた。なお,この性被害の「種類・性格」は,前段の「男色」に関する解説から,その具体的な様子(性行為のこと)はおよそ想像できるはずである。

〔記事に戻る→〕 大手芸能プロダクション「ジャニーズ事務所」に所属していた男性が記者会見し,創業者であるジャニー喜多川氏(2019年に死去)から性被害を受けていたと証言した。

 15歳で入所した2012年から16年の間に,喜多川氏の自宅などで15~20回,性行為をされたという。ほかの少年たちが被害に遭うのを目撃したとも話した。けっして見過ごすことができない問題である。別の男性も,朝日新聞の取材に対し,喜多川氏から同様の行為を迫られたと証言した。いずれも具体的な内容だ。

 補注)この社説の文章は,問題が問題だけにその性行為がどのような種類のものか表現に出していないが,ほかの週刊誌などには「肛門性交」であるとはっきり書いてある。この性的関係以外にもあれこれあったが……。

〔記事に戻る→〕 喜多川氏はいまや故人で反論ができないことに留意する必要はある。しかし,喜多川氏の「セクハラ」を報じた週刊誌の記事が名誉毀損(きそん)にあたるとしてジャニーズ事務所などが出版社を訴えた裁判では,セクハラに関する記事の重要部分を真実と認める判決が,最高裁で2004年に確定。喜多川氏自身もその裁判で「(被害者が)うその証言をしたということを,僕は明確にはいいがたいです」と述べていた。

 ジャニーズ事務所は長年にわたって多くの人気男性アイドルを世に送り出し,テレビや映画,音楽など芸能界で広く絶大な権威をふるってきた。その地位と力関係を利用し,アイドルとして成功したい少年たちの弱みにつけこんだ卑劣なおこないが密室で繰り返されていたのが事実とすれば,重大な人権侵害である。芸能界で性被害の告発が相次ぐなか,未成年が被害を受けていたなら問題はさらに深刻だ。

 ところが,ジャニーズ事務所の対応はきわめて鈍い。

 男性の会見を受け,コンプライアンス順守やガバナンス体制の強化を進めるとのコメントを出したが,事実関係についての言及はない。一般論に終始しており,とうてい不十分だ。

 人権に配慮しながら幅広く調査をおこな,まずは事実関係を明らかにするのが当然のつとめのはずだろう。ほかの経営陣や従業員はしらなかったのか。2004年の判決確定後に組織としてどんな対策をとったのか。こうした疑問も尽きない。第三者による徹底した検証をおこな,社会に対して説明する必要がある。

 ジャニーズ事務所に所属する芸能人には,子どもから大人まで世代を超え多くのファンがいる。社会への影響力も非常に大きい。それだけに,企業として重い責任と社会的使命が課せられていることを自覚すべきだ。

 喜多川氏による性被害の証言は以前から出ていたが,一部の週刊誌などが中心だった。メディアの取材や報道が十分だったのか。こちらも自戒し,今後の教訓としなければならない。

 以上,ジャニーズ事務所の喜多川による同性者に対する男色的な性行為強要の問題について,自民党系の国会議員たちが中心である神道政治連盟国会議員懇談会などは,どのようにとりあげ批判するのか? あるいはまた,それ以前に,そもそも批判する意向はあるのか? そういった疑問を投げかけてみる必要がある。

 ここでは途中になるが,本日(2023年5月1日)の『毎日新聞』朝刊がつぎの解説記事を掲載していたので,これを紹介しておく。文章(文字)で引用するとやたら長くなるので,この紙面で拾い読みしてもらえれば幸いである。

ジャニーズ喜多川問題

〔記事に戻る→〕 江戸時代に来日した朝鮮通信使・申 維翰(しんゆはん)は,著書『海游録』で男娼の色気は時に女性を上回ると綴っています。

 e) 欧米の影響でタブーとなった男色
 「明治維新とともに西欧文明が取り入れられると日本でも男色は徐々にタブー視される」

 「1873(明治6)年になると男性同士の性行為を罪とする「鶏姦(けいかん)罪」が規定されました」

 「西洋の列強国に追いつくことを目標としていた当時の日本では,欧米諸国でタブーとされる男色を容認したままにしておくわけにはいかなかった」

 「『鶏姦罪』は1882(明治15)年にはなくなり,法律上で男色が禁止されることはなくなりましたが,明治後期には男色を悪とする考えも強まっていった」

 「大正時代に入ると,西洋的な考え方はさらに浸透し,ついに日本で当たりまえであったはずの男色は『病気』として扱われるようにまでなってしまいました」

 f) あの人もこの人も男色を楽しんだ
 さて,西洋文化の影響で一度はタブーとなった男色ですが,最近では欧米諸国におけるイデオロギーの変化もあり,日本でも同性愛者と呼ばれる人たちの存在が再度容認されるようになってきました。同性愛者と公言している有名人の方も増えています。

 実は,日本人の多くがしるような過去の偉人にも男色を好んだ方がたくさんいます。何人かここでご紹介しましょう!

 g) 藤原摂関家の代表格,藤原頼通・頼長 (中略)

 h) 織田信長も徳川家康もみーんな男色を楽しんだ
 「また,独眼竜・伊達政宗も恋人の小姓に当てた恋文を残しています。政宗は男色を誇りにし,少年と契りを交わすたびに自分の体に傷をつけその証にするといったかなりの変人だったようです」

 「戦国時代の乱を制し,見事天下人となった徳川家康にも男色のエピソードがあります。家康は本来年上の女性を好んでいましたが,『甲陽軍鑑』によるとそんな家康も忠臣の一人である井伊直政の美しさに魅了され関係を持ったそうです」

 「家康のあとを継いだ秀忠や次男の秀康,十男の頼宣など家康の息子たちも男色の世界に魅入られていました。江戸幕府を発展させていった3代将軍家光や5代将軍綱吉もまた,男色を好んでいたそうです」

 i) 俳句家・松尾芭蕉は男性の恋人と旅
 国や地域によって考え方は違うといいますが,時代によっても考え方はかなり違っています。同じ日本でも,当たりまえだったことがタブー視されるようになったり,逆になったりすることがあります。日本における意外な男色の歴史を知ると,なんだか「当たり前」とは何か考えさせられますね。
 以上,原文・註記・参考文献)武光 誠監修『日本男色物語 奈良時代の貴族から明治の文豪まで』(カンゼン)

 ここまで,だいぶ中略をはさみこんで引照してみたが,要はLGBTQというのは人間という生物に固有である同性愛の傾向といえ,これを否定することじたいが,実はひどく不自然な立場ともいえる。

 LGBTQの性向を有して「人類・人間」としてこの世に生まれる人びとは,比率的には10%前後だという意見もあり,またそれ以上・それ以下の比率を示す意見もある。日本の場合,分かりやすいのは芸能人の「カミングアウト」である。

 補注)「同性愛が後天的なものというその事実を科学的に論じた」著作がある。それは末尾の最初にかかげた文献(アマゾン通販の)である。「先天と後天」の問題ついては,なお議論の余地を残しておく必要があることを付記しておく。

 氷川きよしの事例はその代表的なものである。ネット上には,彼がいままで自分で抑えてきたLGBTQの性向を自由に表出しだした画像がたくさん溢れている。

 だいぶ昔になるが,相良直美という女性タレントがいて,その「カミングアウト」が時期尚早であったためか,どういうわけかいっさいテレビの舞台から消えていた。現在の時点でいえば考えられない経緯になっていた。

 もしかすると,神道政治連盟国会議員懇談会に参加している国会議員のなかにも,氷川きよしの「以前」のようにいままさに,自分の自然な性向を必死に隠蔽している者がいるのではないか,などと冗談半分というか本気の話題としてもちだしたくもなる。

 つぎの※-4に紹介するブログ記事は,以上の議論にまともに即した発言をしていたので,引用してみた。そこに登場する神道政治連盟や神社本庁にも,多分,LGBTQ性向をひそかに抱えている人たちが潜んでいるのではないか? そのように考えてみて,自然・当然・必然である。

 もしかしたら,「隠れキリシタン」ならぬ「隠れLGBTQたち」が,神道政治連盟や神社本庁の内部にも,間違いなく一定数,潜伏しているかも……。

 補注)「神道政治連盟(略称・神政連)」とは,世界に誇る日本の伝統や文化を後世に正しく伝えることを目的に,昭和44〔1969〕年に結成されている。さて,「世界に誇れるこの日本の伝統や文化」のなかに「男色」は無縁か?

 補注)神社本庁は,神宮を本宗とし,日本各地の神社を包括する宗教法人。 「庁」という文字が付くが,官公庁ではなく宗教法人法にもとづく文部科学大臣所轄の包括宗教法人である。この神社本庁はいささかならず僭越にも,自庁だけが日本の神道界を代表しうる宗教団体だと,勝手に定義したうえで思いこんでいる。
 

 ※-4「『LGBTは精神疾患』とする文書を意見公募で送りつけた神社本庁・・・統一教会と同じく,こうしたカルトが自民党を支えている!!」『くろねこの短語』2023年4月30日,http://kuronekonotango.cocolog-nifty.com/blog/2023/04/post-49186c.html

 統一地方選挙〔2023年4月23日実施〕のさなかに,神道政治連盟(全国8万社の神社を包括する神社本庁の政治団体)が「LGBTQ(性的少数者)への理解増進や選択的夫婦別氏(姓)制度の導入に反対することなどを求める公約書(政策協定書)」を各自治体の候補者に配布していたってんだが,一部のメディアを除いてまったくニュースになっていないのはなぜなんだろうね。

 ・・・てなことを我が家のドラ猫に囁いていたら,なんと「2022年7月に施行された埼玉県の『性の多様性(LGBTQ)条例』」について,審議前の自民党の意見公募に「LGBTQは何れも,精神疾患であることが明らかになりつつある」って文書を送り付けていましたとさ。

 問題は,こういう非科学的な意見を公然と世に晒す団体が,いまの日本の政治,とくに自民党に大きな影響力をもっていることなんだね。神道政治連盟の趣旨に賛同する国会議員の集まりである神道政治連盟国会議員懇談会のメンバーをみればそれは一目瞭然。

 〔とりわけ〕会長がペテン師・シンゾーだったというだけでも,どんな政治的理念のもとに結成された議連かわかろうというものだ。

 戦後,国家神道は否定されたものの,実はより強固なかたちでその理念は神道政治連盟として復活してたってことなんだね。統一教会も日本会議も同じようなもので,つまり,カルトとの親和性ってのが,いまの自民党の政治を支えているってことなのだ。

 こんな団体が裏に付いてるんだもの,LGBT法案や選択的夫婦別姓制度がいつまでたっても棚ざらしなのも,さもありなんてことだ。

 以上の『くろねこの短語』の意見のなかに出ていた『東京新聞』の昨〔2022〕年6月30日の記事が,関連する報道をしていたので,これもついでに紹介しておく。

   ★「同性愛は精神障害か依存症」自民会合で差別的文書配布
       「性的少数者の正当化は家庭と社会を壊す」★
  =『東京新聞』2022年6月30日 21時11分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/186735

 補注)この記事を引用する前に,こう書いておきたい。この記事の見出しどおりだとすると,日本史のそれも「有名な人物:偉人」のなかには「精神障害か依存症」だった者がワンサと含まれていたハメになる。

 --自民党の国会議員による議員懇談会の会合で「同性愛は後天的な精神の障害,または依存症」など,LGBTら性的マイノリティーに対して差別的な内容の文書が配布されていたことが〔2022年6月〕30日,関係者への取材で分かった。性的少数者の支援団体からは「ヘイトスピーチに当たり,許されない」と憤りの声が上がった。

 関係者によると,文書が配られたのは〔2022年〕6月に開かれた「神道政治連盟国会議員懇談会」の会合。

 「LGBTはさまざまな面で葛藤をもっていることが多く,それが悩みとなり自殺につながることが考えられる」

 補注)「さまざまな面で葛藤をもっている」人は,なにもとくべつにLBGTQの人びとだけの問題にあらず,である。そうであるのに,こちら側のその面だけを特筆大書するごとき意見であった。

〔記事に戻る→〕 「性的少数者の性的ライフスタイルが正当化されるべきでないのは,家庭と社会を崩壊させる社会問題となるから」などと記されていた。文書は大学関係者の講演をまとめたものとみられる。

 以下しばらく補注)「性的少数者の性的ライフスタイルが正当化されるべきでない」という発想方式じたいが,そもそも反人類的かつ非人間的な思考回路をグルグル回しているに過ぎない。

 この「性的少数者の性的ライフスタイル」を「正当化」しないという立場・イデオロギーじたいが,どだいトンチンカンな人間理解,もちろん心理学的・生理学的・精神分析学的に完全なる無知蒙昧に根を生やした妄説のたぐいであった。

 LBGTQの人びとの気持ちはすでに誰もが接することができ,教えてもらえる時代になっているが,彼ら・彼女ら自身が生まれたときからその性向を自然にもっている(もっていた)というのに,これを誰が否定できるというのか?

 たとえていう。「白と黒」の間の「灰色」には白に近い明度のものも,また黒に近いそれもある。当然,その中間,あるいは,ちょうどその真ん真ん中だという明度のものもある。

 LGBTQの人たちの精神的な感性は,男の性と女の性を「精神面での性差」を物差しにして判断することにしてら,彼ら・彼女らのこのLBGTQの意識構造とその機能のありようは理解しやすくなるはずである。

 生まれつきもっている人間個人の精神的資質は,他者の誰であっても恣意的に否定などできない。ほかの人たちと同様にその実在が認められて当然である。

〔記事に戻る→〕 性的少数者の支援団体「fair」代表理事の松岡宗嗣さん(27歳)は「明らかに非科学的で差別的。そのような文書が与党の会合で配られることじたいがもっとも問題だ」と指摘。

 性の多様性について世の中の感覚は大きく変わっている。性や家族の在り方は子育てや教育,福祉など全ての政策にかかわ関わる。特定の考えに固執すべきではない」と話している。(共同〔通信配信記事〕)
 

 ※-5 LBGTQ「理解の後進国:ニッポン」には,自国の伝統にとっても不可欠であった「性的区分の非絶対性=相対性」を認めない「頑迷固陋の政治屋たち」がウヨウヨ居る

 つぎに,野中大樹・東洋経済記者「神政連がLGBTQを『精神疾患』と条例反対呼びかけ『神政連の意図ではない』とした過去の回答と矛盾」『東洋経済 ONLINE』2023/04/29 5:40,https://toyokeizai.net/articles/-/669659 という記事を紹介してみたい。

 この記述を引照する前にいっておこう。「日本の政治」における宗教的な問題,つまり統一教会や創価学会などの問題と同時に,いつまでもLBGTQの人びとの存在をまともに認知できない人びとがいる事実は,この国ニッポンをますます後進的で非近代的な疾患を有する国だと,海外の先進的な諸国からは軽蔑のまなざしでみられている。

 --2022年7月に施行された埼玉県の「性の多様性(LGBTQ)条例」について,県議会での審議を前に自民党埼玉県連が意見募集をしたさい,埼玉県神社庁の関連団体・神道政治連盟埼玉県本部が下部団体に反対意見を投稿するよう呼びかけ,「LGBTQは何れも,精神疾患であることが明らかになりつつある」などと記した文書を送付していたことが分かった。

 LGBTQを疾患とみなす考え方は現在の精神医療では否定されており,科学的に誤った情報をもとに,投稿を促していたことになる。さらにLGBTQ当事者への無用な偏見や差別を助長しかねない内容で,神社関係者からも批判が出ている。

 ▲ 科学的に誤った説明 ▲
 その文書は,神道政治連盟埼玉県本部によって,2022年4月に県内各支部に送られた。

 「埼玉県 性の多様性に係る理解増進に関する条例(仮称)の骨子案 問題点・疑問点(事務局作成)」とのタイトルが付けられている。自民党埼玉県連が作成したLGBTQ条例の骨子案に対する,神政連埼玉県本部の見解を示したものだ。

 文書では,同性愛や両性愛について「生まれつき同性愛・両性愛である人はいなく,環境要因にもとづくことが明らかになっている」と記載。

 補注)ここではいうまでもないが,この記載は完全なる間違い。こういった意見・解釈を抱く人たちあっても,自分の子どもが同性・両性の愛情を有する「人類・人間」として生まれる可能性が,絶対にないとはいえない。実に愚かな見解を披瀝していた。

〔記事に戻る→〕 LGBTQについては「幼少期での虐待,性的虐待,家庭内暴力,両親の不仲,親の薬物依存,アルコール依存,思春期での同性愛行為など環境要因による精神疾患(統合失調症や双極性障害等)であることが明らかになりつつある」「行動療法や宗教などで『治癒』する」などと,科学的に誤った説明がされている。

 神政連の中央本部は2022年6月にもLGBTQの認識をめぐって大きな批判を招いた。同性愛を「精神の障害,または依存症」と記した冊子を国会議員に配布したのだ。(詳細は神社庁が統一地方選候補に送りつけた「公約書」)。当時,神政連は東洋経済の取材に,冊子は大学教授の講演録を掲載しただけであり「神政連の意図にもとづくものではない」と回答していた。

 ▼ 神道政治連盟が作成した冊子には
     LBGTQへの差別的な言葉が並ぶ▼
 
文書の発信は神政連埼玉県本部になっているが,関係者によると「実際に文案を作成したのは神政連中央本部の幹部」だという。

 東洋経済はあらためて神政連中央本部に「2022年の取材時には,『LGBTQを精神の障害や依存症とする意図は神政連にはない』と回答していたが,今回の文書を読むかぎり,神政連も精神の障害であると認識しているのではないか」と質問した。しかし「回答は致しかねる」という返答だった。

 文書を受けとった埼玉県内の神職は,「かつて神政連はマスコミからの非難をかわすため『冊子の論考の内容は神政連の見解ではない』などと弁解していた。しかし,文面を読むと真っ赤なうそだったことがわかる」と語る。

 ★ LGBTQ当事者の神社関係者もあきれる ★
 当たりまえすぎることだが,神職や神社関係者,あるいはその家族にもLGBTQの当事者はいる。LGBTQ当事者である神社関係者は,文書を読んであきれかえったという。そしてこう話した。

 「神政連は,『神道にはLGBTQを差別する考えはない』と公式には述べている。神政連は,明治以降の家父長的な家族形態を勝手に『日本の伝統』だと思いこみ,明治の価値観にそぐわないLGBTQや姓名の多様なあり方をないものとして扱おうとしている。伝統であれば差別が許されるわけではないし,ましてや,いつの時代にもあったはずの多様性を無視した偏向的な伝統観にこだわって,差別を扇動するなどあってはならない」

 補注)前段で触れたように「LBGTQの人びとの日本なりの存在史」は,その偏見・差別がいかにトチ狂っているかを反証していた。以上のごとき「歴史性と論理性」に関してとなると,ハナから支離滅裂な「反・LBGTQ」論が跳梁跋扈するようなニッポンである。

〔記事に戻る→〕 LGBTQは個人の政治信条や価値観,宗教観によって,受け止め方がさまざまに違う。さらに当事者の権利擁護について法律や条例が必要かどうか,「賛成・反対」どちらの立場もありうる。

 しかし科学的に誤った内容をもとに「精神疾患」だと決めつけ,条例反対の投稿を呼びかけるのは全国8万社の神社を包括する宗教法人の関連団体として適切なのかどうか。

 折しも国会では,神政連と関係が深い自民党が「LGBT理解増進法案」の議論を本格化させている。2021年に実施された衆議院選挙の際,200人以上が神政連から推薦を受けているなか,はたして法案成立にこぎつけられるのか。(記事,引用終わり)

 最近の日本政治は,岸田文雄政権が「数の論理」でもって,好き勝手な内政を展開中である。しかもこの岸田文雄という首相は「世襲3代目の政治屋」としてだが,いったいなにを考えて自分の政権を率いているのかさっぱり要領をえない,というふうにしか国民たちへの印象を与えていない。

 本日,2023年5月1日『毎日新聞』朝刊2面「風知章」がつぎのように岸田文雄政権を形容していた。

岸田文雄政権のユーレイぶり

 しかし,冒頭に紹介したように体制寄りの新聞社の世論調査であるが,『日本経済新聞』の4月世論調査では内閣支持率52%である。すでに指摘したように,こうなると有権者側の基本姿勢が根源から問われているといえなくはない。

 大日本国憲法(明治憲法)にはつぎのような「オカルト的な条文」が書かれていたが,統一教会の守護者であった安倍晋三君が「戦後レジームからの脱却」を強調していたのは,この100年以上も昔に返りたかったからなのか?

その昔の憲法を「現代語訳」で引用する。引用者の補注も添えておく。

 第1条 大日本帝国は,万世一系の天皇が統治する。
  補注)万世一系となれば話は空想かつ創造になる大昔話である。

 第2条 皇位は,皇室典範の定めるところにより,皇男子孫が継承する。
  補注)男系天皇しか認めないのは男尊女卑の最たる見本の家・家族観。LBGTQの人びとに対して「生産性がない(人間の再生産問題についていうことば)」という無根拠の非難があったが,これは彼らであっても子育てをしている者たちが大勢いる事実をしりもしないで,そう決めつけていた。

 第3条 天皇は,神聖であって,侵してはならない。
  補注)いまもなお「天皇は神聖で侵してはいけない」存在である要素が強く残っていなくはない事実も確か。

 第4条 天皇は,国の元首であって,統治権を総攬し,この憲法の条規により,これを行使する。
  補注)象徴としての元首がときにその条規に反した行動に走った記録がないわけではない。とくに敗戦後史において天皇裕仁氏はそうした悪例をみずから残した。

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