見出し画像

私たちの細菌毒素研究の歴史(4)

前回の記事はこちら↓


複雑な毒素タンパク質複合体はどのように形成されるのか

前回までの記事では、下の図に示したようにボツリヌス毒素複合体が神経毒素を含めて5つの遺伝子産物によって構成されていること、そして、複合体の構成成分に翻訳後修飾によって分子内切断が生じていることを解説しました。

2つの毒素複合体とその構成成分
ボツリヌス毒素複合体は、5つの遺伝子から合成される遺伝子産物の会合によって形成される。さらに、遺伝子産物は翻訳後に分子内の特定の部位で切断されていることが明らかとなった。L-PTCとM-PTCの2種類の複合体が存在しており、M-PTC分子内のNTNHAサブユニットにはL-PTCのそれには存在しない分子内切断が生じていた。

 毒素複合体は、5つの遺伝子産物の結合によって形成されており、さらに、そのいくつかのタンパク質は、分子内切断を生じているため、少なくとも7種のポリペプチドを含む非常に複雑な複合体であることが明らかになりました。そこで、私たちの研究室では、2000年ごろから、この複雑な複合体がどのように形成されるのかを明らかにする研究を開始しました。

まずは複合体をバラバラにしてみる

私たちは、まず、複合体構成成分のそれぞれを分離精製することを試みました。神経毒素の重鎖と軽鎖はそれぞれジスルフィド結合によって連結されていますが、それ以外のポリペプチド同士は非共有結合によって連結されています。そこで、それぞれのタンパク質を塩酸グアニジン(6M)や尿素(8M)などの変性剤を用いて非共有結合を解離させ、ゲル濾過やイオン交換クロマトグラフィーを用いてそれぞれのポリペプチドを分離することに成功しました。
 ボツリヌス毒素複合体のうち、神経毒素以外のタンパク質の複合体は血球凝集活性を有することが知られています。そこで、変性剤の存在下で分離したタンパク質(NTNHA、HA-55、HA-33、HA-22~23、HA-17)を混合し、変性剤を除去して再構成を試みましたが、元となった複合体の血球凝集活性よりも低い活性しか示さなかったことから、残念ながら再構成には至りませんでした。すなわち、本来の立体構造を持つタンパク質の分離ができなかった可能性が高いことが示されました。


部分的な複合体の再構成に成功

2001年、私たちは、ボツリヌスC型菌6814株が産生する毒素複合体L-PTCの構成成分のうち、HA-70遺伝子産物は、その分子内に切断のないものが混在していることを見つけ出しました。

C型菌6814株が産生するL-PTC構成成分
多くのC型菌が産生するL-PTCの構成成分のうち、HA-70には分子内切断が見出されていたが、C型菌6814株のL-PTCの一部にはHA-70に分子内切断のないものが混在していることを見出した。


 さらに私たちは、変性剤である塩酸グアニジンの濃度を4Mに下げることで、マイルドな条件下で、タンパク質を変性させました。その結果、HA-70とHA-70分子の一部であるHA-55、さらにHA-33とHA-17の複合体(HA-33/HA-17)をそれぞれ分離することに成功しました。
 分離したHA-33/HA-17をHA-70あるいはHA-55溶液中の塩酸グアニジンを除去し、それぞれを混合したところ、血球凝集活性が元のL-PTCと同程度に回復したことから、分離されたHA-33/HA-17とHA-70やHA-55は本来の立体構造を保持した状態での単離に成功しました。

L -PTCからHAタンパク質を分離後、HA複合体の再構成に成功した
C型菌6814株が産生するL-PTCからHA-70、HA-55、HA-33/HA-17の分離精製に成功した。さらにHA-70/HA-17/HA-33およびHA-55/HA-17/HA-33をそれぞれ混合することで、血球凝集活性(HA活性)を有する複合体の再構成に成功した。

複雑な毒素複合体の形成機構の解明の研究はさらに続きます。

(続きます)