国際生物学オリンピックの実験試験ってどんなもの?

※この記事には筆者の偏見と主観が多分に含まれます。
国際生物学オリンピックの概要に関しては後日更新します。
理論試験の概要は こちら から


国際生物学オリンピックの試験について

国際生物学オリンピック(IBO)とは、中高生への生物学教育の金字塔です。
参加者の実力を正確に結果へと反映するため、試験形式にはいくつかの工夫があります。

①客観式試験
 言語の差を排するため、記述なしで評価できる試験を行います。
②T/F・数値記入が主
 択一式(「1つ選べ」)の問題は消去法で解けるので不適当です。
 数値を選択肢から選ぶ問題も、概算で解けるのでやや不適当といえます。
③知識問題は避ける
 単純な知識は本質的ではなく、各国の文化によっても差が出ます。
④引っかけを減らす
 例えば「不適切なものを選べ」問題は、実力よりも注意力が問われるため不適当です。
⑤文章量を減らす
 翻訳負担を軽減するため、データの図表化などが適宜推奨されます。
⑥問題数を調整する
 問題数が多いと分散が小さくなる一方、多すぎると実力よりも処理能力が問われるため、試験には最適な問題量が存在します。
 実験試験においては、3分クッキング方式などを行います。

ただし、感染症流行や急な開催地変更など、特殊な内情がある場合は上の条件が十分に守られない大会もあります(特に③~⑥)。
大会によっては告知の上で形式をぶらす場合があるため、各HPには十分注意を払った上、本番に何が登場しても面喰らわないようにしましょう。私の年は実験順序が事前に告知されたどの順とも異なりました。

実験試験の形式

試験時間:90~120分 ×4
試験内容:標準的なものでは、
・計画
・手技
・分析
 の3パート構成からなる実験(1個以上)。
 計画パートと分析パートは理論試験と同様に対策できます。

※IBO Operational Guidelines V.4に実験手法のリストが掲載されています。大いに参考になりますが、実情とは異なる部分もあるらしいです。

分野について

実験試験で頻出の分野は以下の通りです。

生化学

生体内物質の抽出、吸光度による濃度測定、酵素反応速度論など。
計画段階ではmol計算、手技段階では正確なマイクロピペット操作、分析段階では検量線と酵素反応速度論の課題を行うのが典型。

細胞生物学

核酸が絡むバイオテクノロジー問題。とりあえず電気泳動。
細胞の形態をスケッチすることや、培地を使うこともある。
たまにクロマトグラフィーが出る気が…(植物でもたまに出る)。

動物学

いわゆる解剖試験。筆者は経験がないのであまり語れません。
解剖対象に関する倫理的基準は年々厳しくなっているとか。

植物学

いわゆる解剖試験2。組織切片を作ったり種を同定したりする。
クロマトグラフィーを行うこともあるとか。

バイオインフォマティクス

手技に相当するのがPC上でのツール操作なので上4つより理論パートの比重や難易度が高めだが、本質的には標準形式と相同。
近年含まれるようになったため、IBOのガイドラインには未反映。

この他にも、生態学・行動学などが出題される場合があります。
出題内容はその年の大会HPに掲載されています。答えが返ってくる保証はないにせよ、代表候補や代表の合宿で運営委員の先生に聞くことも可能です。
また、本選や代表候補への冬季合宿で扱う内容は翌年のIBO実験試験の範囲を反映していることが多い気がします(実際に調べたわけではないですが)。
国際大会の準備にあたっては、出題される実験試験の周辺分野を重点的に対策するのが望ましいかと思います。

分野別の対策法・注意点

全体

・機会の不足は工夫で補いましょう。
実験技術の向上には場数が大事ですが、実験機会が用意できる高校は多くありません。また、実験試験自体を行う機会も少ないです。
国際大会レベルで見ても、日本勢は実験試験で引けを取る傾向があります。
かくいう私も当初は実験が苦手、かつ分子生物学・生化学の実験は全くの未経験でした。そこで自分が採った対策は以下の2つです。

①実験試験時のワークフローを決める練習
②ワークフローを構成する各動作を脳死で行う練習

イメージとしては、ゲームのコマンドのようなものです。
例えば、スーパーマ○オブラザーズのステージ1-1をクリアしたいとします。
必要なのは、①死なないためにどこで何をすれば良いか判断する力と、②実際に適切なタイミングでマ○オを動かす力です。

では、これらの能力はどのように伸ばせばよいでしょうか?

例えば、「右に向かってジャンプする」という目的を実現するのに、実際には「上矢印を押した後、右矢印を一定秒数押す」という入力が必要です。ということで、①死なないために「○○秒で右矢印を押して△△秒で上矢印を…」という指令書を作る練習をやり込みます。初心者は、時間を犠牲にしてでも細かく指令を送ってみましょう(例:「○○秒で親指を右矢印の上に移動させ△△秒で押し込み××秒で親指を左矢印、人差し指を上矢印の上に…」)。
これが、実験でいう「ワークフローを決める練習」です。
ですが、マ○オでジャンプする度に「上矢印クリック右矢印長押し」と考えていたら爆速でク○ボーに殺されます(あとめっっちゃ時間がかかります)。「ジャンプ」と考えながら「上矢印クリック右矢印長押し」ができた方がワークフローが直感的で良いですね。
そこで、②「ジャンプ」(ショートカットコマンド)と「上矢印クリック右矢印長押し」を同一視できるまで動作1つ単位の練習をやり込みます。

さらに、「上矢印クリック右矢印長押し」が「ジャンプ」と対応する原理を理解した状態で②に習熟すると、同じ「ジャンプ」でも右矢印を押す時間で「大ジャンプ」と「小ジャンプ」に区別できることが分かり、それが実際に実践できるようになり、①で立てられるワークフローの幅が広がります。
また、②に習熟すると「ジャンプ」動作に何秒かかるか分かるようになり、①でジャンプとジャンプの間に最低限空けなければいけない時間が分かるので、無理なワークフローを立てることがなくなります。
ショートカットコマンドが増えるとワークフローを立てる負荷が軽減するので、その分の思考リソースは高速化やミス防止に割くことができます。「初心者時点で細かく指令を送れ」と言ったのは、ここでの思考リソース量を多めに取るためです。
こうして①と②が相乗的に成長し、1-1のステージをレコードタイムでクリアできるようになるわけです(なれ)(私はクリアできたこと自体がない)。

生物学の例に戻って考えましょう。
例えば、マイクロピペット操作の最も標準的な流れは
「チップをつける」→「溶液を吸う」→「溶液を吐出する」→「チップを捨てる」となります。
この前半段階を細分化すると、
「ピペットをチップラックの手前に持って来る」→「チップラックの蓋を開ける」→「手前のチップを垂直に差し込んで垂直に押す」→「チップのついたピペットをチップラックから取り出す」→「利き手と逆の手で蓋をする」

「利き手と逆の手で溶液を入れた容器の蓋を開ける」→「マイクロピペットのピストンを第一ストップまで雑に押し込む」→「両肘を立てて、チップの先を重力方向と垂直にしたまま溶液に数mm(吸う溶液の量で調節)だけ漬ける」→「ピストンを均一な速度で放す(特に最後の一瞬で反動をつけないようにする)」→「チップを溶液に深く差さないように溶液から離す」

(長くなりそうなので後略)
となります。(太字:本質部分)
とんでもなく大変ですね。これでも考えるべきことはいくつか省いていますし、3つ目も相当に大変です。

ところで、これに習熟するのに実際の実験台は必要でしょうか?
否。特に非本質部分の練習は、仮想的な訓練で十分です。片手で1.5mlチューブの蓋を開ける練習なら、移動中にそれこそ片手間です。
このように、実験操作を上手に分解して考えることは練習の機会を増やすことにも繋がるため、序盤は積極的に行っていきましょう。

※このやり方だと序盤で「実験が壊滅的に下手な(遅い)人」になります。

・理論面からの対策は有効です。
ワークフローを大局的に最適化するためには実験原理の理解が必要です。
また、実験内容を正しく考察するスキルは理論試験でも役に立つはずです(自分はこの読みで代表以降を実験試験対策に振りました)。
そもそも「目的に対する大局観を持ったまま解像度を上げ下げして思考リソースの最適化を図る」という実験試験に対する上記アプローチ自体、生物学の理論パートを理解するためのアプローチと相同だったりします。

・時間設定に注意しましょう。
特にミクロの実験は待ち時間が長く、時間配分を間違えると配点の高い実験が回せずに致命傷を負うことがあります。要注意。
ただし逆に、時間設定は緩いのに焦りすぎた結果やり直しの利かない実験でミスをして致命傷、というケースもあります。難しい。
手技に要する時間を削減するためには、ワークフローの手数を減らす(ショートカットキーを増やす/ワークフローを見通し良く最適化する)ことが重要です。焦って大局観を失うのは逆効果です。

・実験試験は水物です。
上手く行く時は勿論ありますが、結果の分散が大きくなりやすいので「実験試験があるから理論は苦手でも大丈夫」という考え方は危険です。
また、実験試験自体の分散を下げるにも、理論パートの習熟を勧めます。

生化学・細胞生物学

・マイクロピペット操作はミクロに共通の課題です。
シャーペンをマイクロピペットに見立てればどこでも練習できます!

・計画/分析パートは時々そのまんま理論試験に出ます。
「バイオテクノロジー」と銘打たれる内容が特に一致度高めです。
生化学パートはモル計算と酵素反応速度論を使います。化学!
希釈系列の計算演習は任意の数字の濃度計算を内職することで行いました。

・典型的な実験の詳細やトラブルシューティングはググると大量に出てきます。
標準的なワークフローから変動を加えた時の挙動は、ワークフローの原理の理解に役立ちます。また、手を抜くべき(ワークフローが粗くても良い)箇所と手を抜けない(細かくワークフローを指定する)箇所の区別がつくのも有利ポイントです。
サイトはThermoFisher社がお勧めです。

お勧め書籍→
ベーシックマスター 生化学 | Ohmsha
代表になってから国際大会までの間に読みました。酵素反応速度論に関しては参考にしましたがそれ以外は不要でした。「ライン・ウィーバープロット」でGoogle検索した方が良い、というツッコミは無しで。
生化学・分子生物学演習 第2版 - 株式会社東京化学同人 (tkd-pbl.com)
自分は解いたことがないですが、内容的にはIBOのバイオテクノロジー理論問題にドンピシャかなと思います。真面目に取り組むとややオーバーワークになりそうなので、JBOや使用問題集のバイオテクノロジー問題を解き切っても実力が顕著に不足している場合のみお勧めします。

動物学・植物学

・スケッチの練習はどこでもできます。
スケッチで直線や曲線を引く練習、対象を正確に写し取る練習、書き直しをしない練習など。私は授業中に自分の手や文房具をスケッチしていました。

・解剖の練習もどこでもできます。
これにはピンセット(と双眼実体顕微鏡)が必要ですが、私は手頃な虫や小型の花を生物学的に意味のある部位ごとにバラして遊んでいました。
双眼実体顕微鏡が手近にある方は、素早く両目間の距離や視度調節環を調節できるように練習すると良いでしょう。

お勧め書籍→
ぜんぶわかる人体解剖図|成美堂出版 (seibidoshuppan.co.jp)
やれ、と言うかはかなり怪しいところですが…。各ボディプランの生物に関してこういった図鑑が読めていると良いよね、という例示です。
基本的に各生物の解剖学はキャンベルやスクエア最新図説生物で十分だと思っていますが、良い一般書があれば教えてください。

バイオインフォマティクス

・PCの利用には慣れておきましょう。
ショートカットキーの知識やタイピング速度で差をつけられるのは勿体ないです。逆に、あらゆるPC利用局面でショートカットを突けるだけで大きなアドバンテージになります。

・各種データベース・サイトは見ておきましょう。
PDB、Blast、Clustalwなど。国際大会ではオリジナルデータベースを使うことが多いですが、FASTA形式などの本質部分は同じです。

・書籍の目次を見ましょう。
バイオインフォマティクスは高校範囲にない分野なので、何が典型題か分からない問題が生じます(代表以降はかなり手厚い指導を得られるので大丈夫な気もしますが)。そのため書籍の利用が特に有効な分野となりますが、コスパが悪いので時間に余裕がない方は目次で概観を攫うだけでもしましょう(目次を読んで分からなかった単語をググるだけでも多分結構有効です)。
一応、以下に自分が出会った典型的な内容を示します。

-系統樹を書く
相同配列取得→マルチプルアラインメント→距離行列法による描画→考察
-プライマーを設計する
機能面からの目的領域決定→Km確認→塩基対数決定→(RT-)PCR→解析
-プラズミドを設計する
機能面からの目的領域決定→制限酵素決定→電気泳動→結果予測・解析

他にも、以下のようなものが考えられると思います。見たことないけど。

-シングルセル解析を行う
-ChiP-Seqを行う
-Gene Annotationを行う
-SNP解析を行う
-アリル頻度から選択圧を予測する

などなど…。何が出そうかは先生に聞いたり以下の本を読んで知ったりしてください(書籍では技術単位の知識を得られることが多いですが、その技術がどんな研究に利用可能かも同時に考えましょう)。

お勧め書籍→
慶應義塾大学出版会 | バイオインフォマティクス入門 第2版 | 日本バイオインフォマティクス学会 (keio-up.co.jp)
高2の秋に1周して、ついでに資格を取りました。内容は若干偏っていますが、IBOに出ないパートは大学に入ってから役立つのでお勧めです。
進化で読み解く バイオインフォマティクス入門|森北出版株式会社 (morikita.co.jp)
IBOの大会期間中に先生に貸して頂いたものを行きの飛行機の中で読みました。難度は高めでしたが、飛行機の中だけで理解できた部分はけっこう試験に出ました。

代表になると特別教育でバイオインフォマティクスを教わることが多いですが、内容が専門的なので書籍はこの前までに1冊読んでおくのが理想です。

その他

・基礎的な統計手法に慣れましょう。
代表候補時、統計学の初学には「改訂増補版:統計検定を理解せずに使っている人のために」シリーズを勧められました。3部作で、丁度プラットフォームが3種類見つかったので以下に載せておきます。載せ方がキショい
Kagaku to Seibutsu 57(8): 492-502 (2019) (jst.go.jp)
改訂増補版:統計検定を理解せずに使っている人のためにII (jst.go.jp)
改訂増補版:統計検定を理解せずに使っている人のためにIII (jsbba.or.jp)

上の内容はお気持ち理解に大事ですが、真面目に追うとIBOには過剰なので、詳細の理解は以下の内容が実装できる程度で十分だと思います。

①統計学では、標本集団から母集団を予測する
→母集団が正規分布なら、標本集団の平均を母集団の平均とみなす
→母集団が正規分布なら、標本集団の不偏分散を母分散とみなす
②統計学では、標本集団の違いが母集団の違いに由来するか予測する
(統計学用語だと「群間で有意差があるか予測する」)
→母集団が正規分布で等分散なら、t検定で(標準誤差から)予測する
→母集団が離散で割合データなら、χ²検定で予測する

間違いがあったらごめんなさい。
この他に、回帰曲線のことが分かっていると良いです。

統計学に関してはネット上にも良い初学題材が溢れているので積極的に活用しましょう。標本集団と母集団を区別しながら自分が何を目的に何を見てどう解析しているのか考えつつ実験を読む癖をつけることが肝心です。

情報源まとめ

・国際生物学オリンピックWebサイト(過去問)
 →Past IBOs (ibo-info.org)
「Results」欄から各国代表の成績と得点が確認可能
「Papers」欄から過去問(英語)が確認可能

・国際生物学オリンピックWebサイト(大会規定)
 →IBO rules & guidelines (ibo-info.org)
「IBO Operational Guidelines v.4」から大会規定が確認可能
(P.10…理論試験規定 P.16~18…実験試験規定)
「Designing a reliable IBO Theory」はIBO理論の裏事情研究に有効
(ただし諸々の資料は発行年度に注意)

・過去問翻訳に有用なWebサイト
 →Google 翻訳DeepL翻訳:高精度な翻訳ツール
DeepLも良いが、PDF翻訳は無料アカウントだと制限あり
Google翻訳は無制限でPDF→PDF変換が可能らしい

※JBOウェブサイト上の記述式問題は、現在の代表選抜試験では出題なし 

(参考)国内大会では

JBO本選の実験試験は例年IBOと同等以上の時間・難度で出題されます。
最大の差は、記述式の考察問題があることです。配点の比重と実験難度の高さが相まって、実質的にこの考察(≒高校生物)が勝負を分けることになります(IBOではJBOより手技の配点が大きくなるのでこの話は成り立ちません)。
また、国内大会の方が受験者の平均点が大幅に低いことも特徴です。

従って、本選の実験試験対策には国際大会の実験試験対策と予選対策(高校生物)の組み合わせで十分です。高校生物の本質的な理解に取り組みつつ、上に述べた実験試験対策をしましょう。
国際大会を目指せる位置にいる方は、(試験難度にもよりますが)6~8割を目標点とすればこの上ない予行演習ができるはずです。

最後に

実験試験は水物です(2回目)。
いくら対策しても、大会本番で実験試験のミス/予想外の出題が大幅な失点を招くことはあります。特に国際大会は実験条件がイレギュラーになりやすいため、ミスは100%起こると思ってください。
肝心なのは、ミスと失点の相関を下げること、動揺を引きずらないこと、最終的な大会結果が悪くても落ち込まないこと(試験なんて極論運ゲーです)、どうしても結果を残したいなら目標の1ランク上を目指すことです。

皆様が悔いの少ないJBO/IBOライフを過ごせることを心から祈っています!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?