キラキラ沼その後
今あたらしいビーズデコールに取りかかっている。
この季節は新人ナースが配属されてきたり、季節がら不安定となる患者さんが多かったり、ベテランナース達も花粉症でボーっとしていたりと、まあとにかく忙しい。
私もそこそこ忙しくしつつ、とにかく気になって気になって仕方ない。
ビーズのことが。
もちろん患者さんが大切なのは言う間でもない。
看護に関しては手は抜いていないつもりだ。
しかし白衣を脱いだら一刻も早く帰ってビーズの続きがやりたい!!
ところが守衛のオジサンに見つからないようにすればするほど「よう!かをちゃんよう!」と呼び止められて結局は長話につかまる。
なんと優秀な守衛さんだろう。
この調子なら不審者は絶対に見逃さないはずだ。
WBCや芸能人の結婚の話題、職員の噂話などで盛り上がりながらも頭の中はビーズのことでいっぱいである。
守衛のオジサンの黒目がちな瞳がだんだんビーズに見えてくる。
何故こんなにビーズのことが気がかりかと言うと、今回のビーズデコールでは初めてのチャレンジをしているからだ。
テグスでパーツを作っちゃって~。
このパーツは比較的かんたんに作ることが出来た。
と言っても、私の手にはギランバレー症候群の後遺症による感覚障害および運動障害があるため時間は相当かかっている。
問題はコレだ。
説明のイラストを穴がブチ開くまで眺めても全く理解できない。
イラストは非常に分かりやすい工夫がされている。
これは私のオツムの問題だ。
何度も何度もテグスから滑り落ちるビーズとパール。
拾う→ビーズをテグスに通す→編みこむ→ビーズをテグスに通す→テグスからビーズ落ちる→拾う→別のビーズ落ちる→探す→探す→探す探す探す探す探す探す探す探す……
いったい私は何を探しているんだっけ。
今まで失ってきた大事な何か。
大切な何かをどこかに置いてきてしまった。
もう見つけることの出来ない何か…
…………。
いやいやいやビーズだわ!!!
おお、あったあった。
つかもうとする→滑る→つかもうとする→滑る→つかもうとす………
もう勝手にしなさい!!!
お母さんもう怒ったよ。
お母さんはもう知らないからアンタの好きにしなさい。
その代わりこれからはもう自分の責任だよ。
わかったね?
ビーズにそう告げると私は立ち上がり、そっと部屋を後にした。
……いや、してないな。
話が変わってきてしまった。
本来ちまちま好きの私だ。
ちゃんと根気よく作っている。
手のかかる子ほど可愛い。
(私と同じだ。)
しかし安心するのはまだ早い。
これをあと5個つくらねばならない。
つまり私は最低でもあと5回はお母さん化しなければならないのだ。
(する必要もないのだが)
お料理番組のように
「そして、これを5個つくったものがコチラになりまーす。」
となればどれだけ良いだろう。
お料理番組でもない、エプロン姿のアシスタントもいない、そんなビーズ沼では時にお母さん化しながら自力で作る他ない。
キラキラ光るビーズ沼はとても美しく孤独な沼だ。
居心地は悪くない。
沼から這い出る気も全くない。
今宵もキラキラ光る静かな沼の深い深い底でビーズをひと粒ひと粒つむいでゆく。
優秀な守衛さんのかわし方を頭の片隅で考えながら。