毒親予防
普段の妊娠出産の話からそれてしまう。本記事は自己紹介で書いた抱負とは少し趣旨がずれる。
毒親を避ける話ではなく、自らが毒親にならないための話である。
背景
実の両親のことを書こうと思えばキリがないくらいたくさんの不快なエピソードがあるが、書くつもりはない。毒親という言葉に不快感を持つ人もいるだろうし、そういった人達には私の実の両親の話は刺激が強すぎると思う。そもそも親を悪く言うと大概悪い印象を持たれると考えているので親の話を人にする機会は少なく、親の話をするのは慣れない。似た境遇の人はたくさんいると思う。
私は小学生くらいのときから両親を悪い親だと認識していた。奴らは私の人生の様々な障害になったが、なんとかかわしながら無事にまともに自立することができた。
私は息子を死産するまで、我慢しながら奴らの相手をして、この先もずっとその関係が続くと思っていたが、親を見離す決断は案外簡単にできた。
自分1人の我慢は耐えられるが、自分の家族が毒親から被害を受けることは私にとって許されないことだったからだ。息子が死産という被害を受けてしまったからには、毒親の排除は真っ先にやるべきことだった。毒親持ちかつ子持ちの人は毒親をさっさと見離したほうが子供のためになるし、自分自身がかなり気楽になるのでおすすめしたい。
少し話が逸れてしまった。
毒親を見離してストレスが大幅に減った毒親持ちとして、自分自身が毒親にならないために現段階で考えられることを書きたい。似た境遇の人と考えを共有できたら嬉しい。
毒親育ちが親になるのはリスクか
あくまで私の想像だが、自分の親が毒である人のほとんどは、自分も毒親になってしまうのではないか、と恐れたことがあると思う。私ももちろん恐れたことがあるし、親になった今も少し恐れている。
ただ少し考えてほしい。
自分の親が毒だと認識している人は、今の自分はある程度まともな人間だと思っていると思う。そうでなかったら親を毒だと評価できないのではないか。
毒親に育てられてもまともな人になれたことは凄いことだと思う。もし本当に自分がまともであれば、自分が毒親になってしまったとしても子供は大丈夫。自分の子供なのだから親に左右されず立派に育つと信じてあげるくらいの度量を持ちたい。もちろん私の親のように子供から見捨てられるかもしれないが。
また、自分の親のどこが悪かったか分析できているだろうか。まともな自分がまともに分析できている場合、それほど心配することはあるのだろうか。自分が同じことをしないよう努力をすれば良い。
悪い方と比べるのはあまり良くないかもしれないが、毒親育ちであるのにそのことに気付いていない人よりも毒親育ちを認識している人の方が毒親になりにくいだろう。また、良い親に育てられた子供も、毒親を知らないせいで知らず知らずのうちに毒親に類する言動をしてしまうこともあるだろう。むしろ、毒親を知っている分、毒親持ちの方が毒親になりづらいということもあるかもしれない。
かく言う私の場合、自分は一人っ子だったから一人っ子の親が毒であるケースは知っているが、複数の子供がいる毒親がどのようであるかはわからない。2人目が産まれたときの方が、自分が毒親になることをますます恐れてしまいそうだ。
毒親になる可能性の違いは多少あるかもしれないが、誰にでも毒親になるリスクはある。自分は毒親に育てられたからと言って自分も毒親になってしまうとくよくよ考える必要はないだろう。
親子関係の4ケース
前項で毒親育ちであることに気づかない人及び良い親に育てられた人と比較した。これらを含む、良い親か否か、子供がまともか否かで4ケースの親子の組み合わせが考えられる。それぞれについて考えてみた。
なお、"毒親" と "まとも" の定義はしない。人それぞれで考え方は違うだろうし、詳しく考えるのが面倒なので(詳しく考えると実の両親のゴミ言動を思い出して怒りが込み上げてくるので)、私の独断と偏見である。
①毒親でない親にまともな子供
文句なしに1番幸せ。良い親に育てられて、親に感謝できる子供であれば申し分ない。互いを尊重し合い、子供側が親を大好きだったり、親を尊敬しているパターンは本当にすごいと思う。私の周囲にもそこそこいる。
②毒親でない親にまともでない子供
親が貧乏くじで、親子共々不幸。親以外の周囲に影響されることでまともでない子供ができあがる場合がこの条件に当てはまるのだろうか。親がある程度管理できていれば、それほど発生しないケースだと思うので、ゼロ集合に近いだろう。私の周囲にこの条件に合致する親子はいない。
私が知っている中に、親は立派なのに息子が凶悪事件を起こしたケースがあるが、仕事は立派でもまともに親をできていなかったのだろうと思う。この場合は②に当てはまらないだろう。
③毒親にまともな子供
子供が疲弊する。立場上、親が子供を管理できても、子供は親を管理できないために発生すると思う。まともな子供は親以外の周囲の影響でまともになることができたのだと思う。
最近子供側が世間に主張するようになったので、結構な数の親子がいるのだろう。私の周囲にも親が毒であることを明かしているまともな人はそこそこいる。
④毒親にまともでない子供
なるべくしてなった姿。互いが毒親であることとまともでないことを認識できていなければ、実は幸せなのかもしれない。私が今まで見てきた中で、この条件に当てはまりそうな親子が数組いるのが怖い。親にくっついて依存し続け、自立できない子供の姿は憐れである。
また、まともでない子供でも自分の親のことを毒親だと認識しているケースはあると思う。ただ、まともでない子供を育て、その子供に毒親と認識される時点で親は毒である。②ではなく④に該当する。
勝手なことを言う人達
親を悪く言うなんてけしからん、と言う人は③の親側もしくは④なのだろう。親は親であるだけで偉いと思っていそうだ。もしかしたら、③の子供側でも、自分が我慢したのだから人にも同じように我慢するよう強要する人もいるかもしれない。また、毒親育ちは毒親になるから子供を持たない方がいいのではないか、と言う人も似たようなものだろう。そう言う人には根拠を聞いてみると良い。とやかく言われても自分の経験よりも信じられるものはないので、まともに取り合う必要はない。そんなことを言う奴は他人のことを想像できない頭お花畑人間である。
ちなみに、私が毒親の悩みを話す相手は①に該当すると思われる人が多いが、彼らに私の考えを否定されたことはない。わざわざ毒親の存在を否定する人は①に該当しないと個人的に考えている。
毒親にならないために
毒親にならないために、私は良い親であり続けることを意識したい。まともな子供になってもらうために子供に努力をさせるのであれば、自分も良い親になるために努力をしなければ釣り合わないと思う。娘がまだ小さく、具体的なことはまだわからないけれど、良い親であり続けることを個人的な最低限のルールとしている。
ちなみに、私の実の両親は自分達を良い親だと思い込んでいるような言動をする。私からの激しい抵抗にあったために全てが思い通りではなかったものの、結果的に私が立派に育ったと自信ありげだ。親の言うとおりに動いていたら私は今頃自立できていないか、この世にいないだろう。両親自身が周囲から良く見られていれば良くて、家でも外でも私の人格否定をし、特に父は何のためにもならない自己満足な話を延々と聞かせてきた。周囲の目が気になるために良い教育を外で受けさせてもらえたのは救いだったが、両親により私は卑屈な捻くれ者に育った。優秀と人から評価される自分の子供を馬鹿にし続け、子供の言うことは聞かないのに自分の言うことを聞かせて優越感に浸り、両親は楽しそうだった。口癖は「親に向かってその口の利き方はなんだ」と「お前のためだから」である。私のために何を考えて数ある害悪言動をすることになったのか今思い返しても全くわからない。こんな感じなので、良い親であろうと努力している両親の姿を私は見たことがない。
夫が私の両親と話したことで、夫は夫の両親が良い親であると気付いたそうだ。夫の両親は夫に嫌われたくないため、良い親であろうと努力をしているらしい。夫は私の両親に良い親であろうとする意思を全く感じず、さらに、世の中にはここまで頭が悪い人間がいるのだな、と思ったそうだ。親が努力をするという概念がなかった私はその話を聞いて目から鱗だった。
娘が産まれて、私も娘に嫌われず、娘から良い親だと思われ続けたいと思った。
最後に
以上が現段階で自分が毒親にならない自信を得るために楽観的に考えていること及び毒親にならないための決意表明である。
娘と言葉でコミュニケーションを取れるようになったら他の考えが追加されるかもしれないが、上記が基本的な考えであることは変わらないだろう。
自分の親が毒親であることによって子供を持つかどうか悩んでいる人に参考にしてもらえると嬉しい。悩むことで貴重な時間をこれ以上毒親から奪われる必要はない。
<おまけ>
関西人の夫は夫のお母さんの面白いエピソードをよく話す。お母さんのことが大好きなのかと思ったらそうではないらしい。
先日某テレビ番組でも言われていたが、大阪の人は大概、鉄板のオカンネタを持っているらしい(夫は大阪出身ではない関西人だが)。オカンネタを披露するのは常識で、夫が言うには、ミルクボーイは関西人の日常会話をしているだけであれだけ面白いというのがすごいのだそうだ。
関西には毒なお母さんが存在しないのか、毒でも人に話せるような面白いエピソードがある人ばかりなのだろうか。
両親が毒、かつ、つまらない人間なので私には理解できない。
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