俳句を読む 2 津根元 潮  秋高しなみだ湧くまで叱りおり

 秋高しなみだ湧くまで叱りおり   津根元 潮


感情とは不思議なものです。自分のものでありながら、時として自己の制御の及ばないところへ行ってしまいます。この句を読んで誰しもが思うのが、何があったのだろう、何をいったい叱っているのだろうということです。「秋高し」と、いきなり空の方へ読者の視線を向けさせて、一転、その視線が地上へ降りてきて、人が人を叱っている場面に転換します。高い空をいただいた外での出来事であったのか、あるいは大きく窓を開けた室内のことであったのか。どちらにしても叱責の声はそのまま空へ響いています。「まで」という語が示すとおり、いきなり怒鳴りつけたのではなく、切々と説いていた感情が、徐々に自己の中でせりあがり、ある地点を越えたところで、涙とともに堰を切ってしまったようです。ひらがなで書かれた「なみだ」が、怒りでなく、叱るものの悲しみをよく表現しています。相手のことを思う気持が深いからこそ、叱るほうの感情も、逃げ場のないところへいってしまったのでしょう。その叱責は、どこまでも高い空の奥へ、生きることの困難さを訴えかけている声にも聞こえてきます。『合本俳句歳時記 第三版』(2004・角川書店)所載。(松下育男)


「増殖する俳句歳時記」から。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?