俳句を読む 12 櫂未知子 冷やかに海を薄めるまで降るか

 冷やかに海を薄めるまで降るか  櫂未知子


季語は「冷やか」。秋です。秋も終わりのほうの、冬へ、その傾斜を深めてゆく頃と考えてよいでしょう。春から夏へ向かう緩やかな階段を上るような動きとは違って、秋は滝のように、その身を次の季節へ落とし込んでゆきます。「冷やか」とは、じつに的確にその傾斜の鋭さを表した、清冽な季語です。夏の盛りの驟雨、暑さを閉じる雷雨、さらには秋口の暴風雨と、この時期の季節の移ろいに、空はあわただしく種類の異なる雨を提示してゆきます。その提示の最後に来るのが、秋の冷たい雨です。晩秋の雨の冷たさは、染み込むようにして、あたたかさに慣れきった身体を濡らしてゆきます。この句で際立っているのは、「海を薄めるまで」のところです。このような大げさな表現は、ひそやかに物を形容する日本語という言語には、適していないのかもしれません。しかし、この句にあっては、それほどの違和感をもつことなく、わたしたちに入ってくることができます。降る雨は、海の表面に触れる部分では、たしかにその瞬間に海を薄めているのです。それはまるで、海が人のように季節の冷たさを感じているようでもあります。そしてまた、海が濡れてゆくようでも。『角川俳句大歳時記 秋』(2006・角川書店)所載。(松下育男)

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