俳句を読む 10 山上樹実雄 はなれゆく人をつつめり秋の暮

 はなれゆく人をつつめり秋の暮  山上樹実雄


17文字という小さな世界ですから、一文字が変わるだけで、まるで違った姿を見せます。はじめ私はこの句を、「はなれゆく人をみつめり秋の暮」と、読み違えました。もしそのような句ならば、自分から去ってゆく人を、未練にも目で追ってゆくせつない恋の句になります。しかし、一文字を差し替えただけで、句は、その様を一変します。掲句、人をつつんでゆくのは秋の暮です。徐々に暗さを増し、ものみなすべての輪郭をあやふやにし、去る人を暗闇に溶け込ませてしまいます。去ってゆく後姿に、徐々にその暗闇は及び、四方から優しい手が伸びてきて、やわらかい布地でからだをつつんでゆくようです。「つつめり」というあたたかな動作を示す動詞が、句に、言い知れぬ穏やかさをもたらしています。あるいは、つつんでゆくのは、秋の暮ではなく、見送るひとのまなざしなのかもしれません。去るひとの行末に危険が及ばないようにという、その思いが後方から、祈りのようにかぶさってゆきます。どのような軽い別れも、確かな再会を保証するものではありません。「じゃあ」といって去ってゆく人の後ろ姿に、いつまでも目が放せないのは、当然のことなのかもしれません。『角川俳句大歳時記 秋』(2006・角川書店)所載。(松下育男)


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