俳句を読む 50 坂本宮尾 春昼の角を曲がれば探偵社

春昼の角を曲がれば探偵社    坂本宮尾

季語の春昼は、「しゅんちゅう」と読みます。のんびりした春の昼間の意味ですから、「はるひる」と訓で読んだほうが、雰囲気が出るようにも感じます。しかし、日々の会話の中で、「しゅんちゅう」にしろ「はるひる」にしろ、この言葉を使っているのを聞いたことがありません。俳句独特の言葉なのでしょう。句の意味は明解です。書かれていることのほかに、隠された意味があるわけでもなさそうです。それでもこの句が気になったのは、「角を曲がる」という行為と、「探偵社」の組み合わせが、ノスタルジーを感じさせてくれるからです。先の見えない世界へ体をよじって進んで行く。「角」という言葉には、どこか謎めいていて、心を震わせるものがあります。そんな心の震えの後に、「探偵社」という古風な言い方の建物が出てきます。どことなし、怪しげな雰囲気が感じられます。古びたビルの一角に、昔の映画で見たような探偵が、めったに開くことのない扉を見ながら、ひたすら仕事の依頼を待っているのでしょうか。本来は抜きさしならない状況で、人の行為を密かに調べる職業ではありますが、この言葉にはどこか、ほっとするものを感じます。春の昼、のんびりと角を曲がったわたしは、どこかの探偵にそっとつけられている。と、罪のない想像をしながら、わたしは角を、すばやく曲がるのです。『現代俳句の世界』(1998・集英社) 所載。(松下育男)

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