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精神鑑定って何をやっているの?鑑定留置の問題点

こんにちは。弁護士の髙野です。
重大な事件が置きてしばらく後、その事件の被疑者が「鑑定留置」になったという報道を耳にすることがあるかと思います。今回は、この「鑑定留置」と「精神鑑定」そして「責任能力」について解説したいと思います。


刑事裁判における「責任能力」とは

まず、責任能力がない人は刑事責任を問えないということについてです。刑法には次のように定められています。

1 心神喪失者の行為は罰しない。
2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

刑法第39条

これが刑事責任能力を定めた条文です。罪を犯した人に責任を問えるのは、それが悪いことだとわかっていながら、そしてそれを思いとどまることができたにもかかわらずあえて行っているからです。そのときに初めて、刑罰を科すことが正当化されます。
反対に、精神の障害によって、自分がやろうとしていることが悪いことだということが理解できない状態だったなら、もしくはやろうとしている行為を思いとどまることができなかったなら、その人に責任を問うことは出来ないということです。誤解をおそれずにあえて言うのであれば、それは病気のせいであり、その人のせいではないからです。
この責任能力が完全に失われている場合を心神喪失、著しく減退している場合を心神耗弱と呼びます。裁判になった場合、心神喪失の場合には無罪、心神耗弱の場合にはそれを理由に刑を軽くしなくてはならない、と定められているのです。

精神鑑定とは

この判断の資料を得るために行われるのが精神鑑定です。弁護士も裁判官も検察官も法律家であって、精神の病気の専門家ではありません。その人が精神の障害を持っているのか、持っているとしてその病気が犯行に影響を与えているのかを判断することはできません。そこで、精神科の医師に協力してもらい、その判断をしてもらうのです。これが精神鑑定です。
精神鑑定の鑑定事項は概ね「各犯行当時及び現在時における被告人の精神障害の存否及びその程度(存在する場合はその疾病名)」「精神の障害が存在する場合、その障害が本件犯行に与えた影響の有無及び影響の仕方(機序)」などとされることになります。
専門家である精神科医が行った判断は、基本的に尊重されなければなりません。最高裁判所も、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、裁判所は、その意見を十分に尊重して認定すべきである、としています(最高裁判決平成20年4月25日刑集第62巻5号1559頁)。
なお、責任能力の有無や心神喪失(耗弱)状態にあるか否か、などは直接的な鑑定事項とはされません。精神科医が責任能力に関する最終意見を述べることは基本的にありません。責任能力や心神喪失(耗弱)とはあくまで法律判断であり、上記精神障害の存在の有無やそれが犯行に与えた影響の有無程度を前提に、法律家である弁護士及び検察官がそれぞれ意見を述べ、最終的には裁判官が判断する事項だからです。

鑑定留置とは

報道で見られる「鑑定留置」とは、この精神鑑定を行うために被疑者(被告人)を長期間拘束することを指します。刑事訴訟法第167条には「被告人の心神又は身体に関する鑑定をさせるについて必要があるときは、裁判所は、期間を定め、病院その他の相当な場所に被告人を留置することができる。」と定められています。
精神科医が精神の障害やそれが犯行に与えた影響の有無程度を判断するには、相手と何度も面談を繰り返し、事情を聞かなければなりません。また、知能指数を測ったり、心理テストを行ったり、脳の状態をMRI検査で調査したりすることもあります。これらを行うことは最長20日の勾留期間ではできないため、鑑定留置という制度が存在しているのです。
鑑定留置は現在2〜3ヶ月という期間で運用されています。ほとんどの期間はそれまでと同様に警察署の留置場で生活し、MRIや心理テストの際にのみ、2週間程度鑑定医が所属する病院に入院するというケースが多いです。

鑑定留置の問題点

起訴前に行う鑑定留置を伴う精神鑑定は、刑事責任を問うことのできない人を起訴しないようにする側面も確かにあるため、必要な制度ではあります。しかし、現状の運用にまったく問題がないとは言えません。
まず、起訴前に精神鑑定を行うかは検察官が判断する事項です。弁護側がそれまでの精神科への通院状況を伝えても、検察官が鑑定の必要性がないと判断して精神鑑定が行われないケースがあります。その場合、起訴後に弁護側が鑑定を請求することになり、本来起訴されるべきでなかった人が起訴されてしまうというケースが存在するのです。
反対に、犯行を否認している人に対して鑑定留置の上精神鑑定が実施されることもあります。責任能力の問題は、その人が犯罪を実行したことに間違いがないことを前提に、その人に刑事責任を問うことができるかを考えるものです。つまり、犯行を否認している人に対し精神鑑定を実施するのは本来の趣旨からして馴染まないものなのです。しかも、上記のとおり精神科医は鑑定のために長時間被疑者と面談を行い事情を聴取することになります。ここで話した内容は、当然証拠として扱われることになります。つまり、否認している被疑者にとってこれは実質的には捜査機関による取調べに等しいものになってしまうのです。

まとめ

責任能力の問題は、一般の方には馴染みがなく、理解しづらい面があります。「罪を犯したのだから罰を受けるべきだ」という素朴な感情は理解できます。しかし、精神の障害により正常な判断ができない状態で起こした行為に対して責任を問うことは、正しいことではないのです。 この問題は、被疑者・被告人の人生を左右するだけでなく、被害者や遺族の方々の気持ちにも大きく関わってきます。だからこそ、責任能力の判断は慎重に、そして適切に行われなければなりません。上記のとおり、鑑定が適切に実施されずに、精神の障害の存在や影響が見過ごされてしまう危険もあります。責任能力が問題となるような難しい事案こそ、経験豊富な弁護士のサポートが必要不可欠です。

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