WS-081⃣

内山節「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」からの出題。海陽(2012)、春日部共栄(2018)、香蘭(2009)、聖光(2012)、田園調布学園(2009)、ラ・サール(2010)で出題。
同作者の文章は近年、「子どもたちの時間」が神奈川大付属(2022③)、「いのちの場所」が早稲田佐賀(2022)で出題。
テーマ的にWS-07(里山)や、62A-07(自然)に近接。
 
問一 漢字

問二 語彙。常識レベル。
ア 「矛盾」…つじつまが合わないこと。
イ 「持たざるを得ない」…持たないわけにはいかない。やむをえず持つ。もってしまう。「~せざるをえない」で「~しないわけにはいかない」。

問三 脱語挿入。
A    線部延長すると「 A 許されるのかといえば、自然の生き物たちもまたそうしているからである」となる。「 A 許されるのか」が問題提起、「自然の生き物たちもまたそうしているから」が答え。文末部分に「~から」が含まれるので理由。よって A には疑問の「なぜ」が入る。
B     B の前はL63「多少溜めこむのは生きるための行いといえなくもない」とあり、人間と自然の生き物の共通点=食料の備蓄。 B の後は、L65「 B 、それでもなお人間がおこなう貯えは、自然界の生き物のそれとは違っている」とあり、人間の行う蓄えと、自然の生き物の蓄えの相違点。以上から逆説の「しかし」を入れる。

問四 説明抜き出し。10字程度。「筆者の考える『村』」の定義文を探す。「村」がそのままキーワードになる。線部①の直後は具体例。それを受けて次の形式段落は「このような状況」という指示語で始まっており、前の具体的内容を受けているので、抽象内容になっている。よってここから探す。L12「村という言葉は伝統的には、(人間社会を意味する言葉ではなく、)自然と人間の暮らす社会をさしている。<とすれば>動物もまた村のメンバーであり、共同体の仲間である」から抜き出す。

問五 説明記述。共通点を抽象化してまとめる。指示語の展開。線部延長すると「自然がそのような関係になっているなら、自然の一員としての人間にも同じことが許されるはずだ」となるので、「人間」以外にL31「自然の生き物たち」にも許されている両者の共通点をまとめる。もしくは指示語「そのような関係」の内容を説明すると考えても良い。「許される」をキーワードにするとL29「動物から畑を守り、ときに動物を獲って食べたり皮を得たりすることは許される」が見つかるが、そのまま写してしまうと人間にしか適合しないものである「畑を守る」、「皮を得る」が含まれてしまい不適当。同様にL31「木や草の実を食べる」や「野ネズミや野ウサギを追う」もそれぞれ「鳥」、「キツネ」の具体的事例のため不適合。なお「生きるために動植物を食べる」ことはL36「純粋な生命的な行為」であり人間にも、当然に動物にも許される。これに対し「動物を狩る/採取する」ことが「生きるため」でない場合、人間によるL37「自分の『欲』がからんだ行為」となり適合しない。
<「人間」と「自然の生き物」の共通点/結論>
 L29「動物から畑を守り、ときに動物を獲って食べたり皮を得たりすることは許される」
 L31「鳥は木や草の実を食べる」
 L32「キツネは野ネズミや野ウサギを追う」
 L32「虫は草や木の葉を食べる」
 →他の動物を食べること/動植物を食べる
<目的>
 L29「生きるために」
 →生きるため
A.生きるために人間が動物を食べること。/生きるために動植物を食べること。

問六 説明選択。線部延長すると「このような『人間らしさ』は肯定できるのか」となる。指示語「このような『人間らしさ』」の指示内容を開くと「人間らしさ」について直前に説明されている。「人間らしさ」の言い換えがL44「人間の行い」やL46「自己主張や自己表現」。これとの対比が「自然の行い」。この語はL53にもあり、この逆がL55「自然に反した行い」である。この説明と近い意味になる選択肢を選ぶ。
ア   ○ L55「自然に反した行い」=L44「人間の行い」=「人間らしさ」である。
イ   × 必ずしも「自然を壊す」訳ではない。
ウ   × 「目的がしっかり」しているかは問題ではない。
エ   × L40「自然の行い」の説明である。

問七 対義抜き出し。問六と関連。「自己目的」をキーワードに、本文を戻るとL45にある。ここから「自己目的的行為」がL45「ときに富の増加を目指させ、ときに自己主張や自己表現を目的意識として生じさせる」L37「自分の『欲』がからんだ行為」と分かる。これとの対比表現となっているL36「純粋な生命的な行為」が解答。「~行為」の対比表現なので、同様に「~行為」になっている可能性に気づけると良い。
※「自然の行ない」ではダメなのだろうか?意味が抽象化されていることと、この語の対義は本文において「自然に反する行ない」なので対比は汚いが、意味は通る。対義関係上、「~行為」で揃っていた方がきれいではある。

問八 指示内容抜き出し。62A-07で同様の問題を扱っているが、「両者」という語から二者(二つのもの)を指すことが分かる。並立するものを探せば良い。または線部延長すると「問題はこの両者の境界線がわからないことにある」となる。「問題」という語はL54にもある。よってL54「<なぜなら>人間には、『自然の行い』と『自然に反した行い』との間に、区別しきれない部分があるからである」から抜き出す。L56「区別しきれない」がL78「境界線がわからない」の類義表現。

問九 正誤判断。本文全体に関わるため原則消去法。
ア × 動物は自己目的的行為をしない。
イ × 「仲間意識は低くなってきた」は根拠なし。
ウ ○ L1~15を根拠に正答。
エ × 「動物の神に祈り」、「許してもらってきた」が根拠なし。
オ ○ L47~49より「日本の民衆」は自己目的的行為のような「人間らしさ」を肯定していない。しかしL82「結び合う世界をもちえない」ので「自然の生き物たち」のように生きることもできない。

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