見出し画像

コミュニケーション技術としての「聴くこと」とは?

 コミュニケーションの大切さをビジネスの場でうたわれて久しいですが、コミュニケーションの齟齬が起こっている場面を同じくビジネスの場でしょっちゅう遭遇するし見かけもします。私たちはコミュニケーションを大切にしようと声掛けをし、スローガンを掲げますが、実際にどうすればコミュニケーションを上手に取れる様になるか?という議論にはなかなかなりません。なぜならば、その技術はあまりにも基本的だと考えられていて、誰も振り返ろうとしない、自分はコミュニケーションを円滑に行う技術を持っていると思っている(思い込んでいる)からです。あるいは、コミュニケーションを取ることに長けていないと思っていても、それをどの様に改善するか?という話になった時に多くの方は「話し方、伝え方」を直そう、改善しようと思うのではないでしょうか。そこでスッポリと抜け落ちてしまっていた概念があります。それは「聴く技術」です。プレゼンの仕方、資料のまとめ方、話すトーン、くせ、要点のまとめ方、抑揚のつけ方、伝え方等々「話す技術」に意識が向いても、「聴くこと」自体に向き合っている人はほとんどいないと周りを見ても感じます。そう言う筆者も実は「聴くこと」を軽視していた一人であります。その自戒、反省も込めてこの「聴く」ということを文章にまとめたいと思います。そして、「聴くこと」の大切さを認識し直し、組織全体のコミュニケーション力を高めていく方策、アイデアとして「1 on 1コミュニケーション」「社員・職員インタビューSNS」を提案したいと思います。
 対話のメタファーとしてキャッチボールが挙げられることがあります。話し手が投げる側、聴き手がキャッチする側として置き換えた場合、投げる側がノーコンであっても受け手のキャッチング技術がとても高かった場合どんなボールが来ても受け取ることが出来る。それを会話に置き換えた場合に、キャッチする側の聴き手の技術が高かった場合、投げる側である話し手の技術が備わっていなくても十分いいコミュニケーションが成立するはずなのです。
 私も翻って考えてみてこの部分は見逃していた、重視してこなかったなと素直に感じました。対話する相手の話に耳を傾ける努力をせず、寄り添うことも共感することもしてこなかったなと。また社員・職員同士で自分が話し手の立場になった場合でも自分の話を「聞かれた」ことはあっても「聴かれた」ことはほとんどないなということを率直に感じています。では真の「聴く」という行為は具体的にどのようなものなのでしょうか?それを考察する前に、今現在も脈々とコミュニケーション齟齬が起こっている例を挙げていきたいと思います。
 対話で相手の話を聴かず、「話し手」「話し手」「話し手」と話し手が数珠つなぎで会話を途切れさせないゲームをしているだけ、というコミュニケーションをし続けていると人は段々と聴かれないことに嫌気が差し、話したくなくなり、孤立していきます。孤立感を深めていくコミュニケーションの例として次の様なものがあります。一方通行で自分の言うことがまともに取り上げられない、何か言うとすぐに言い返される、話を勝手に雑に要約されてしまう、それは違うと言下に否定されてしまう、返事がない、あなたは〇〇だとレッテルを張られる、「フーン」と適当に話を流される、皮肉を言われる、結果を出しても褒められない、感情を持ち込むなと押さえつけられる、冷静に聴いてもらえない、話を聞かれている最中に次に言うことを考えられている、等々。話を聴いてもらえないと人は寂しさを覚え、それが怒りに変わり、独りよがりになり、悲しみに変わり、いつしか無力感になり無感覚となって最終的に独りぼっちだと感じる様になります。
 それでは、どういう状態が「聴いている」状態なのでしょうか。それは、話している相手の考え、想い、信念(これらをまとめてビジョンと表現します)を認知するまで聴き続けることです。そこで必要になる技は、自身のジャッジを捨てることです。ウィザウト・ジャッジメントで聴くことを根気よく続けていくことが唯一の相手のビジョンを感じ取ることにつながっていくのです。
 一見上記の様な「聴くこと」は簡単に出来そうなものですが、実際にそれを試みると非常に難易度が高いことが分かります。なぜならば、普段我々が何気なく行っているコミュニケーションのほとんどが「ウィズ・ジャッジメント」で行っているからです。
 例えば、私が「僕は100㎞走ったことがあります。皆にもチャレンジしてみて欲しいなと思っています。」と言ったとします。その会話の返しとして「そんなの自分には無理だよ。」や「僕も興味があるのでやってみたいです!」と返すコミュニケーションはウィズ・ジャッジメントでの会話です。自分の思いや考えを乗せて返しているからです。そうではなく「君は100㎞を皆走って欲しいと思っているんですね。どういう経緯でそういった思いにいたったのですか?」と返すのがウィザウト・ジャッジメントのコミュニケーションなのです。
 両者の違いはそんなに無い様に見えますが、全く違うコミュニケーションだということが「聴いてもらう」ことを体験している人であれば感じることができます。会話をしている相手のジャッジメント無しで聴いてもらうことがいかに相手に安心感を与え、「好きなことを言ってもいいのだな」という前向きな気持ちにさせてもらえるかということを「聴かれた」体験のある人は感覚として身に付けることになります。その感覚を身に付けることが「聴くこと」の大切さを実感し、判断されずに、自分のビジョンを感じ取ってくれることがいかに大切かを身を持って知る様になる。逆に聴く側になった場面でもウィザウト・ジャッジメントで聴ける様になっていく。その「聴くこと」の連鎖が組織全体に行き渡る様になり、組織のコミュニケーションを円滑に行っていく原動力となり、やがて文化になっていくのです。
 もう一つ「ウィザウト・ジャッジメント」が難しい理由として挙げたいことは、人はバイアスを常にかけて他の人を見てしまうということです。ウィザウト・ジャッジメントはバイアスを外して「フラット」に俯瞰で話し手を捉えること(これをメタ認知といいます)から始まりますが、それが社員・職員同士だとほとんど不可能に近いぐらい難しい。なぜならば、職場では利害や感情が絡むからです。他の人を過去から現在の直前上で捉え、その直線上で未来のことを予測した上で話します。やる気のない部下がいて、やる気なく仕事をしていたことを反省し、心を入れ替えて言葉・行動に移していたとしても、バイアスのかかった目で上司が見ると過去の延長線で捉え心を入れ替えていたことに気付かずに部下の言動を見て、適当に話を聞き部下を評価することが普通に起こってしまいます。バイアスだらけで捉えることが普通(デフォルト)になっているのです。さらに、業務上多忙な時間を過ごしていると他の人の話を自分の考えは置いておいてフラットに他人の話を捉えることはさらに難易度が上がります。自分が業務一杯一杯で現状に不満な状況におかれている中で、他人の話に耳を傾けメタ認知してフラットに捉えることはとてもハードルの高い、高度な技術となります。時間も無い中で感情もコントロールし、頭の中も整理して人の話を聴くことになるからです。このことが出来る人を上司に持つ組織はとても素敵な組織になるのではないかと私は考えています。
 ウィザウト・ジャッジメントで人の話を聴く様になるとその人の思考・価値観(表面上見えている氷山の一角の下に眠って見えていない思考・価値観)が見えてくる様になります。その見えない部分を共有することが組織の中のコミュニケーションを円滑に行ううえで最も大事なことではないかと私は考えています。それを実現出来る状況になれば組織の中で起こっているコミュニケーション齟齬の大部分が解消されていき、気持ちのいい職場、雰囲気、心理的安全性(グーグルが提唱している、高い組織パフォーマンスを出している最も貢献度の高い要素)の高い空気感が醸成されていきます。
 上記で触れました「心理的安全性」をもう少し掘り下げていきます。プロジェクトアリストテレスという、2012年にGoogleが発表した企業向けリサーチが行われました。プロジェクトの目的は、生産性の高い「効果的なチームの条件」を調査して、定義づけること。古代ギリシャの哲学者・アリストテレスの言葉、「全体は部分の総和に勝る」にちなんで、「Project Aristotle」と名付けられました。
引用:オンライン記事『あしたの人事』

 そこでグーグルが導いた生産性向上の中で最も大事な要素であると結論付けられた要素が「心理的安全性」です。
 心理的安全性とは、対人関係において自身への信頼度が低下するような行動を取った時の「結果」に対する安心感や認知の仕方を指します。つまり、相手に「無知」「無能」「邪魔」といったネガティブな印象を与えるような行動をしてしまっても、「このチームなら大丈夫だ」と信じられるメンタル状況を意味します。
 一見簡単そうにも見える上記の様な組織・職場をいざ創ろうと思うとものすごく難しいことが分かります。「上下関係」や「権威」「レッテル」などでバイアスがかかり、言いたくても言えない空気感が知らず知らずに出来上がり「心理的安全性」はどんどん失われていくからです。
 この「心理的安全性」を醸成するベース・下地となるものが「聴く」文化であると私は考えています。「聴くこと」が文化として根付いてこそ初めて心理的安全性が組織の中に生まれ、真に何でも建設的なことを言い合えるチームが出来ていくのです。
 「心理的安全性」を組織に醸成させる最善の戦略である「聴くこと」を組織で強化していく手段の第1弾として私が掲げたいものは「1 on 1」です。1対1で対話を行う機会を設け実行していきます。対面でもいいですし、ZOOM等を使用して行うのも有効であると考えます。その時に、同じ部署同士で「1 on 1」を行うとどうしても利害関係が邪魔をして本音をしゃべることが難しい場面も出てくるので他の部署同士で上司部下関係なく話をすることがいいのではないかと考えています。ある日は話し手の立場で「1 on1」を行い、ある日は聴き手の立場で「1 on 1」を行っていきます。その両方を行うことにより聴くことがどれだけコミュニケーションにとって大切であるかを体感していきます。「1 on 1」で話したことは守秘義務で誰にも話さないというルールも付け加えておきます。それが担保されて初めて率直に素直に何でも話すことが出来る場が確保されていくからです。頻度は1週間に一人1回は「聴く」立場と「聴かれる」立場で「1 on 1」を行っていくぐらいがいいと思っています。
 さらに「聴くこと」を組織で強化していく手段の第2弾としては、「社員・職員インタビューSNS」を取り上げます。文字通り職員にインタビューを行いSNS(YouTubeやInstagram、ポッドキャスト等)にアップロードします。スポーツ選手が番組で独占インタビューを受ける様なイメージでインタビュアーがインタビューをしてその社員・職員がどういう想いで仕事の現場に立っているのか、持っているポリシーや信念、理想の社員像を、インタビューを通じて掘り下げていきます。
 我々社員・職員は他の社員・職員の理念、ベースとなっている価値観を知っている様で知らないですし、関心もあまり払われていない気がいたします。特に他の部署の社員・職員のことはあまり知る機会がない状況なのでこのプロジェクトをきっかけにして他の部署の人のことを知るチャンスにもなり組織内コミュニケーションも円滑に行える様になるのではないかと考えております。さらに素晴らしい社員・職員がこの組織にはいると世間にアピールする絶好の場であるとも考えています。新しいSNS戦略として取り入れていくべきです。
 「聴くこと」を「B to B」サービスにしたベンチャー企業が既に世の中に出現しています。グローバル化、多様化が広がり価値観が入り乱れる中で他の人と一緒に何かを行う時に、この「聴く」技術は武器になる大事なマインドとスキルになると私は信じております。そしてこの「聴く」ことの連鎖が世の中にも広まってくるとウェルビーイングな世界が開けていくのではないかと私はそんな世の中になればいいと心の底から感じております。コミュニケーション豊かな未来の組織を願いつつこの文章を締めたいと思います。ご拝読ありがとうございました。

参考文献:『こころの対話 25のルール』 伊藤 守 著



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?