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事故物件、浄化いたします。(4)

#創作大賞2023 #お仕事小説部門

☆8☆

小沢親子とユニコーンマンションで会った日は、裕司の勤務時間終了の16時になっても親子は出てこなかった。待ち伏せするのも気味悪かろうと、裕司はさっさと帰宅することにした。
「明日も7時にはベルセレナに着かないといけないしな。なんか気になるけど、早く寝よう。」

裕司が担当する物件のある街から電車に乗って30分。駅に降り立って、家のある街の空気だと思って大きく深呼吸する。でも、以前感じていたような安堵感はない。
駅前の牛丼屋で晩飯をかきこみ、みそ汁を飲んだところで心の奥から声がする。
(これが食べたいんじゃない。)
そんな自分の無意識の声は聞こえないふりをして、コンビニで発泡酒を一つ買い、自宅マンションへと歩いて行った。

鍵を開け、扉をひらく。
既に日の落ちた空、室内の闇は濃い。
「ただいま。」
小さな声で闇を呼ぶ。

慣れない。新しい仕事には慣れてきたと言えるのに、この帰宅する瞬間だけは、慣れることができない。

玄関扉を後ろ手で閉め、鍵をかける。
そのまま、背中をドアにあずけながら、ずるずると座り込む。
(まだ帰ってこないのかい…)
胸ポケットに入れていたスマホを取り出し、待ち受け画面を明るくする。
はじけるような笑顔でピースサインをしている女性が二人映っている。
(さくら、みゆ…)
スマホの画面が円形に歪み始めた。
裕司の流す涙が落ちている。ぽつ、ぽつ、と…。
(会いたいよ、恋しいよ…)

裕司はスマホを持った腕に顔を埋めた。

(続く)

https://note.com/brainy_clover264/n/na39107d4501f


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