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事故物件、浄化いたします。(5)

#創作大賞2023 #お仕事小説部門

☆9☆

翌朝7時、裕司はベルセレナマンションにいた。
作業着を着て、住人が出入りするゴミ庫から、ごみ収集車が横付けできるスペースへとゴミを移動させる。8時の収集時間前には一仕事終え、道路の掃き掃除をすることにした。
通勤や通学で家を出る住人たちに元気よく挨拶をし、見送る。そんなひと時に見慣れない人たちがやって来た。

ベルセレナマンションは、オートロックのマンションだ。
住人なら鍵でエントランスの自動扉を開けて入ることができる。住人以外がエントランスの奥に入るには、住人の部屋のインターホンを鳴らして、住人に鍵を開けてもらわなけらばならない。
ただ、住人が出入るするタイミングで自動扉が開いていれば、入ることができてしまう。

裕司は老若男女の5人のグループが、たまたま開いていたエントランスの自動ドアの奥に入っていくのを見つけた。
(見かけない顔だな…住人ではなさそうだ。業者か何かか?いや、今日は特にそんな予定が入っているとは知らされていないぞ。)
大きな声で、でも自然なようになるよう気を付けて声をかける。
「おはようございます!」

すると、集団の先頭を歩いていた初老の男性が、振り返った。
男性の髪はほぼ全部が白髪だが、背筋が伸びているので実年齢より若く見えるのかもしれない。
作業着を着ている裕司を見ると、ニコッと笑顔になり、
「おはようございます。朝からご苦労様です。」
と言って、また先へ進もうとする。

(自然体だな、怪しくはないか…?いや、住人ではなさそうな人をすんなり通していいのか、俺?)
なんだか、このまま引き下がってはいけない予感がした。
「皆さん、こちらにお住いの方ですか?」
知りたいことは単刀直入にきいた方がいい場合もある。特に、通りすがりの人なんかには。
初老の男性が答えた。
「いえ、住人ではないのですが…ちょっと気になるお部屋がありまして。決して怪しいものではありませんので、少し中で確認させていただきたいのです。」
YESかNOで答えられるクローズド・クエスチョンだと、意外と素直に答えてもらえることもある。
(素直に住人ではないと認めたな。でもこの堂々とした雰囲気は何だ?)

裕司は初老の男性と、傍にいる連れを一人ひとり見ながら言った。
「あいにくですが、住人以外の方には、自由に入っていただけるマンションではないので…。差し支えなければ、ご用件を伺えませんか?」
初老の男性以外は30代位と20代位の女性、50代位と30代位の男性だった。
4人とも、裕司の方を見てはいるが、視線は合わない。
裕司は初老(と見えて実は80代かもしれない)男性の顔を見た。

初老の男性は、口角を上げたまま、でも目はじっと裕司を見つめながら言った。
「あなたは、このマンションの管理人さんかとお見受けしますが、そうでしょうか?」
「はい、そうです。皆さんは、不動産関係の方か何かでしょうか?」
裕司は答えつつ質問した。
「ははっ。そう見えましたか?いえ、違うんです。我々は、世の中をよくするための活動をしている仲間でして。」
裕司は眉をひそめた。
(宗教の勧誘か何かか?)
初老の男性は裕司の気持ちを読んだかのように続けた。
「よく間違われるのですが、宗教とか、そういうものではないのです。説明が難しいのですが…。」
と言いながら、エントランスの自動ドア付近まで戻り、裕司を手招きする。裕司がドアまで移動すると、裕司に近寄り、小声で話す。
「こちらのマンション、事故物件のお部屋があるでしょう。ここのお部屋の様子を、少し確認させていただきたいのです。」

裕司は真顔で初老の老人を見つめた。
「…部屋のご関係者か何かですか?」
男性は裕司をしっかりと見つめながら答えた。
「今は違うのですが、この部屋の所有者さんと連絡を取れたらと思っております。きっとお困りではないですかな?我々なら、お力になれると思うのですが。」

裕司は静かに、細く息を吐いた。
「個人情報を、おいそれとお話することは出来かねる立場ですので、ご了承ください。事件事故がニュースで報道されてしまうことは防げないので、関係者以外の方には、管理人としてできることはないのもので…このような大勢様が、住人ではないというのにマンションの内部に入られてしまうと困るのです。お引き取り願えませんか?」
初老の老人を見つめ、しっかりと言った。

初老の男性はじっと裕司を見つめる。
そして、何かを言いかけるように口を開き、そして閉じた。
「なるほど、管理人さんとしては、それがお仕事ですな。では、出直すこととしましょう。また伺うこともあるでしょう、その時はまた、よろしくどうぞ。」
初老の男性は、そう言って目は笑わない笑顔で裕司に会釈をすると、エントランスを出ていった。連れの老若男女も無表情なまま裕司に会釈をすると、ぞろぞろと男性の後を追って出ていった。

(続く)



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