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【読書記録】清涼院流水『ぶらんでぃっしゅ?』【コトバのチカラ】

気づけばぼくは、羊水の中にいた。
まだ母親の中にいて、生まれる前のようだ。
…どうして、今の「ぼく」にそんなことがわかるのだろう?


「ぶらんでぃっしゅ」というタイトルに惹かれて読み始めました。
この言葉の意味を人生をかけて追う内容です。
生まれた瞬間から聞いたこの言葉。
これが何を意味するのか?
そして、最初から「知識」だけは持っていた、「ぼく」は誰なのか?
…もしかしたら、するどい方は途中から薄々気づいたかもしれませんが、私には衝撃的な「ぼく」の正体でした。

あと、個人的に大好きな作家の森博嗣さんが「スペシャルゲスト」となっていて「どういう意味だろう?」と思っていたら、本文に登場されていました。

 まず、コトバのマスターのひとりめは〈もうりひろ〉の名で活躍する絵本詩人である。
 もうりひろの絵詩(絵本)で『詩季』という本を、ナイトも小学校の時に読んでいた。
(中略)
 当時38歳だったもうりひろは、絵本詩人としては極めて異色な、国立大学工学部助教授の肩書を持ちながら颯爽と世に登場した。第1作『すべてが絵詩になる』は、もうりひろ自身の手による絵とリリカルなポエムが絶妙なマッチングで、その1作で〈絵詩〉というコトバが定着。
(中略)
 もうりひろは、ある時は哲学者のような――ある時は禅僧のような――ある時は、まるで仙人のような――浮き世離れした不思議な雰囲気を持つ人物らしい。大学を退職後は世界を転々としながら、一定のペースで絵詩を発表し続けている。

p.340~341

いや、いいですね。
好きな作家さんがこういう形で出てくるのは嬉しいです。
(名前や作品名が、絶妙な感じです)


以下、ネタバレなしで印象に残った部分を引用します。

 おなかの中にいた時のことを憶えていると主張する子も、語彙や表現力の問題から、3歳くらいにならないと、その記憶を語れない――俗に言う〈恐怖の2歳児〉は、言いたいことをうまく表現できないからこそヒステリックになりやすい――という話を、ぼくは憶えている。おなかの中の記憶を持っていない子にしても、充分な語彙と表現力を手に入れるまでの3年間に、ほんとうは持っていたはずの記憶を忘れてしまっただけなのかもしれない。

p.12

 オトナの視点で見れば、新生児は自分が両手両足を動かしているのを自覚している。
 が――純粋な新生児の視点では、新生児は動いていない。周囲の世界が動いている。
 それは、電車が止まっているのに風景だけが移動しているような感覚である。
 言うなれば、それは正反対の「コペルニクス的転回」だとも言える。
 地球が動いているのではなく、天体が動いている――という解釈だ。
 新生児にとっては自分が動いているのではなく、風景が動いている。
 新生児の世界には、まだ〈自分と他人の区別〉が存在しない――。
 新生児の世界はひとつで、世界の住人は、自分ひとりしかいない。

p.24~25

 たとえば、コドモが見知らぬ場所に行き同じ道を帰ってくる時、行きはずいぶん永く感じたのに帰りは一瞬に――あっけなく感じることは珍しくないだろう。それは、行きが発見と緊張の刺激に満ちているのに対し、帰りは既に知っている道のりで油断するからだ。
 年をとると「時間の経過が速くなる」と感じるのは、油断している時間が多くなるということと同じだ。年をとっても、新しいことに挑戦し続ければ時間の経過は遅く、1日は永くなる。年をとって初めて海外旅行する者は、異国での1日を、とても永く感じるだろう。
 知らない道を歩く1時間は、知っている道を歩く数時間ぶんもの刺激に満ちている。
 人間は知っていることや簡単にできることに対しては感覚が鈍く、時間が薄くなる。

p.30~31

 オトナが手などでいったん顔を隠して、わざとしばらく間をおいてからまた出す〈いないいない、ばあ〉を赤ちゃんが楽しめるようになるまでに、だいたい生後6か月以上かかる。それにたとえば電話番号を暗記するように、ちょっとだけなにかを憶えておく〈短期記憶〉のメカニズムが赤ちゃんの脳内でできあがるまでに生後約半年かかるからで、それ以前だと赤ちゃんは〈いないいない、ばあ〉を理解できない。なぜなら最初に顔が隠れた時に「消えてしまった」と――次に出てきた時は「なにもないところから出現した」と――判断してしまい、顔が隠れて、また出たという連続した現象を、まだ理解できないからだ。

p.41

「刃物とか拳とか、自分に向かってくる武器に対処するのは、流してやることや。受け止めようとか、チカラで押し返そうとか、そんなこと考えたらアカン。受け流してやれば、相手のチカラは行き場を失うからな。どうしても反撃せなアカン時も、その応用や。反撃する時は、相手のチカラを受け止めそうになった瞬間に流して、そのまま相手に返す。そしたら、たいして自分はチカラを出さなくても、相手の全力がそのまま相手に返るというわけや」

p.95

「そうか?けど、人生の進路を決めるのは、たいていは思い切った決断やろが」

p.153


主人公ナイトの人生が進んでいくうちに、「これはどういう意味だ…?」ということがどんどん増えて、ある瞬間にゾワッ…として、一気に読んでしまいました。
自分にも起こりうる恐怖感と、家族愛と、色んな気持ちに襲われながら、結果的には穏やかに読み終えられて良かったと思います。

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